9─もう一人の天才─


 泣くことも許されなかった。

 後悔することも、謝罪することも、一人遊びのように誰にも届かない。

 

 ただ白の中の赤に絶望し、時が進むことを拒絶した。

 

 ───────────

 

 ルベリオンが白へ消えた後オーギュストは鎧を脱ぎ、火に当たっていた。らしくもなく片膝を抱えてその膝に頭をあずけて。

 

 「そこまで隠したかったわけじゃなかったんだ」

 

 言い訳を口にしたところで。ルベリオンが死へ一人で向かったことは違いなく。嫌いあっていた過去があったとしても今はもうそんなこと思ってもいない。

 

 オーギュストが顔を上げ、鎧を手乗せながら見つめる。父との約束は全て自分を守る為のもので、この鎧も自分を守る為の物だった。

 

 知っていだからこそ自分を殺し、この鎧を身にまとい続けた。持ち主に合わせて大きさを変える魔法鎧。子供の時から身につけたそれはいつからか自分自身のように感じて。

 

 「もう隠さなくてもいいですか、父上」

 

 もう、自分を偽ること無く。剣を取り剣を振っても。

 

 愛してくれる女に愛を返しても。

 

 オーギュストは少しも貴族になりたいという気持ちを持っていなかった。それは嘘偽りなく真実だ。

 けれど一人愛してくれた彼女の為ならば、貴族になろうがそれ以上になろうが父との約束を破ろうが良かった。それもまた真実で。

 

 「アレクシラ」

 

 それでも鎧の下を晒すのが恐ろしかった。アレクシラは鎧ごとオーギュストを愛してくれたが鎧の下を知り離れる可能性もあったのだ。現に彼女の父親は態度を変えた。

 

 オーギュストの身分を明かすならばキュラスに来なくともアレクシラと共になれた。それを蹴ったのはオーギュスト自身だった。

 

 アレクシラの愛した自分はきっと、出生に胡座あぐらをかき愛を囁くものではない。自分らしく足掻いて手を差し伸べてこそきっと彼女は自分の手を取ってくれるとどこか確信めいて彼女の父の言葉を拒絶した。

 

 「ルベリオン、舐めているのはお前だろう」

 

 同じ天才と呼ばれる者同士。争い競い生きてきた。全く違う舞台なのにやけに目に付いた。

 

 ライバルとも言えた。だが今ならば。

 

 彼の本心を聞いたあの夜を越えた今ならば、自分の為に身一つで白へ歩んだ彼を見送るしか出来なかった不甲斐なさをなげける今ならば。

 

 彼は友であると口にできる。

 

 そうしてやっと自分らしく立ち上がれるんだろう。

 

 「アレクシラ、俺は帰る、ルベリオンと共に」

 

 新たな誓をたて、立ち上がる。そして火の光にあらわになるのは美しい金の髪に赤の瞳。乱雑に切られた髪越しに鋭く光る眼は白へと向いていた。

 

 「俺はもう、自分を偽らない」

 

 そうでなければ自分の命を投げ打った友に顔向けが出来ないのだから。

 

 

 鎧を再び着こむ。隠すためではなく、生きる為に。

 

 鎧に魔力を流す。父に美しいと褒められたものの、生まれが露見ろけんする可能性から使うことが許されなかったそれは、喜ぶ様に鎧の中に溶け込んでいく。

 

 銀色だった鎧に、赤い炎の模様が浮かぶ。そしてオーギュストはやっと楽に息ができるようになった。

 

 「早く、ルベリオンに追いつかねば」

 

 もう二度と置いていかせない。もう二度と前に行かせない。

 

 

 そう言ってやろう。

 

 

 

 

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