第十七話 夢2

 青年は愕然とした。

 まさか伊達が死んでいるとは思いもしなかった。あの薬は紛い物のはずだった。中途半端に害のある薬だったから、死にもせずただの自殺未遂とされたのかと思い込んでいた。しかし結果として、伊達は死んでいた。

 青年は他の新聞や雑誌も読んだが、やはり伊達の死は違いなかった。だが、伊達の遺書について具体的に記載されていることはなく、あるのはただ「集団自殺の画策」ぐらいである。


 ある記事にはこう書いてあった。


「遺書によると伊達一郎(22)は、十月ごろ集団自殺を画策するものの、ついに協力者は現れず、二月二十八日に自殺した。遺書の随所には社会への不満とスピリチュアル的思想が垣間見え、一種の運動的自殺ではないかと考えられるが、その一方で内容としては青年特有の浅はかな社会批判、論理飛躍が見受けられる———」


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 青年はあれから力無く帰り、病室のベットに横たわる。怒りと哀しみが織り合わされた鈍い紺色のような感情が彼を包み込む。

 伊達は死んだ。それだけではなく、あの男はただ一介の思想犯として描かれていた。高尚でもなく、低俗にすらなれない、子供じみた勝手な青年としてである。

 伊達の情熱も、意思も、いや、彼の死すらそこには無かった。あるのは記号の羅列と情報のみ。

 

 もはや笑みさえも浮かばなかった。怒りも哀しみも、全てが半端に青年を苦しめる。そして酷い現実感が彼を覆った。

 後悔も憎悪も青年はしなかった。悔やもうが、憎もうが疲れるだけだと知っていた。その代わり、呆れるほどの脱力に身を任せ、眠りに至る。このまま死んでしまえと、頭の隅で唱えながら。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 青年は列車にいた。以前と同じ感じでただ呆けて佇んでいた。

 やはり青年は、夢であることを確信した。先の夢がぼんやりと思い出され、急いだ不安に襲われる。


 すると、青年はその向かいの席に伊達がいることに気づいた。

 伊達は硬い表情をしている。姿勢は鋭く、それはただ呆けているようにも、硬い意志を持つようにも捉えられた。

 青年は何か言葉を発しようとした。謝罪か弁明か、それとも同情か、とにかく何か発したかった。

 しかし彼の口はぴくりとも動かない。口籠もりもせず、喉を鳴らすだけだった。


 そうして幾分もしないうちに、伊達は席を立ち、車外へ出た。青年に一瞥もくれず、あの瞬く閃光に包まれる。そのうち伊達の輪郭も顔も揺らいで、先の夢で見たあの群衆と同じ形になる。

 青年は動かなかった。伊達の行動をただ虚に黙するのみだった。

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