【完結】聖女と悪魔:修道長マザー天神ノ宮の朝は祈りからはじまる

雨 杜和(あめ とわ)

第1章

プロローグ


 ゆうらり、ゆらうり、ゆらり……。


 目の前を白い煙のような形がゆれて、フワっと誘うように飛んだ。

 マザー天神ノ宮あまがみのみや和子は、はっとして修道院の堅いベッドのなかで目覚めた。木の枝が激しく窓を叩いている。


 冬の嵐であった。

 前日の夕暮れから、十一月末には珍しい竜巻が起こり、深夜には雨と風が激しさを増している。

 マザーは、ゆっくりと上半身を起こした。老いた身体には気圧の変化が辛い。ベッド脇のサイドテーブルにある時計を静かに眺めると……。


 午前二時。


「どうしたのでしょうか? イエスさま。なにか、わたくしに語りかけたい、お人でもいらっしゃるのでしょうか」


 彼女は上半身を起こしたまま、手作りした灰色のニットケープを肩に巻いてから、壁際に掛けられたイエス像に祈った。

 マザーの祈りに呼応するよう、ふいに突風が窓を叩き、ギシッと、外で木の枝が折れる音が響いた。


―――と、自然に一粒の涙がこぼれて、ベッドリネンを汚す。

 彼女は、老いてなお美しい白い指を頬にあてると、不思議そうに、その涙の道筋をぬぐった。


「年を取りましたね、イエスさま」


マザーは穏やかに微笑んだ。



✳︎   ✳︎   ✳︎



 同時刻、県警捜査一課のビン底、地獄部屋にすくう悪魔。


 警視正阿久道誉あくどうほまれが、カッと目を開き正面を見すえた。眉間に寄った皺が深く沈み、その窪んだ目が細く縮まった。そして、正体不明の深淵を覗き込むように宙を彷徨さまよった。



(つづく)


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