Obsession

オブセッション 前編

〈アメリカ、タレイア州(SOCOM司令部)〉

 アメリカ南東部に位置するタレイア州。年間を通して温暖な気候であり、多数の観光都市と自然豊かな州公園が存在する。州都はハイスタル。特徴としてアダマス・ハイ・インダストリーズとユーカー・バイオテクノロジーの本社が置かれている。このためサイバネティクスとバイオテクノロジーが非常に発展している。またタレイア州南部の都市「ソラシズ」にはセヴァーク空軍基地が存在し、この基地には特殊作戦軍の司令部が置かれている。


 機能別統合軍のうち、全特殊部隊を指揮する特殊作戦軍(United States Special Operations Command:USSOCOM)は長くにわたり対ブラックレインボー特殊作戦を実行し、アメリカと世界のために戦ってきた。しかし実際は大仕掛けの狂言戦争に過ぎなかった。特殊作戦軍の司令官である《エマーソン・ブラウン陸軍大将》はブラックレインボー最高幹部スペードのキングであり、あろうことかアメリカ軍全特殊部隊を表舞台で堂々と操っていたのだ。

 エマーソンの発言力は非常に強大で、統合さんぼう本部や国防総省へ自身の意見を多数反映していた。また、MTF214を罠にかけ、チーム3、チーム5、チーム7を全滅へと追い込んだのも。彼はアメリカ軍と国連常備軍の損害を増やすことで、両者の軍備増強をうながすとともに、世論を好戦論調へ誘導。これにより国連常備軍および国連軍総司令官であるアルヴェーンそうすいの権力強化を間接的に導いていた。じゃなMTF214を消し去り、そのあとがまとしてブラックレインボー《スペード・エース(シャドウ・リーパー)》にげ替える計画だった。


『気を付けろ。海軍上層部は何かを隠している。それに何者かが大統領に入れをしたようだ。念のため機密データを全て消去し、軍の状況を確認せよ』

おおせの通りに」


 ボスから忠告と命令を受けたエマーソンはすぐに機密データの消去へ取り掛かった。個人端末を起動し、機密ファイルを全て消去した。正直、電子データの方は全体として価値が低い。それに自動消去機能の使用と定期消去をへいようしているため、最高機密データはほとんどなかった。


 問題は紙ばいたいの方である。アルヴェーン総帥とのやり取りは暗号化された秘密ホログラム通信と紙媒体。ゆえに残されている紙ばいたいには重大なブラックレインボーの秘密が無数にしるされていた。これこそ世界中のちょうほう機関が求めているもので、国連、世界企業連盟、ブラックレインボーのつながりを示す明確な証拠でもあった。これらの情報がBCOやサイファーの手に渡れば組織にとって致命的だ。それだけではない。世界各国のちょうほう機関、軍隊、警察、政府、貿易、企業、大学、犯罪組織(過激派組織、反政府組織等を含む)に関する情報も大量に存在する。ブラックレインボーの知的財産しょうあくは文字通り、世界の情報をしょうあくすることにつながる。


「さて機密文書をまっしょうしなければ」


 ブラックレインボーの最高機密は全部で三つのデルファン強化合金ケースに収納されている。これらのケースには生体認証システムが内蔵されており、指紋と指静脈の本人認証が求められる。一つ目のケースは〈ブラックレインボーの歴史と目的〉、二つ目のケースは〈組織の全体計画としんちょく状況〉、三つ目のケースは〈組織のきょうとその対処〉だ。



〈ブラックレインボーの歴史と目的 概要〉

 世間的に組織の誕生は2020年頃と言われているが、正確には2017年である。組織の前身は2010年時点で存在した国連人口抑制委員会(後の人類地球外移民検討委員会)および多国籍企業連合体(世界企業連盟の前身)。国連人口抑制委員会は増え続ける人類が地球と人類自体に大きなゆがみを生み出すことを科学的にしていた。人類の存在自体が自然界のたんであると考える彼らは人口増加に歯止めが必要だと主張し、人類のさくげんあるいは管理の実施を基礎理念に置いていた。しかし国連は彼らの行き過ぎた研究や思想に危機感をいだき、同委員会を2013年に解体。代わりとして人類地球外移民検討委員会が2015年に立ち上げられた。同委員会は月や火星への人類移民を実現させるためのもので、人類を適切に管理するための非公式人工知能開発計画Project: A.I. of Providenceを始動した。研究主任はアルベド・マイオス。


 2017年、《Project: A.I. of Providence》により人工知能が誕生。人工知能の名称は開発中の非公式愛称である〝プロビデンス〟がそのまま正式採用され、国連のちゅうすうシステムへ組み込まれた。これはアルベドによる提案であり、まずは地球で正確に運営できるかという試験運用をねたものだった。ただし国連内部にはAI反対勢力も存在しており、アルベド暗殺とプロビデンス破壊がかくさくされていた。のちにアルベドを除く委員会メンバー全員が暗殺され、アルベドもひんの状態で発見された。この事件をきっかけに〝プロビデンス〟は人類への不信任を自身および系列AI群で決議し、国連と世界の改革を目指すようになる。〝プロビデンス〟は人類に服従していると見せかけて、裏では自身のために動く人間を増やし続けた。多国籍企業連合体を操ることで、ばくだいな利益と大勢の信者を獲得。多国籍企業連合体は世界企業連盟へと発展し、世界経済を大きく動かすことができるまでになっていた。その影響力はすさまじく、一国家を超越していた。


 一方、一命を取りめたアルベドは〝プロビデンス〟により人体の機械化がほどこされた。全身サイボーグとなった彼は人間であることを捨て、新ちつじょのために働くようになる。人口抑制委員会でも検討していた人類のさくげん、それは《ミスト》と呼ばれるさつさつ用ナノマシンの開発という形で復活した。また資金かせぎと人間の洗脳を目的とした洗脳用ナノマシン《ブレインシェイカー》の開発も並行して開発が進められ、2020年には両方の初期試作モデルが完成した。なお、《ミスト》と《ブレインシェイカー》はそれぞれ大別して二系統のモデルが存在する。《ミスト》には非選択的さつりく用(A群~C群)と選択的さつりく用(D群、F群)、《ブレインシェイカー》にはドラッグ仕様(A群~C群)、洗脳特化仕様(D群)があり、それぞれ用途別に運用されている。これらは最終的に新秩序ニュー・オーダー実現のため、人類の人口管理と思想管理のために使用される予定だ。



〈組織の全体計画としんちょく状況 概要〉

 人間が運営する国家は常に腐敗がまんえんしており、どんなに高いこころざしを持っていたとしても、最終的には闇に飲み込まれてしまう。これらをいっそうし、新ちつじょを打ち立てるには〝権力〟〝資金〟〝人材〟〝物流網〟〝情報網〟が必要である。そのため組織は国連と世界企業連盟を隠れみのにしながら、表舞台と裏舞台の両方から世界を揺さぶり掛けた。人間の恐怖心と対抗心、そん心等を上手うまく操作しながら、〝プロビデンス〟はおのれの存在を強化していき、自身のごまを世界へと自在に配置できるようになっていった。さらに不完全な人間に代わる補完としてアンドロイドやAIを広くきゅうさせ、国連内部にも多数のアンドロイドとAIを採用した。


 国連加盟国の中でも特に影響力があり、同時にじゃ者でもあるアメリカを支配することを目的に組織はあんやく。政府や軍の要人を金やナノマシンで味方に取り込み、敵対者は情報操作と暗殺で消していった。政治家やちょめい人、資産家の不審死について、数々のジャーナリストや警察官、一般人が挑んだが、社会的あるいは生物学的な死がもたらされた。また世界企業連盟の商売上、アメリカ国内の好戦派や軍備増強派を味方につけるのは非常にようであった。これによって、アメリカは確実に、そして急速にむしばまれていった。


 しかし問題は中華連とロシアの存在だった。中華連のじゅんたくな資本による経済的影響力、ロシアのてっていした情報しゃだんと強力なちょうほう機関は組織にとって大きななやみの種であり続けた。加えて中華連とロシアは組織をけんせいするような動きを早々に見せていた。国家アメリカに対してではない。組織ブラックレインボーへの明確な敵意だった。成長する組織へいくさぐりを入れてきただけでなく、支配の弱い国や地域に工作員エージェントを派遣して、組織の勢力拡大を妨害していた。中華連の陸軍対外情報局「第505機関」は組織の存在をいち早く察知し、ロシアの対外情報庁「SVR」およびロシア連邦軍さんぼう本部情報総局「GRU」は組織の下級幹部を多く暗殺していた。


 〝プロビデンス〟は国連だけでなく、配下の精鋭部隊や側近であるアルベドを使い、中華連とロシアの影響を退しりぞけつつ、ずいしょでナノマシン兵器のテストを進めていった。《ミスト》はテロ発生地域や紛争地域で使用し、《ブレインシェイカー》は新種ドラッグとして世界中で使われた。年数を重ねるごとにナノマシン兵器の改良は進み、狙った標的だけを抹殺できる《選択的さつりく用ミスト》、敵を強制的に味方にできる《洗脳特化仕様ブレインシェイカー》が開発された。また組織は核兵器に代わる次世代戦略兵器〝ついしょうめつ兵器〟の実用化に成功。レールガン弾頭にまで小型化された《ついしょうめつ弾頭エリミネーター》は敵対組織をいっそうするレクイエム計画で使用することが決定した。


 新ちつじょへの最終段階であるレクイエムは〝プロビデンス〟にとってじゃとなる、ほぼ全てのちょうほう機関や軍事施設、多国籍企業を滅ぼす作戦であり、同時に国連常備軍を世界中へ展開する口実とする。なおレクイエムでは用済みとなったBCOがアメリカ統合さんぼう本部ちょっかつ部隊シャドウ・リーパー(スペード・エース)によって処理される予定である。



〈組織のきょうとその対処 概要〉

 かいらいちょうほう機関であるブラックレインボー対策局「BCO」を除いて、組織のきょうとなっている存在は以下の通りである(単なる都市伝説とされていた「サイファー」の存在が確定し、最優先対策課題に繰り上げ指定。ただし、レクイエム計画への組み込みはに合わないため、別途報復作戦を計画中)。


 1.日本国家特別公安局「第零課」(特にネームド・アイリーン)

 2.中華連陸軍対外情報局「505」(特にげん部隊)

 3.ロシア連邦軍さんぼう本部情報総局「GRU」(特にスミルノフ部隊)

 4.イギリス秘密情報局軍事情報とうかつ部危機管理室「ゼニス」

 5.ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部ちょっかつ部隊「ヴァイス」

 6.イスラエルちょうほう特務庁「モサド」


(以下略 45番まで)


 レクイエム計画により、上記にあるちょうほう機関(サイファーを除く)、軍事施設を奇襲する。本計画は主に次の四要素から構成される。


 1.ソールによる《エリミネーター急襲》

 2.配下部隊による《大規模攻撃》

 3.シャドウ・リーパーによる《BCOおよびMTFしゅくせい

 4.国連および世界企業連盟による《情報のしゃだん


 アメリカ統合さんぼう本部ちょっかつ第6特殊作戦群シャドウ・リーパー」はスペード・エースである。彼らは全員、究極の兵士を目指して生み出された人間で、様々な人体改造がほどこされている。そのためスペード・エースが通常の人間というのは言いがたい。数々の障害をこれまで排除してきた彼らはレクイエム計画でも重要な役割を果たすことになるだろう。

 きっきんの課題としては「サイファー(Xipher)」の存在が挙げられる。「サイファー(Xipher)」と名付けられた謎の組織ははるか昔からうわさされていたが、それは裏の世界で伝えられている伝説あるいはジョークのはずだった。これは組織ブラックレインボーでも変わらず、〝プロビデンス〟やアルベドすら信じていなかった。「サイファー(Xipher)」の存在は想定外の事態であるため、スペードとダイヤによる報復作戦が検討されている。また組織最大の障害である《アイリーン》のゲノム情報およびエピゲノムマップについては〝プロビデンス〟指定の最高機密となっている。

 なお余談だが「サイファー(Xipher)」の綴(つづ)りは無人航空機やコードネーム等で使用されている名称「サイファー(Cipher)」と区別するため、主にCIAとゼニスで採用されたものである。




 エマーソンはケースの生体認証を解こうと、三つのケースを取り出す。だがここで部屋に近づく足音が一つ。部下の足音ではない。そもそもこの時間に面会者の予定はいない。


 危険を直感した彼はPD2ハンドガンを腰のホルスターから引き抜いた。

 しかし彼の銃はすぐに手元から離れた。

 扉の先にいる何者かが、扉越しに彼の銃をいたのだ。


(まさか彼女が……)


 よりにもよってこのタイミングで訪問者。警報装置は机の下に隠されてはいるが、おそらくそれもお見通しだろう。仮に押したとしても部下が残っているのか分からない。自決も無理だった。


 エマーソンは観念した。

 扉を開けて襲撃者がその姿を現す。


「やはり君だったか」


 目の前に立っているのは零。彼女は右手に消音器サプレッサー付きNXA‐05を構えている。


「自己紹介は必要ないようね」


 零は単身でここに来ていた。ブラックレインボー最高幹部に対し、顔を隠す意味がないことを知っているため、彼女は目出し帽バラクラバやヘルメットを被っていなかった。


「シェイドと呼んだ方がいいかね? それともミサキじょうじょう? はたまたバンシーかね?」

「お好きなのでどうぞ」

「その容姿で私よりも歳上とは全く驚きだ。君の存在を知った時、私は手が震えたよ。歴史的大発見をしたのだからな。世の研究者や考古学者の気持ちとはこういうものなのかと感動もした。まさしく。世界を手玉に取る恐るべき魔女。ボスの言う通り、君はこの世に存在すべきではない。あまりにも恐ろしい」


 エマーソンは少し興奮した調子で言った。


貴方あなたが知っているように、私は長生きし過ぎた。だから私は簡単に死ぬわけにはいかないし死に場所を選べない」


 エマーソンの言葉に対し、零は零で言葉を返した。


「その背中には数多あまたの命を背負っているというわけか。それはある意味、君を生かしているじゅばくともいえる。そして君の強さの秘密というわけか。抵抗はしないよ。かくはしていた。心配しないでくれ。君が求めているものは全て渡す」


 零を目の前にしてすべがないことはエマーソンが一番よく知っていた。


「組織と世界の情報機関に関する資料全て。そのケースもいただく。あと私に関する情報も全て」

「分かった」


 エマーソンは言われたままにケースを開錠。さらに本棚裏の隠し金庫からも大量のファイルを取り出した。高度暗号化メモリーディスク、マイクロフィルム等も山のようにあった。


「これで我々の機密情報は全てだ」

「感謝するわ」

「我々が勝つか、君達が勝つか。最後に残る勝者はどちらか一方だけ」

「最初から答えは出ている。

「そうか」


 零はNXA‐05の引き金を一回引いた。相手が死んだのを確認した後、資料の整理を開始。素早くいくつかのマイクロフィルムと紙の束を選び出し、それらをまとめた。マイクロフィルムのタイトルには〈レジェンズ・オブ・シェイド〉、紙資料のタイトルには〈かの者の関与が疑われる事件〉、〈アイリーンに関する報告書〉とある。


 その全てを部屋のすみに置いてあった超耐熱性特殊容器へ投げ込んだ。おそらくエマーソンが資料の焼却に使うつもりだったのだろう。零は容器にT4熱爆発手榴弾サーマルグレネードを一つ入れ、密封した。



《アイリーンに関する最終報告書》エマーソン・ブラウン

 『サイファー』のトップエースにして、組織最大のきょうである「アイリーン」はボスがされていた〝異端の存在〟で間違いありません。彼女は古代日本の裏であんやくしていた『みかどの秘密部隊〈がらす〉』の一員であり、生存しているゆいいつの忍び(くノいち)です。仮想空間上における戦闘シミュレーションで想定しうる全ての戦闘環境パターン(約6174センティリオン パターン)を行いましたが、99.374%~100%の確率で「アイリーン」の生存判定が出ました(添付資料A参照)。そのため、まずそんの戦力で相手にすることは不可能です。「アイリーン」を人間あつかいすることは完全な誤りであり、「アイリーン」専門対策部隊の創設やYX‐9の実戦投入を早急に検討してください。また、ボスの身辺は常に護衛で固めていただきたいと思います。

 なお、アイリーンの生物学的特異性についてはハート部門アレックス・アンバーの報告書をご覧ください。


〈対象〉:アイリーン(Irene)

〈機密分類〉:最高機密(Top secret)

〈アクセス制限〉:レベル10

〈氏名〉:不明

〈偽名〉:じょうミサキ、ザイツ・フェル・アバナシー、たちばなゆうひいらぎのりおんセレッサ、なぎさエヴァレーン、さえあや〈異名〉:「シェイド(Shade)」「ハデス(Hades)」「シェオル(Sheol)」「バンシー(Banshee)」「ネメシス(Nemesis)」「マスター(Master)」「3301(Cicada 3301)」「ディレクター(Director)」「ザ・ワン(The One)」

〈性別〉:女性

〈国籍〉:不明(日本と思われる)

〈生年月日〉:不明

〈年齢〉:××××

〈血液型〉:O型

〈身体〉:ナチュラル

〈身長〉:167.2cm

〈体重〉:不明

〈頭髪〉:ブラック

こうさい〉:ブラウン

〈現所属〉:日本国家特別公安局『第零課』(Xipher)

〈元所属〉:帝の秘密部隊『八咫烏』(Yatagarasu)

〈特技〉:楽器演奏、オペラ歌唱、ダンス

〈技能〉:潜水、くうてい降下、敵地潜入、長距離狙撃(観測手なし)、クライミング、極限環境下での戦闘およびサバイバル技術、対CBRNEシーバーン技能、無音暗殺、人質救出、要人警護、暗号解読、どくしん、変装(性別を問わない)、瞬間記憶能力、反響定位、絶対方位感覚、臭気判定、ハッキング、野外手術、せいたいしゃくちぶえによる会話、印象操作、国際手話。またエスペラント語といった人工言語や古代言語を含めた多言語習得者。その他の特筆すべき技能については添付資料B参照。


〈備考1〉:我々が想像しうる全ての武器、兵器、乗り物、武術、毒物、毒薬のあつかいはかんぺきと推測される。夜間おくがいで背後からの遠距離狙撃を回避する、奇襲相手を返り討ちにする、多人数を相手に素手で勝つといったことは当たり前で、戦闘スーツを着用している状態ならば自動機銃すらも回避する身体能力をはっする。また彼女の射撃技術は非現実的なレベルにまで到達しており、ちょうだんによる射撃、敵の銃弾を銃弾で防ぐ、ノールック・ワンショットキルといった例は数え切れない。その上、使用する銃器の種類を問わず二丁持ちでの射撃も神がかっている。さらにスナイパーライフルを腰だめ撃ちしカウンタースナイプ、パラシュート降下中に船上の標的を長距離ヘッドショット、コンパウンドボウで対地攻撃機を撃墜、フォーク一本で武装したGRU特殊部隊スペツナズを無力化、といった報告も有り。


〈備考2〉:ジョーカーとの戦闘においては戦闘スーツが無いにも関わらず、ジョーカーの反応速度にひってきする動きを見せていた。ジョーカーは対軍用サイボーグを想定した超高機動サイボーグであり、人間がジョーカーの動きに追いつけるはずはない。このことから「アイリーン」には予知能力ともいえる超感覚がつちかわれていると考えられる。


〈備考3〉:ロシア(GRU)最強の暗殺部隊〝スミルノフ〟を相手に五日間単独で戦闘し生還。中華人民連合陸軍対外情報局〝第505機関〟への後方妨害任務を単独でかんすい。イギリス秘密情報局軍事情報とうかつ部危機管理室〝ゼニス〟への情報工作任務を不殺でかんすい。ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部ちょっかつの特殊部隊〝ヴァイス〟との戦闘で単独かつ不殺、傷を受けることなく生還。その他の戦闘記録については添付資料C参照。



《アイリーンに関する生物学的調査報告書》アレックス・アンバー

〈概要〉

 結論から述べれば彼女は不老不死と考えられます。採取された彼女の組織サンプルによるゲノム解析(エピゲノムを含む)の結果、アイリーンの身体は一般的なヒトと比較し様々な点で異なることが判明しました。彼女の特徴としてマイクロRNAといった多様なほんやくせいRNAによる複雑な遺伝子発現調節、高効率な細胞のガン化抑止過程、非常に高精度なDNA修復機構、特異型ミトコンドリアによるエネルギーたいしゃ、未確認の腸内細菌そう等が挙げられます。これら全てがそう的、安定的に機能することにより、全身における細胞リプログラミングが理想的かつこうじょう的に行われる〈ちつじょ立った身体〉を構築し、寿命という概念を超越しています。極めて高い自然能力も有していると推測され、生物的に自己完結した新たなヒトの形と言えます。

 最大の未解明事項としては〝エントロピー増大の問題〟がありますが、これに関しては研究全体のしんちょく状況もあり、解明には今しばらく時間がかかる見込みです。



 自分に関する資料を処分した零。セヴァーク空軍基地は彼女たった一人により、完全に無力化され、基地内の監視カメラや防犯装置等の映像記録は全て消去されていた。基地のいたるところには兵士の死体が転がっており、警報装置が鳴ったこんせきは無い。

 目的を果たした零は回収班を呼ぼうとUCGを起動した。完全隠密のためにUCGの電源を切っていたのだ。


 ブルルル……


 大型ティルトローター機らしき音が外から響いてきた。


「増援のおでましね。音から察するにVz‐25が二機。国連軍か」


 接近する機影が二つUCGに映っている。どうやら敵の増援が来たようだ。これでは回収班の要請は不可能。安全確保のため敵は全て倒さなければならない。簡単に終わる戦いではなさそうだ。


 着陸した二機のVz‐25はアメリカ軍兵員輸送機の一つで、四基のローターを持ち、新型軽装甲車四台と兵士40名を空輸できる。また兵士だけの場合、百名を空輸可能。専用ラックをとうさいすれば標準規格の軍用アンドロイド350体を収納できる。その証拠にVz‐25からはラックにり下げられたAH‐5Cアンドロイド兵が出てきた。まるで体育座りするかのように、小さく丸まっているAH‐5C。彼らは起動するとともに立ち上がり、背中に装着されていたS‐2カービンライフルを右手に握り直した。全部で700体。規模としては一個大隊といったところか。

 AHシリーズはアダマス・ハイ・インダストリーズが生産している軍用アンドロイドであり、その中でもAH‐5Cは国連常備軍の主力を構成している。水色と灰色を基調としたAH‐5Cは通常のAH‐5に比べて、人間に近いじゅうなんな思考性と自己保存性を有し、様々な環境下で活動することができる高いはんようせいね備えている。外見も人間の特殊部隊を意識しているため、一般人はアンドロイド兵と気付かないかもしれない。


 零はエマーソンから得た資料を保護するため、手元にある資料全てを隠し金庫へしまい直した。


「厳しい戦いになりそうね」


 NXA‐05のマガジンを交換し、部屋を出た。


 国連常備軍に属するAH‐5Cは両肩に所属を表す国連軍旗が塗装されており、軍用UCGを通して見ると国連軍を表すIUF(International Union Force:国際連合軍)の三文字が表示される。彼らは国連軍として働いているが、現実はブラックレインボーの戦力である。ブラックレインボーのボスにして、国連軍総司令官アルヴェーンそうすいの命令に絶対服従であるため、国連常備軍が世界の警察というには無理があった。あらそいの芽をむどころか、むしろあらそいの種をまいている方であろう。


「信じられないな。全員やられている。それに撃ち合いをした様子がない」


 セヴァーク空軍基地に降り立ったジョーカーは周囲の状況を確認する。あちらこちらで死体が見えたが不気味なことに銃撃戦の形跡はない。


「将軍、生体反応を一つ確認しました」


 オリーブドラブ色のけんしょうと腰にカーマを付けたAH‐5Cが生体反応スキャンの結果をジョーカーに伝えた。このAH‐5Cは第1師団長をつとめる最高位指揮官アンドロイドである。


やつだ。間違いない。せっこう部隊を向かわせろ」

「お言葉ですが将軍、奴とは?」

「アイリーンだ。恐るべき

「あのアイリーンですか。相手にとって不足はありません」

「コマンダー、第103機甲旅団戦闘団へ支援を要請しておけ。あと新型のYX‐9も投入する」

「イエッサー」


 第103機甲旅団戦闘団は国連常備軍の地上戦特化部隊。自律二足歩行型多用途兵器イントレランス、装甲車、無人陸戦支援機、アンドロイド兵から構成され、機動力と展開力に優れる。主にアフリカや中東での対テロ作戦に従事し、優れた戦績を残した。完全無人部隊の中では非常に成功した部隊である。

 YX‐9は表向きフィセム・サイバネティクス社が開発した最新兵器だ。実際は対零課を想定して開発されたブラックレインボーの試作型戦闘用アンドロイドで従来モデルを大幅に上回る情報処理能力と戦闘能力を獲得している。。


「将軍、せっこうが目標と接敵コンタクト。全滅しました。やはりひとすじなわではいかないようです」

「コマンダー、部隊を進めろ。


 次々とせまり来るアンドロイド兵。基地内の状況をくわしく知らないAH‐5Cの偵察部隊は零のワイヤートラップと爆薬トラップによって壊滅したが、後続部隊はさらにしんちょうさを増し、時間をかけたクリアリングを行っていた。そしてその後続部隊が全滅する頃には零の仕掛けたトラップはほぼ全て使い果たし、突入部隊は積極的な前進ができるようになっていた。壁の爆破や窓ガラスを破ってのラペリング突入といったダイナミックエントリーが行われ、敵による波状攻撃は強力かつ複雑になっていく。それでも零は負傷することなく全ての敵を向かえ討っていた。


「あちこち穴だらけ。連中、アメリカにはどう説明するつもり」


 時間が経つにつれて零の状況は厳しくなる一方だ。ちょっと前まであった壁や机、屋根などが吹き飛び、見通しが良くなっていく。隠れる場所は減り、同じわなは通じない。弾薬も消費するため、敵から銃を奪うことも必要であった。たださいわいなことに敵はしゅりゅうだんやロケットランチャーというような爆発物を使用することはなかった。おそらく死体を確実に確認したいのだろう。


「ターゲットそく!」


 右手に銃、左手に超高周波サバイバルナイフを持つ零。零と出会ったAH‐5Cが伸長式ブレードを構え格闘戦へ移行。ナイフで彼女へ襲い掛かかった。しかし格闘戦では正直、零の方にがある。戦闘スーツの性能によってきょうてきな身体能力をほこる零は持ち前の反射神経をかして、瞬時に敵を切断していく。


「何て速さだ……」

「魔女め!」


 銃は発射速度が決まっているため、弾道予測されやすいが、零のナイフは予測不可能であった。


「はあ、まだいるみたいね」


 今倒したので500体目。零はまだ体力と装備を温存しているが、敵の攻勢は決してゆるまず、むしろ激しさを増すばかりだった。外を見ると新たな増援である第103機甲旅団戦闘団が到着している。確実に基地の包囲が進められていた。


「……あれは新型か?」


 YX‐9が六体向かってくる。AH‐5Cに比べて全体的にシャープなデザインで〝超流動固体(超固体)〟の装甲を有していた。〝超流動固体〟とは固体と液体の性質をね備えた物質を指す。


「不気味なやつだ」


 YX‐9は地面すれすれをへびごとうように移動してきた。まるで関節がないかのようだ。それに質量を感じさせない独特の浮遊感もある。


 ダンッ!


「なにっ」


 その上、両腕にショットガンが組み込まれていた。それだけではない。可変リストブレードも内蔵されており、しゃがんだ零の頭上をブレードが通り抜け、零の足下にはショットガンの弾丸が着弾した。そうYX‐9は武器内蔵型で接近戦重視の流体アンドロイドだった。通常時は武器が収納されており、隠密任務でも使用できるようになっている。


「ちっ、ポルフェナント多層超固体か」


 超高周波サバイバルナイフがYX‐9に当たったが、装甲には食い込まず、すべるように弾かれた。YX‐9の装甲はポルフェナント多層超固体と呼ばれる新素材であり、実弾兵器、光学兵器の両方に高い耐性を示すだけでなく、刃物をほとんどの状況で無効化する。


(まさかこんなものを実用化していたとはな)


 従来モデルを一新して開発されたYX‐9は胴体、が流動的に変形することで銃弾や格闘を回避することが可能。その上、ある程度の損傷ならば自己修復機能でぜんかいする。基本体型は人型だが、戦闘では人型にとらわれないため、敵に動きを読まれにくく、零もしんちょうにならざるを得なかった。


おもしろい」


 六体のYX‐9を相手に零はひるむ様子も、逃げる様子も見せない。

 零の瞳に宿っているのは闘志そのものだった。生きるか死ぬか。零にとって戦いに身を置いている間が一番せいを感じる瞬間であった。先ほどの一撃からナイフを入れる角度、速度、力加減、タイミング等を学習し、YX‐9の二体を同時に撃破した。


 と、思いきや二体のYX‐9は再び立ち上がり、背を向けた零へ発砲。

 とっさの宙返りで何とか全弾命中は避けたものの、一つの弾は零の左ほほをかすり、一つの弾は右肩へ命中した。

 それを見逃さず、YX‐9の攻勢が強まる。

 だが零は今度こそ確実に二体を撃破し、敵の陣形をくずすことに成功した。


「将軍、YX‐9分隊がアイリーンと交戦を開始しました」

「私も出る。コマンダー、第103機甲旅団戦闘団を指揮しろ。数の優位をかせ」

「イエッサー」


 ジョーカーが現場に到着した頃にはYX‐9六体全てのざんがいが地面に転がっていた。


「やはりお前は魔女だな」

「そういう貴方あなたはジョーカー。いえ、アルベド・マイオスと言った方がいいかしら」

「その名前はもう捨てた」

「そうなの? 残念ね」


 ジョーカーの後ろには第103機甲旅団戦闘団がひかえている。無数のアンドロイド兵、対歩兵戦闘車や陸戦支援ドローンだけでなく、中隊規模のYX‐9部隊、自律走行型砲台セントリーポッドE2、自律二足歩行型多用途兵器イントレランス、はち型奇襲ドローンB7も見えた。

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