第1章 戦いの始まり

第0話

 ~これは、とある研究施設跡地にて発見された、1人の研究員の研究レポートである。今回、その中で重要と思われる箇所のみを抜粋して報告する。~


【2027年7月12日】

 先月、大陸南東部で発生した大地震の調査において興味深い発見が為される。

 崩れた地層から新たに見つかった空間に、明らかに人工物と思われる遺跡、端的に言えば神殿のような物を発見したのだ。

 直ちに政府により調査チームが立ち上げられると、神殿の調査がとり行われる。


【2027年7月16日】

 その神殿は調べれば調べるほど興味深い事が判ってくる。

 なんと、神殿を形作る鉱石の成分がどれも地球上には存在しないはずの物質である事が判明したのだ。

 現在、出入り口と思われる扉を開く方法が判らず、神殿を傷付けずに内部に入る方法がはっきりと判明しないため、外周部の探索しか行われていないが、一日でも早く内部の調査を執り行える日が来ることを強く待ち望むばかりだ。


【2027年7月18日】

 とうとう政府の決定により、入り口を爆破することで神殿の内部へ調査を進めることが決定した。

 正直、貴重な遺跡を損壊させてしまうことには強い抵抗を覚えるものの、これまでの調査で神殿内部から未知の力場が発生していることも観測されており、いち早い調査の進展が望まれることも理解しているため、これ以上文句を言っても仕方の無い事なのだろう。


【2027年7月19日】

 信じられないモノを発見した。

 踏み入った神殿内部は未知の技術に溢れていたのだ。

 見た事も無い文字、照明器具、用途もはっきりと判明しない調度品の数々。

 だが、我らを驚愕させたのは神殿の最奥の間にあった。

 最奥の間には、棺とそれを取り囲むように22個の剣や盾と言った武具が収められていた。

 そして、驚くべき事に棺の中には1人の少女が安置されていた。

 それも一切の腐敗を起こしてもおらず、その肉体はまるで眠りに付いているかの如く綺麗なものだった。

 この発見に伴い、政府は今回の遺跡に関するあらゆる情報に対し箝口令を敷いた。

 もしこの少女が地球のモノで無いのなら、或いは遙か太古から朽ちること無くこの遺跡で眠っていたとするならば、これはこれからの人類の歴史を大きく揺るがす世紀の大発見となるだろう。


【2027年7月20日】

 暫定定期に遺跡から見つかった黒髪の少女を『西王母シィアンムゥ』、最奥の間で発見された武具を『宝具パオペイ』と呼称する事が決定した。

 そして、やはり『宝具パオペイ』についても現在の技術で説明の付かない物質、製法で作り出されており、事前の調査で観測された未知の力場を形成していたのもこれらが原因である事が判明する。

 だが、『西王母シィアンムゥ』に関しての調査は難航しそうである。

 彼女の体を調べようと、あらゆる機器を試したものの上手く行かない。

 電子機器は軒並み異常を示し、メスや注射器は体に触れた瞬間に崩れ落ちてしまうからだ。

 研究チームの中では、「共に発見された『宝具パオペイ』を用いてみては?」との意見も出ているが、もし他の道具同様に破損する事態が生じては、貴重な研究資料を損失してしまうことになるため、慎重な意見が多数を占めている。

 また、体の構造に差異が無いか調べるため、纏っている衣服を剥ぎ取ろうとした研究員が、まるで雷に打たれたような衝撃を受けて失神する事態が発生したことから、彼女の身体を研究することは一旦保留する方針で一致した。


【2027年9月12日】

 未だ研究が進展する兆しは見えない。

 神殿で発見されたその他の資料についても、照明灯が動力として『宝具パオペイ』と同様の力場を発する鉱石を用いていることまでは突き止めたものの、その力場が何の力であるか、そしてどうすれば再現可能かを発見するには至っていない。

 また、相変わらず『西王母シィアンムゥ』の肉体に変化が生じる兆しは見えず、未だ一切の水や食料を摂取していないのにも関わらず、その美貌が崩れることは無いようだ。


【2027年11月6日】

 信じられない。

 まるでオカルトだ。

 動力に用いられていた鉱石は、空気中に含まれる謎の物質を取り込みエネルギーへと変換していることが判明した。

 それに合わせ、そのエネルギーが人体に侵入した場合、まるでお伽話の世界のように炎や水などを操る力が宿ることが判明した。

 我々は、暫定的にこの力を『魔力』、そして謎の物質を『魔素』と名付けることにする。

 もし、人工的にこの鉱石を作り出せれば。

 いいや、この鉱石と同じ性質を持った装置を人体に埋め込むことが成功すれば、人知を越えた新たな生物を誕生させられるかも知れない。


【2027年12月2日】

 とうとう我々は、未知の鉱石である『魔石』と同等の性質を有したナノマシンの開発に成功する。

 実験として、マウスへの投入を行った結果、そのマウスは驚くほどの強靱な力を持った新種へとその姿を転じた。

 ただ、上手く制御が出来なかった影響により、マウスへナノマシンを注入した研究員とその助手、2名の尊い命が犠牲となってしまい、制御を失ったマウスは殺処分をする他無くなってしまったが。


 ~それから暫くの記述は、動物実験により生み出された『魔物』に関するレポートと、人体実験で思うような成果が上がらない事への悩みに関する項目が増える。そして、次に大きな変化が訪れたのは翌年の1月後半となるようだ。~


【2028年1月22日】

西王母シィアンムゥ』の観察を行っていた研究員から、信じられない報告が上がってくる。

 なんと、その腹部に明らかに膨張が見られると言うのだ。

 信じられない事に、『西王母シィアンムゥ』は妊娠しているらしい。

 当初、監視に当たっていた研究員の誰かがその美貌に魅せられ、狼藉を働いたのでは無いかと疑われたものの、相変わらず彼女の体を詳しく調べようとする者は尽く失神する事になる状態から、我々が発見した段階から既に子を身籠もっていたのだと仮定される。

 はっきりと言って、詳しく様々な角度から検証を行いたいのだが、現状手を出せないので今後の成り行きを見守る以外手段は無い。


【2028年3月17日】

 中型犬を用いた『魔物』生成実験において、その予想以上の力に多くの研究員が犠牲となった。

 その体皮は鋼のように堅く、通常の銃器では一切歯が立たなかったため、対物ライフルを用いて初めて体に傷を負わせることが出来た程だ。

 やはり、体が大きな動物での実験を行うためには、それを力で止められるだけの備えが無ければ難しいと言う事か。


【2028年5月20日】

 突如として保管されていた『宝具パオペイ』が全て姿を消した。

 それと時を同じくして、『西王母シィアンムゥ』もその姿を消し、代わりに彼女が眠っていたはずの場所に1人の女児と1振りの深紅に輝く剣が姿を現した。

 記録されていた監視カメラの映像を確認する限り、『西王母シィアンムゥ』の体が光に包まれた瞬間、その場に女児が姿を現し、残った光がその剣へと姿を変えたことから、この剣こそが『西王母シィアンムゥ』そのものなのだろう。

 正直、今までも数々の信じられない事態に直面してきたが、今回のこの事象は我々の理解を遙かに超える現象であり、どのように対処すれば良いものか頭が痛い限りだ。


【2028年5月21日】

 生まれた女児を、『竜吉公主ロンジィグンジュ』と呼称する事が決まった。

 一見普通の幼児と大差無いように見え、母体となる『西王母シィアンムゥ』と違い通常の人間に用いる機器で身体の検査を行うことが可能だと判明する。

 しかし不自然な点も見受けられる。

 先ずはその黄金の瞳。

 それと、検査のために血液を採取した際、体に付けた傷がほんの数秒で塞がった事から驚異的な治癒能力を有している事が判っている。

 これから絶えず観察を行い、未知の技術を使い熟すための手がかりを見つけられれば良いのだが。


 ~その後の記述は、この『竜吉公主ロンジィグンジュ』の観察結果が大部分を占めることになる。しかし、この研究レポートは彼女が生まれてから5年目頃を境に一切更新される事はなくなる。その直前の記述を見れば、『まるでオカルトの世界に迷い込んだようだ。彼女は自由に火や水を操り、瞬時に自身の傷を癒やす』や、『時折、彼女は誰もいないはずの部屋で1人、我々の知らない未知の言語で何事かを呟いている。』など、非常に気になる記載も多い。しかし、その5年目から後、この施設が謎の爆発事故で壊滅的な被害を受け、全世界にこの施設で研究されていた『魔物』の脅威が解き放たれるまでの6年間、いったい何があったのかを知る術は無い。そして、この研究レポートが途切れる直前、最後の一日は次のように記されている。~


【2033年7月4日】

 本日から、本研究施設に新しい所長が赴任してくるらしい。

 なんでも、『竜吉公主ロンジィグンジュ』の影響で飛躍的に進んだ『魔力』の研究を外部の実験施設でも行っていたらしく、彼はそこで大きな功績を上げていた人物なのだと言う。

 正直、機密性の高い研究であるため我々でさえ、彼がどのような経歴を持ち、どのような成果を上げた人物であるかははっきりと判らない。

 それでも、彼が直接『竜吉公主ロンジィグンジュ』を用いて今よりも更に『魔力』の研究を進めるというのであれば、我が国が世界を席巻するだけの力を持てるよう、更なる技術発展に尽力してくれるよう願うばかりである。

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