第5話

私は新潟でのことを、私達幼なじみのことを、全て話した。一言も間違いたくなくて、何度も止まってしまったけれど、高城くんはうなずくだけで催促したりしない。うん、と優しくうなずく。それだけで、心の底から安心した。

みっちゃんと紫夕くんとの思い出を、言葉にして綴る。思い出すものどれも色彩豊かで、鮮やかで。でも何故か、色褪せて見えて。遠い昔のような、そんな気さえするのに。


「今日、心から笑えなかったのはね、気まずかったからなんだ。私は二人のことが好きだけど、紫夕くんと同じ気持ちを抱くことは出来なかった。みっちゃんの気持ちを知ることはできなかった」


ほうと、息を一度吐き出した。そしてでもね、と、私は震えそうな声を絞り出した。



「今日が私たちのリスタートなんだ」



——リスタート。再スタート。今日は私たちの再スタートだ。


「ありがとう、最後まで話してくれて」


もう、かなりの時間が経ってしまっていたようだ。少し肌寒い。


「行こうか」


高城くんは握っていた私の右手を離すと先立って歩き出した。離された右手を見て、その後高城くんの背を見て、なんだか寂しくなった。



「荷物、これだけだよね」


私達はみんなの荷物を抱え、更衣室の方に歩き出す。更衣室の方に行くにつれてだんだんと人が多くなってる。更衣室に入る列を作っているみたい。混むってこういうことか。


「きたきた。小夏、高城!」


さっきとは少し違う場所で手を振っている前浜くん。人混みに紛れるから避けたのかな。


「あれ、みっちゃんと紫夕くんは?」


二人の姿が見えないことに気がついてそう聞く。


「二人は親たちが待ってるからって先に行った。――雪月、元気でな。‥‥‥和田くんからだ」


答えてくれたのは浅井くんだった。


「雪月ちゃん、ごめんね。そしてありがとう。‥‥‥って、美心ちゃんから」


世梨ちゃんも続けてそう答える。

紫夕くん、みっちゃん‥‥‥。


「ありがとう」


私は少しだけ、笑った。



「ただいまー」


家に入り、声をかけるが、しんと静まり返っていた。

誰もいないのかな。と、思っていると。


「おかえり」


にゅっと現れたのは、夢月だった。


「びび、びっくりしたぁ」


私は驚きすぎて後退りしてしまった。


「お姉ちゃんは?」


そういえば、と聞いてみると夢月は無言でリビングを指す。私はありがと、と呟いてリビングに向かう。

お姉ちゃんはソファーに座っている。静かに扉を開けるが、気がつく様子はない。頬を緩めて少し赤く染め、携帯を覗き込んでいる。

大方、京吾くんからのラインだろう。


「‥‥‥お姉ちゃん?」


私が声をかけると、驚いたように携帯を背に隠す。あたりだ。

遠回りに、聞き出してみようか、と、悪い私がささやいた。私も気になったので聞いてみることにする。


「今日‥‥‥部活だったの?」


笑顔が、固まった。


「疲れた?」


携帯が通知を告げるが、お姉ちゃんは動かない。ううん、おそらく動けない。


「‥‥‥プール、楽しかった?」


その一言を聞いた途端、お姉ちゃんはぽとりと後ろに持っていた携帯を落とす。

そして——。


「お、お母さんとお父さんと夢月には言わないで!」


お姉ちゃんは必死の形相で詰め寄る。ちょっと怖い。


「言わないよ、言わない。‥‥‥で、京吾くんと会ってたんだよね」


うっとお姉ちゃんが言葉に詰まる。


「だって‥‥‥さ、誘われたんだもん‥‥‥。それに、雪月もプール行ってたんでしょ」

「だって、私は遊ぶって書いてたもん」

「あ、あたしだって書いて‥‥‥書いて‥‥‥」

「「ないねえ」」


二人でカレンダーを指差して苦笑い笑してしまった。


「言っちゃダメだよ。あたしが部活サボったこと、バレちゃうから」


あ、やっぱサボったんだ。


「わかったよ」


私は洗面所に向かう。


「あーあ、証拠隠滅しようとしてるし」


お風呂場には、手洗いしたのであろう水着がかかっていた。しかもかなり露出度高いやつ。私に貸したのともう一つ、かわいいの持ってたのか。あれは私には貸せないわな。


「おねーちゃーん、これじゃバレるよー」


と、大声でお姉ちゃんを呼ぶ。しかし、ひょこりと顔を出したのは夢月だった。野暮用があったらしく、タイミング悪くやってきた。

飛ぶようにしてやってきたお姉ちゃん。必死に夢月にお母さんとお父さんに言わないで、と説得する。顔が必死すぎて若干引いている夢月。

ご愁傷さまです。私は二人を尻目に洗濯機の中に水着とタオルを突っ込んだ。



そうそう、世梨ちゃんと浅井くんのことなんだけどね、今度の花火大会に一緒に行くらしい。そろそろ付き合うんじゃないかな、なんて。

帰りの電車の中、結構混んでて。世梨ちゃんをドア側にして浅井くん、壁ドンならぬ、ドアドンしてた。私、ニヤニヤが隠せなかったよ。二人とも顔、真っ赤だった。



その日の夜。


「雪月、京吾から電話だよ」


お姉ちゃんから携帯を手渡され、耳に当てる。


「もしもし?」

『あ、もしもし、雪月ちゃん?』


懐かしい、京吾くんの声がした。


「うん、雪月だよ」


嬉しくて、少し頰が緩む。


『雪月ちゃんも今日、来てたんだね、プール。紫夕と美心ちゃんから聞いた』


京吾くんもお姉ちゃんも、気がついてなかったんだ。結構近くにいたのにな。


「で、どうしたの?」


京吾くんが私に電話ってことは、何かあったのだろうか。


『そうそう、本題を忘れかけてた』


だめじゃん。私は口には出さずに心のなかで突っ込む。


『美心ちゃんのことなんだけど、‥‥‥なんか、見覚えのないネックレス?持ってたんだ、ピンク色の。どうしたって聞いてもなにも答えなくて。そういえば満月から、「雪月が新しいネックレス買って、それめっちゃかわいい」って話聞いてたから、まさかなと思ってさ。だって買ったものなら、「買った」って言えばいいのに、なんかおかしいなと思って』


私は胸元に手を当てた。



ない。能力石‥‥‥レンが、いない‥‥‥!



私は手から力が抜け、お姉ちゃんの携帯を落としてしまう。京吾くん、それ絶対に忘れちゃいけない本題だよ‥‥‥っ!


『雪月ちゃん!?俺ら明日の朝には新潟に――』


自分の携帯をつかみ、家を飛び出した私には、その声がもう、届いていなかった。

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