第28話 世界よりも大切な幼馴染のために、引きこもりは……。

「――――翡翠くん……っ!? なんで……こんな……」


 優月が瞬時に、現状を把握する。見紛う余地などこの場のどこにも存在しない。


「今、今、助けるから! ぜったい助けるから!」


「まって……ゆづき……来ちゃダメだ……」


 叫んだつもりがまともな声は出ない。それに、もうダメだ。僕が何を言おうと優月は止まらない。それくらい知っている。


 優月が走り出す。


「ダメだ……ゆづき……」


 手を伸ばすが、何の意味を成すこともできない。悪意が彼女に振りかかる。


「翡翠くんを放してください!」


「イヤだね」


「きゃ――――っ」


 一瞬だった。


 あまりもあっけなく。あまりにも無慈悲に。あまりにも冷酷に。残酷は彼女に襲い掛かり、無力な少女は殴り飛ばされた。


「はっはぁ! さっすがセイジくん女にも容赦ねえ! てか女相手の方がイキイキしてねぇ!?」


「あんま傷つけないでくださいよ~」


「安心しろって。ちゃ~んと一発で仕留めたからよ」


 湧き上がるように上機嫌な男たち。優月は言葉の通り、気絶していた。


 やっとわかった。目的は最初から優月だったんだ。僕はあくまでリサの要望に応えるべく痛めつけられただけのおまけに過ぎなかった。


(バカか、僕は……っ!)


 ああ、バカだよ。おまえはバカで愚かで。本当にどうしようもない。


「リサが言ってた通り良い身体してんなぁ」


「胸でかすぎじゃね? これで高校生とか無理だわ~」


「さっさとヤッちまおうぜ~。もう我慢できねえよ」


 気絶した優月を男は乱暴に抱き上げる。そこには優しさも何もありはしない。あるのは欲望にくすんだ悪魔のような瞳だけだ。


(……立てよ。立つんだよ)


 ここで立ち上がらなきゃ。僕には何の意味もない。


 このろくでもなくて、寂しいことばかりの人生のすべてが終わってしまう。すべての意味が消え去ってしまう。


 彼女が、僕を取り戻してくれたんだ。彼女が、僕に手を伸ばしてくれたんだ。


 ――――大丈夫だいじょーぶ。わたしがずっと、隣にいるからね。


 自分なんて、どうなってもいい。体の痛みなど、なんでもない。心だって、もはやどうでもいい。


 それでも、彼女だけは。

 たとえこの世界の全てが敵になり替わろうとも。敵がこの世界そのものであろうとも。その世界が僕たちを苦しめ続ける残酷そのものであろうとも。


(僕は…………っ! 戦って見せる――――!)


 もう二度と、逃げるわけにはいかないんだ。


 あの時、助けられなかった。あの時、見つけてあげられなかったキミの分まで。


「――――あああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 叫べ。叫べ。叫べ。叫べ――――!


 泥だらけの、血だらけの、傷だらけの身体で。それでも、叫び続けろ。


「優月を……放せ! この、クソ野郎ども……っ!」


「ガッ……っ!? てめ――――まだ動いて……っ!?」


「このガキ……っ!」


「ガハッ……」


 一発、殴った。初めての感触。しかしそれを感じ入る時間などあるはずもない。殴った分の何倍も、拳が降ってくる。


 痛みなどとうに感じなくなっていた。身体にチカラが入るはずもない。


 それでも身体が動くのだとしたら。それは魂のチカラに他ならない。燃やせ。魂を、心を、彼女に捧げる親愛のすべてを糧に。この身体にチカラを込めろ。


「な、なんだこいつ! なんで倒れねえ!」


「知るかよ! 倒れねえなら倒れるまで殴るだけだろうが!」


「こんにゃろう――――!」


 殴られた。蹴られた。地面を転がった。


 それでも立ち上がった。腕が上がらなくても。足が動かなくても。食いちぎるつもりで、噛みついた。


 だけどそれにも、限界はあって……


「放せ……放せよ……っ。この……っ!」


「ったく……マジで何コイツ。キてんな」


 男のひとりに押さえつけられた。


 顔を地面に擦り付けられる。叫び続けた口の中は血の味に染まっていた。


「なあもうヤッまおうって~。見せつけんのとか、めっちゃ興奮するじゃん?」


「アホ。こんなとこでヤるわけねえだろ。女は連れて帰る。一回ヤッちまえばこっちのもんなんだから。焦んなよ」


「ちぇ~、ならさっさと口封じて帰るか〜。と、その前に……」


 不服そうに口をすぼめながらも、窘められた男はニヤニヤとこちらに近寄ってくる。そして僕のズボンのポケットを漁り始めた。


「え~と~? ガキでも金くらい持ってんだろ~? さて、どんくらいあるかな、と?」

 

 財布が盗られると同時に、ひとつの小さな紙袋が落ちる。プレゼント包装。優月への、誕生日プレゼント。桜庭さんと選んだプレゼントだ。


 渡すタイミングがわからなくて、機会があればいつでもと思って持っていたのだ。


「や、やめろ……それは……」


 お金なんてどうだっていい。でもそれだけは。


「あ~? なんだ? これ。プレゼント? はーん? なるほどね~」


「おい、何を……やめろ。やめろって……」


「俺っちはさ~女をむりやり犯すのも、奪うのも好きだけどさ~。それ以上に好きなもんがあるんだよね」


 男は最高潮に下種な笑みを浮かべる。それから立ち上がると、プレゼントを地面に落とした。


 そして――――


「やめ……」


 それを踏みつけにした。ぐしゃりと、無残な音が響いた。


「ああ……ああああああ…………っ」


「そう! それ! それだよその顔! 目の前で大切な何かを壊されたとき! 踏みにじられたとき! その絶望した顔が俺っちは何よりも大好きなんだぁ!! ヒャハハハハハハハ!!」


 汚い笑い声が路地裏に響く。


 だけどそんなものは耳に入らなかった。眼前には、ボロボロになった包装が転がっていた。

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