第16話 遡行の少年のやり方

 「ユーリさんはこれまで何回死んで来たのですか?」


 私の言葉を聞いたラスボスさんが慌てて身を起こしました。そしてバランスを崩し『はんもっく』の上からひっくり返って落ちました。聞くだけで痛そうな音が響きます。


 「……うぁぁぁ……腰が……」


 と呻きながらラスボスさんはもぞもぞとと立ち上がりました。


 「痛たた……ユーリが死んだとはどういう事じゃ?」


 「ユーリさんが何度も死を経験した……いいえ、死ぬような目に遭いながら、その旅に意識を過去に飛ばして何度も試行錯誤を重ねていたのではないか、ということです」


 「……何を聞いたのじゃ?」


 その言葉は暗に私の推測が正しいものなのだと告げていました。私はラスボスさんの問いに首を横に振りました。


 「いいえ、何も。考えていたら、そうなのではないかと」


 「……うぇー? もっとラブコメ的に盛り上がる質問が来ると思っておったんじゃが……」


 「きっかけは共振です。魔力を使って思考や認識を伝えることができるのなら、意識や記憶を伝えることもその延長線上にあると思ったんです」


 「いやいやいや。それで過去に記憶を送り込めると考えるのは飛躍じゃろ?」


 「ユーリさんは度々言っていました。『死ぬかと思った』と。死ぬような出来事を未然に防いでいたのにです。狼に傷を負わされる前にこうも言っていたんです。『これが一番マシだった』と。どちらも経験からしか発せられない言い回しです。まだ起こっていない出来事をユーリさんはいつ、何処で経験したのでしょう。未来しかありません。そう考えると他の違和感にも辻褄が合うんです」


 「違和感?」


 「初めて騎士団と対峙したユーリさんがクラッドさんを最大の脅威と看做したこと、そして誰も知らない猪肉の調理法をたった一日で確立したことです。騎士団の全員と戦わなければ各人の力量を把握することはできません。間違った調理法の結果死んでしまうような失敗を幾度も重ねなければ魔物肉のレシピを編み出すことも出来ません」


 ラスボスさんは視線だけで私の言葉の続きを促しました。


 「決め手はこの眼鏡で見たユーリさんの魔力です。ユーリさんの髪が全て白髪に変わるとともに魔力が全て消えました。魔力を消費するのなら、普通は何かしらの現象が起こります。炎が生じるなり、風が吹くなり。けれどユーリさんが魔力を失った時、目に見える異常は何もありませんでした。人が魔力を使って何も起こらないなんて事普通はあり得ません。私の知る限り例外は一つだけ」


 「なるほどの。それが共振の受信者・・・・・・ということか」


 私は一度だけ首を縦に振って言葉を続けます。


 「共振を受け取るとき、魔力は少しだけ、それも受け取る者の頭の中でだけ消費されます。第三者の目に見える異常は何も起こりません。ですがそれが同時に何十、何百、何千回も繰り返し起こったとしたら? ユーリさんが無数の未来から常にある一点、私たちが知覚できる現在へと共振と似た仕組みで意識を飛ばし、それを受け取っていたとしたら? 私たちには大量の魔力がただ無為に失われたようにしか見えません」


 ラスボスさんは私を値踏みするような、疑わしげな目で見ていました。


 「もしもこの考えが正しいのなら、ユーリさんが未来でどんな経験をしたかを誰も知りえない。ユーリさんはたった一人で、自分が死ぬような目に遭いながら、誰にも理解されない失敗の山を築いた末に知りえた『たった一つの冴えたやり方』を最後に実践して、私たちはその結果だけをこれまで見続けてきたのではないかと……そう思ったんです」


 「……それで、お主の答えとは何じゃ?」


 「ユーリさんは自分の命を軽く見ている。自分が傷ついても死ぬような目に遭っても死なない。だから死んでもいい。そう思っていることが……怖いのかも、知れません……」


 答えを断言できない自分がいました。


 「……確かに死ににくいのかもしれません、どうしたら殺せるのか私にも分かりません、だからってそれがユーリさんが傷ついていい理由にはならないし、今日のように本当に死にそうになることもある。その事に気づいていないユーリさんと、ユーリさんがそんな考えに至ってしまった事実が……恐くて……」


 私の冗漫な答えが核心をついていないということに、私は気付いていました。


 言っていることに嘘偽りはないけれど、不足しているものがあると分かっていました。


 「……ただ……私は……ユーリさんの……」


 私の声が震えているのはきっと、たった一つ、言いたいことを口にすることを躊躇っているからなのだと、認めるほかありませんでした。


 私はユーリさんのことを何も知らない……知らないまま、ユーリさんは死んでしまうかもしれない。


 そのことがたまらなく恐いのだと何故言えないのかと、私は私を不甲斐なく思っていました。


 「……お主たちは確か、ユーリのことを遡行の少年と呼んでおったの」


 言葉に詰まった私にしびれを切らしたのか、ラスボスさんが微かな苛立ちを声音に乗せながら話題を変えました。


 「……はい。ユーリさんは確かに過去に遡行する少年です。そして、世界を救う存在なのだそうです」


 「お主にも似たような名前があるのかの」


 「……先見の姫君、と。こちらは当てにはならないのですが……」


 「……まずいのぅ」


 「まずい?」


 「何かこう、あれじゃろうが! 運命的な匂いがもう……このままでは私が……」


 ラスボスさんは突然私に向き直り、決然とした視線を投げかけました。


 「よいか! ここは確かに私の負けじゃ。じゃが最後に勝つのは私じゃからの!」


 ラスボスさんの訳の分からない……『みすてりあす』な言葉が止まりません。その目は微かに潤んでいて、しかも『さんどいっち』に先に手を付けた時以上の戦意が込められていました。


 その勢いに飲まれた私から、少しずつ感情の昂ぶりが抜けていきます。


 「……へ?」


 「八年間手塩にかけて育ててきたのじゃぞ! みすみす渡してたまるものか!」


 呆気にとられる私の前で、不意にラスボスさんがその表情を苦しげにゆがめ始めました。私の中に困惑が広がっていきます。


 「……渡すわけにはいかん……のじゃが……期待以上の答えだったことは確かじゃしのう……そうじゃ! ここは牽制ついでに昔話でも……」


 「牽制? 交渉事ならグレゴール騎士団長に……」


 「……お主それわざとじゃなかろうな? 私とユーリのプロローグを教えてやろうと言っておるのじゃ」


 「『ぷろろーぐ』? 初めて聞きます。お二人の好物なんですか?」


 「あああああ、もう! いいから聞くのじゃ! 私たちのなれそめの話じゃ」


 「なれそめ……っ!」


 またです。また顔が熱くなってしまいました。急なコイバナに私は弱いのだとまた自覚されました。恋とか愛とか、どうにも私には縁のない話なのですが――


 「……聞きましょう」


 ――興味はあるので、聞かせてもらうことにしました。

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