2.

 私は男嫌いだけど女はもっと嫌い。一夏に言ったのは別に出任せじゃなく本当のことだった。もう十年以上、私はそんな自分と付き合ってきた。


 原因は多分あれ。小学校の時、大好きだった先生が子供を産んで学校からいなくなったこと。なんかそんな事件とそんな映画があった気がするけどそのせいじゃない、はず。


 先生は美人というよりは可愛い人で、コロコロよく笑う人だった。一年生と二年生の時の担任でスラッとしてるよりは丸っこい印象。太ってはないけど、丸顔で優しかった。今思い出しても子供好きそうで、子供に好かれそうな人だった。


 いつも先生の仕事が大好きで、夢が叶ったって喜んでた。結婚して妊娠したって時も、絶対戻ってくるからって涙ながらに教壇で約束した。約束は守られて先生は帰ってきたけどそれはたったの三ヶ月。先生が好きだった私はひどく落胆した。裏切られた気分だった。好きだった? そう、もしかしたら初恋だったかも。


 今なら何がどうなったのか想像がつく。子供が好きなら自分の子供は輪をかけて可愛いに決まってる。旦那の稼ぎで生活できるなら子育てのほうが自分の仕事より大事に決まってるよ。


 今ならそんな風に解釈する。じゃあ小学生のわたしは? 考え方も学力レベルと同じで足し算だった。


 先生はなんでやめたの? 子供が出来たから。なんで子供が出来たの? セックスしたから。いやそれは嘘。小学一年生じゃ耳年増の私もセックスの詳細は知らなかった、と思う。とにかく子供が出来た。何でかって結婚したから。でも男の人も結婚するのに先生だけ妊娠した。なんでってそりゃ、先生が女だったから。


 足し算よりは引き算っぽいかな。どっちでもいいけど。


 とにかく私はそうやって、女嫌いの基礎を形成した。あとはそのまま大学生まで育てばわたしになる。大人になるにつれて気にならなくなるなんて、そんな都合のいいことあるわけない。パクチーが嫌いな人が栄養があって美容に効くよって言われたからってパクチーが平気になるわけじゃない。


 嫌いっていう気持ちは理屈じゃないから。


 そうやって嫌悪感だけがこびりついたわたしにとって女も、女を孕ませる男も嫌悪の対象で、そして何より自分がその女だってことが嫌だった。


 中学校を卒業するあたりまで、わたしはアレルギーみたいに自分の性別を嫌って、髪も短くしてたし制服以外でスカートなんて絶対履かなかったし、胸が膨らむのがイヤで毎晩泣いた。


 そんな風に過剰に反応するのは中学校と一緒に卒業したけど、もう一つの癖は残った。人に触られるのが嫌なんだ。


 男に触られるのは嫌。薄汚い欲望にギラギラして、たりしなかったりだけど、生き物である以上は男と女は子供が作れる。作るかどうかよりも、作れるって事実が不愉快だったし、男に触られるとどうしたってそのことが頭をよぎった。


 女に触られるのも嫌。理由は男よりずっと簡潔。先生と同じ性別だから。それ以上も以下もありはしない。


 だから、一夏が言うように私が女を好きだなんてあり得ない。初恋が女の先生だった? それがトラウマなんだから尚更女なんて嫌いだ。

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