第3話 可愛いところあるじゃない

イベント一日前


貴俊は仕事が終わった後に職場から近い家電量販店に来ていた。


「えーっと?二階のここか…」

エスカレーター付近にあった店内案内板で目当てのコーナーを確認してから二階に上がった。


そのまま向かったのはゲーミング関連の商品が並んでいるコーナーだった。

「この辺だよな。…あっ、すぐにあった」

貴俊は棚に並んでるうちの一つのヘッドセットを手に取る。



昨夜


「オニオンさん、ヘッドセット持ってます?」

「ヘッドセットは持ってないですね…」

「チャットだといざという時に伝えられない事もあると思うので揃えませんか?私も持ってないので買おうと思います」

「そうですね、何やら僕達が組んだことがSNSでも話題になってるみたいですし、狙われるかもしれないですからね」

「えっ?話題になってるんですか?」

「はい、トップ争いの二人が組んだって」

「じゃあ尚更必要ですね」

「はい、明日仕事帰りに買おうと思います」

「じゃあ私も明日買います笑」


というチャットでの会話があった。


その為、貴俊は家電量販店にヘッドセットを探しに来ていた。



「…この辺の物で良いんだよな?買おうと思ったことがないからよくわからないんだよなぁ」

いくつかのヘッドセットを見たが安すぎてもダメそうだし、高すぎるのも今回しか使わなかったら勿体ないしと悩んでいた。


すると

「…野間?」

貴俊を呼ぶ声がしたのでそちらを向くとそこには綾がいた。


「は、速水さん!?何でここに?」

「の、野間こそ…、何で?」

二人はお互いに驚いている。


「僕は今やってるオンラインゲームで初めて人とチーム組むので買おうかと…」

「…ゲームで?」

「はい、その人からチャットだといざという時困るから買いませんか?というような話になりまして…」

貴俊は話をしながら何でこんなことを話してるんだ?と疑問に思ったが、何故か綾には正直に話さなくてはならないというような感覚があった。

それだけ普段から仕事の事で怒られていた。



貴俊の話を聞いた綾は昨夜自分もオニオンと同じような話をした事を思い出していた。

「……いえ、そんな人達は日本中にいくらでもいるわよね」


「え?何か言いました?」

「ん?ううん、何にも」


「あの、速水さんは何でここに?」

「…わ、私は英会話のオンライン教室の為によ」

咄嗟に嘘をつく。


「……ここ、ゲーミングコーナーですよ?」

「し、知ってるわよ!でもこういう方が性能良いんでしょ?」

「そ、そういうもんなんですか?」

「…で?何を買うつもりなの?」

そういうものとは限らないと思ったのでそれについて綾は反応しなかった。


「この安くも高くもないあたりでいいのかなぁと」

貴俊が棚にある商品を手で大まかに指しているので

「…あんた!何も調べないで買おうとしてるの!?」

綾は怒りだした。


「え!?あっはい!すみません!!」

急に怒られた貴俊は反射的に謝った。


綾は一通り商品を見ては一つのヘッドセットを指差した。

「……これにしなさい!!これなら重さ的に長時間使えるし、音も鮮明よ。会話も途切れにくい」

「…なんでそんなに詳しいんですか?」

「調べたからに決まってるでしょ!」

「す、すみません!」

「はい!私もこれ買うから!あんたもこれにしなさい!!」

「はい!そうします!」

商品カードを持った貴俊はそのままレジに向かっていった。


「……あれ?これってお揃いって事よね?お揃いか…、ふふっ」

綾は嬉しそうに笑った。



「速水さん、買い物する物も勉強してから買うんだ…」

貴俊にはお揃いという概念は今のところ無かった。




綾が会計を済ますと少し離れた所に貴俊が待っていた。

「え?あいつ、待っててくれたの…?」

綾はとても嬉しい気持ちになり、自然と軽い足取りで貴俊の元へ向かった。


そして貴俊の腕をパンッと叩きながら

「待ってたの?」

と嬉しそうに声をかけた。


「あっ、はい!教えていただいたお礼をと思いまして」

「へぇー…」

綾はニヤニヤし始めた。


綾が歩きだすと、その後ろを貴俊も歩き出した。


「な、何ですか…?」

「可愛いところあるじゃんって思って」

下りエスカレーターで振り返った綾は背伸びをして貴俊の髪をクシャクシャしながら頭を撫でた。


「ちょ!ちょっと!」

すぐに避けるように頭を動かす貴俊。


「あっ、ごめん怒った?」

そのまま二人は店の出入口から外に出た。


「いえ、怒ってはないですけど…」


「ならいいじゃーん」

店の外で更にクシャクシャし始めた。


「…酔ってますか?」

「なわけないでしょ」

綾はペチンと貴俊の頭を叩く。


「速水さん…」

「…あっ、ごめん。叩いちゃった」

「い、いえ、それはいいんですけど」

「あっ、いいんだ…」


「それよりも毎日ありがとうございます」

「…ん?何が?」

首をかしげる綾。


「見捨てないでいただいてありがとうございます」

「そんなことするわけないでしょ。こっちこそありがとう」

「え?」

「私の事を嫌っててもおかしくないのに、さっきだってお礼を言うために待っててくれて」

「嫌うだなんてそんなことはないですよ!」

「そう?じゃあ明日からは更に厳しくしてもいいね」

綾は駅に向かって歩き出す。


「いや、あの、それはちょっと…」

綾の背中に小さい声で貴俊は反抗するが

「ん?なぁに?」

振り返ると同時に前にかがみこんで自分を見る綾の姿にそれ以上何も言えなかった。


「い、いえ…」

顔を赤らめながら思わず目をそらしてしまった。



「ちゃんとこっちを見なさい!」

近付いた綾は貴俊の両頬を抑え、自分に顔を向けさせた。


「…あ、あの」

「なに?」

「恥ずかしいです……」

「……あっ!」

貴俊からの言葉を聞いた綾は周りの人達の視線を感じ、すぐに手を離した。


「は、恥ずかしいことさせないでよ!」

「えっ!?え?いや、…え?」

貴俊は戸惑っている。


「今のはあんたが悪いって事でいいわよね」

「いえ、ちょっとそれは…」

「いいよね!?」

「はい!」

貴俊は理不尽を受け入れた。


「それじゃあね!ちゃんと真っ直ぐ帰るのよ!」

「いや、子供じゃないんですから……」

「口答え?」

「いえ!」


二人は別々の路線だった為、その場で別れた。

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