Obsession
オブセッション 前編
〈アメリカ、タレイア州(SOCOM司令部)〉
アメリカ南東部に位置するタレイア州。年間を通して温暖な気候であり、多数の観光都市と自然豊かな州公園が存在する。州都はハイスタル。特徴としてアダマス・ハイ・インダストリーズとユーカー・バイオテクノロジーの本社が置かれている。このためサイバネティクスとバイオテクノロジーが非常に発展している。またタレイア州南部の都市「ソラシズ」にはセヴァーク空軍基地が存在し、この基地には特殊作戦軍の司令部が置かれている。
機能別統合軍のうち、全特殊部隊を指揮する特殊作戦軍(United States Special Operations Command:USSOCOM)は長くにわたり対ブラックレインボー特殊作戦を実行し、アメリカと世界のために戦ってきた。しかし実際は大仕掛けの狂言戦争に過ぎなかった。特殊作戦軍の司令官である《エマーソン・ブラウン陸軍大将》はブラックレインボー最高幹部スペードのキングであり、あろうことかアメリカ軍全特殊部隊を表舞台で堂々と操っていたのだ。
エマーソンの発言力は非常に強大で、統合
『気を付けろ。海軍上層部は何かを隠している。それに何者かが大統領に入れ
「
ボスから忠告と命令を受けたエマーソンはすぐに機密データの消去へ取り掛かった。個人端末を起動し、機密ファイルを全て消去した。正直、電子データの方は全体として価値が低い。それに自動消去機能の使用と定期消去を
問題は紙
「さて機密文書を
ブラックレインボーの最高機密は全部で三つのデルファン強化合金ケースに収納されている。これらのケースには生体認証システムが内蔵されており、指紋と指静脈の本人認証が求められる。一つ目のケースは〈ブラックレインボーの歴史と目的〉、二つ目のケースは〈組織の全体計画と
〈ブラックレインボーの歴史と目的 概要〉
世間的に組織の誕生は2020年頃と言われているが、正確には2017年である。組織の前身は2010年時点で存在した国連人口抑制委員会(後の人類地球外移民検討委員会)
2017年、《Project: A.I. of Providence》により人工知能が誕生。人工知能の名称は開発中の非公式愛称である〝プロビデンス〟がそのまま正式採用され、国連の
一方、一命を取り
〈組織の全体計画と
人間が運営する国家は常に腐敗が
国連加盟国の中でも特に影響力があり、同時に
しかし問題は中華連とロシアの存在だった。中華連の
〝プロビデンス〟は国連だけでなく、配下の精鋭部隊や側近であるアルベドを使い、中華連とロシアの影響を
新
〈組織の
1.日本国家特別公安局「第零課」(特にネームド・アイリーン)
2.中華連陸軍対外情報局「505」(特に
3.ロシア連邦軍
4.イギリス秘密情報局軍事情報
5.ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部
6.イスラエル
(以下略 45番まで)
レクイエム計画により、上記にある
1.ソールによる《エリミネーター急襲》
2.配下部隊による《大規模攻撃》
3.シャドウ・リーパーによる《BCO
4.国連
アメリカ統合
なお余談だが「サイファー(Xipher)」の綴(つづ)りは無人航空機やコードネーム等で使用されている名称「サイファー(Cipher)」と区別するため、主にCIAとゼニスで採用されたものである。
エマーソンはケースの生体認証を解こうと、三つのケースを取り出す。だがここで部屋に近づく足音が一つ。部下の足音ではない。そもそもこの時間に面会者の予定はいない。
危険を直感した彼はPD2ハンドガンを腰のホルスターから引き抜いた。
しかし彼の銃はすぐに手元から離れた。
扉の先にいる何者かが、扉越しに彼の銃を
(まさか彼女が……)
よりにもよってこのタイミングで訪問者。警報装置は机の下に隠されてはいるが、おそらくそれもお見通しだろう。仮に押したとしても部下が残っているのか分からない。自決も無理だった。
エマーソンは観念した。
扉を開けて襲撃者がその姿を現す。
「やはり君だったか」
目の前に立っているのは零。彼女は右手に
「自己紹介は必要ないようね」
零は単身でここに来ていた。ブラックレインボー最高幹部に対し、顔を隠す意味がないことを知っているため、彼女は
「シェイドと呼んだ方がいいかね? それともミサキ
「お好きなのでどうぞ」
「その容姿で私よりも歳上とは全く驚きだ。君の存在を知った時、私は手が震えたよ。歴史的大発見をしたのだからな。世の研究者や考古学者の気持ちとはこういうものなのかと感動もした。まさしく
エマーソンは少し興奮した調子で言った。
「
エマーソンの言葉に対し、零は零で言葉を返した。
「その背中には
零を目の前にして
「組織と世界の情報機関に関する資料全て。そのケースも
「分かった」
エマーソンは言われたままにケースを開錠。さらに本棚裏の隠し金庫からも大量のファイルを取り出した。高度暗号化メモリーディスク、マイクロフィルム等も山のようにあった。
「これで我々の機密情報は全てだ」
「感謝するわ」
「我々が勝つか、君達が勝つか。最後に残る勝者はどちらか一方だけ」
「最初から答えは出ている。
「そうか」
零はNXA‐05の引き金を一回引いた。相手が死んだのを確認した後、資料の整理を開始。素早くいくつかのマイクロフィルムと紙の束を選び出し、それらをまとめた。マイクロフィルムのタイトルには〈レジェンズ・オブ・シェイド〉、紙資料のタイトルには〈かの者の関与が疑われる事件〉、〈アイリーンに関する報告書〉とある。
その全てを部屋の
《アイリーンに関する最終報告書》エマーソン・ブラウン
『サイファー』のトップエースにして、組織最大の
なお、アイリーンの生物学的特異性についてはハート部門アレックス・アンバーの報告書をご覧ください。
〈対象〉:アイリーン(Irene)
〈機密分類〉:最高機密(Top secret)
〈アクセス制限〉:レベル10
〈氏名〉:不明
〈偽名〉:
〈性別〉:女性
〈国籍〉:不明(日本と思われる)
〈生年月日〉:不明
〈年齢〉:××××
〈血液型〉:O型
〈身体〉:ナチュラル
〈身長〉:167.2cm
〈体重〉:不明
〈頭髪〉:ブラック
〈
〈現所属〉:日本国家特別公安局『第零課』(Xipher)
〈元所属〉:帝の秘密部隊『八咫烏』(Yatagarasu)
〈特技〉:楽器演奏、オペラ歌唱、ダンス
〈技能〉:潜水、
〈備考1〉:我々が想像しうる全ての武器、兵器、乗り物、武術、毒物、毒薬の
〈備考2〉:ジョーカーとの戦闘においては戦闘スーツが無いにも関わらず、ジョーカーの反応速度に
〈備考3〉:ロシア(GRU)最強の暗殺部隊〝スミルノフ〟を相手に五日間単独で戦闘し生還。中華人民連合陸軍対外情報局〝第505機関〟への後方妨害任務を単独で
《アイリーンに関する生物学的調査報告書》アレックス・アンバー
〈概要〉
結論から述べれば彼女は不老不死と考えられます。採取された彼女の組織サンプルによるゲノム解析(エピゲノムを含む)の結果、アイリーンの身体は一般的なヒトと比較し様々な点で異なることが判明しました。彼女の特徴としてマイクロRNAといった多様な
最大の未解明事項としては〝エントロピー増大の問題〟がありますが、これに関しては研究全体の
自分に関する資料を処分した零。セヴァーク空軍基地は彼女たった一人により、完全に無力化され、基地内の監視カメラや防犯装置等の映像記録は全て消去されていた。基地の
目的を果たした零は回収班を呼ぼうとUCGを起動した。完全隠密のためにUCGの電源を切っていたのだ。
ブルルル……
大型ティルトローター機らしき音が外から響いてきた。
「増援のおでましね。音から察するにVz‐25が二機。国連軍か」
接近する機影が二つUCGに映っている。どうやら敵の増援が来たようだ。これでは回収班の要請は不可能。安全確保のため敵は全て倒さなければならない。簡単に終わる戦いではなさそうだ。
着陸した二機のVz‐25はアメリカ軍兵員輸送機の一つで、四基のローターを持ち、新型軽装甲車四台と兵士40名を空輸できる。また兵士だけの場合、百名を空輸可能。専用ラックを
AHシリーズはアダマス・ハイ・インダストリーズが生産している軍用アンドロイドであり、その中でもAH‐5Cは国連常備軍の主力を構成している。水色と灰色を基調としたAH‐5Cは通常のAH‐5に比べて、人間に近い
零はエマーソンから得た資料を保護するため、手元にある資料全てを隠し金庫へしまい直した。
「厳しい戦いになりそうね」
NXA‐05のマガジンを交換し、部屋を出た。
国連常備軍に属するAH‐5Cは両肩に所属を表す国連軍旗が塗装されており、軍用UCGを通して見ると国連軍を表すIUF(International Union Force:国際連合軍)の三文字が表示される。彼らは国連軍として働いているが、現実はブラックレインボーの戦力である。ブラックレインボーのボスにして、国連軍総司令官アルヴェーン
「信じられないな。全員やられている。それに撃ち合いをした様子がない」
セヴァーク空軍基地に降り立ったジョーカーは周囲の状況を確認する。あちらこちらで死体が見えたが不気味なことに銃撃戦の形跡はない。
「将軍、生体反応を一つ確認しました」
オリーブドラブ色の
「
「お言葉ですが将軍、奴とは?」
「アイリーンだ。恐るべき
「あのアイリーンですか。相手にとって不足はありません」
「コマンダー、第103機甲旅団戦闘団へ支援を要請しておけ。あと新型のYX‐9も投入する」
「イエッサー」
第103機甲旅団戦闘団は国連常備軍の地上戦特化部隊。自律二足歩行型多用途兵器イントレランス、装甲車、無人陸戦支援機、アンドロイド兵から構成され、機動力と展開力に優れる。主にアフリカや中東での対テロ作戦に従事し、優れた戦績を残した。完全無人部隊の中では非常に成功した部隊である。
YX‐9は表向きフィセム・サイバネティクス社が開発した最新兵器だ。実際は対零課を想定して開発されたブラックレインボーの試作型戦闘用アンドロイドで従来モデルを大幅に上回る情報処理能力と戦闘能力を獲得している。。
「将軍、
「コマンダー、部隊を進めろ。
次々と
「あちこち穴だらけ。連中、アメリカにはどう説明するつもり」
時間が経つにつれて零の状況は厳しくなる一方だ。ちょっと前まであった壁や机、屋根などが吹き飛び、見通しが良くなっていく。隠れる場所は減り、同じ
「ターゲット
右手に銃、左手に超高周波サバイバルナイフを持つ零。零と出会ったAH‐5Cが伸長式ブレードを構え格闘戦へ移行。ナイフで彼女へ襲い掛かかった。しかし格闘戦では正直、零の方に
「何て速さだ……」
「魔女め!」
銃は発射速度が決まっているため、弾道予測されやすいが、零のナイフは予測不可能であった。
「はあ、まだいるみたいね」
今倒したので500体目。零はまだ体力と装備を温存しているが、敵の攻勢は決して
「……あれは新型か?」
YX‐9が六体向かってくる。AH‐5Cに比べて全体的にシャープなデザインで〝超流動固体(超固体)〟の装甲を有していた。〝超流動固体〟とは固体と液体の性質を
「不気味な
YX‐9は地面すれすれを
ダンッ!
「なにっ」
その上、両腕にショットガンが組み込まれていた。それだけではない。可変リストブレードも内蔵されており、しゃがんだ零の頭上をブレードが通り抜け、零の足下にはショットガンの弾丸が着弾した。そうYX‐9は武器内蔵型で接近戦重視の流体アンドロイドだった。通常時は武器が収納されており、隠密任務でも使用できるようになっている。
「ちっ、ポルフェナント多層超固体か」
超高周波サバイバルナイフがYX‐9に当たったが、装甲には食い込まず、
(まさかこんなものを実用化していたとはな)
従来モデルを一新して開発されたYX‐9は胴体、
「
六体のYX‐9を相手に零は
零の瞳に宿っているのは闘志そのものだった。生きるか死ぬか。零にとって戦いに身を置いている間が一番
と、思いきや二体のYX‐9は再び立ち上がり、背を向けた零へ発砲。
とっさの宙返りで何とか全弾命中は避けたものの、一つの弾は零の左
それを見逃さず、YX‐9の攻勢が強まる。
だが零は今度こそ確実に二体を撃破し、敵の陣形を
「将軍、
「私も出る。コマンダー、第103機甲旅団戦闘団を指揮しろ。数の優位を
「イエッサー」
ジョーカーが現場に到着した頃にはYX‐9六体全ての
「やはりお前は魔女だな」
「そういう
「その名前はもう捨てた」
「そうなの? 残念ね」
ジョーカーの後ろには第103機甲旅団戦闘団が
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