第13話 襲来と依頼

 ※ユーリ視点


 魔王軍から民を守る戦いだ、とか言って盛り上がっていた騎士団の連中を『ならさっさと村に戻って皆を守れ』と言って追っ払った後、俺は狼煙の上がっている方へと走っていた。


 もう夕暮れが近い。暗がりが徐々にその濃さを増していた。木の根や数日前の雨でぬかるんだままの土に足を取られそうになりながら目的地にたどり着く。


 巨大な狼に跨って俺の前に現れた獣人の女の子、イアルはひどい傷を負っていた。


 身体のあちこちに包帯を雑に巻いている。その中には赤黒い血がにじんでいる箇所もちらほらあった。


 「……安心したよ。生きてたんだな」


 「私は魔王軍の幹部、簡単には死なない」


 「つってもボロボロじゃねえか。別に無理して来る必要なんて……」


 「そっちも服ボロボロ。それに無理してない。今日は襲撃の日、だから来た。それだけ」


 確かに姫様の起こした爆発に巻き込まれた俺の衣服はあちこち裂けている。少し肌寒いくらいだ。


 「……で、今回の相手はその馬鹿でかい鳥たちか?」


 「グリフォンのグリ太郎、グリ次郎、グリ三郎、グリ四郎、グリ五郎、五つ子の兄弟。本当に強い……」


 イアルは相変わらず工夫のない愛称で巨大鳥を紹介する。


 「その狼は?」


 「我は『太陽を追う神狼』、名はスコりん。イアル様の命で馳せ参じた」


 「……お前が喋んのかよ」


 バカでかいオオカミの流暢な言葉遣いと大仰な異名と愛くるしい名前に俺は虚を突かれた。今にも沈みそうだからまずは太陽そっちを追いかけろと思う。


 その狼の背中では、イアルが不安そうな、あるいは心配するような表情を浮かべていた。心当たりはある。


 「戦いの前に、一つ聞いてもいい?」


 「何だ?」


 「ブレ坊たちのこと知らない?」


 「前戦った猪か?」


 こくりと頷くイアルに、俺は事実を伝えた。


 「食ったぞ。旨かった」


 「……食った? みんな?」


 「まあな。全員俺を殺そうとしてただろ? なら殺されても食われても文句は言えない。だから……」


 ……もう戦うの止めないか、と言葉を続けようとした俺の前で、普段無表情を貫いていたイアルが突然涙を流した。


 「……みんな……ずっと、一緒にいて、くれたのに……」


 イアルに何かを言おうとするより早く、俺は血走った目で睨み返された。ただ怒っているだけではない、明確な復讐心がその眼光にこもっていた。


 「許さない! 絶対仇を取ってやる!」


 「一応聞くけど、戦わないって選択肢はないのか?」


 「ない。ユーリを殺して、仇を取る」


 「で、そこの鳥を倒されたらまた泣いて敵討ちすんのか?」


 「泣かないし、しない。今日みんなで、ユーリを殺すから」


 猪たちを殺したのは失敗だったかなと考えるけれども、さすがに一週間前に戻ってやり直すことは俺にもできなかった。


 だからさっさとお仕置きりょうりすることにした。空間収納アイテムボックスからフライパンを取り出して、俺はいつものように強化魔法を行使する。

 「……そうかよ。ならやってみな。あと殺すとか言うな、俺死にたくない」


 そうして一週間ぶりの戦いが始まった。


 ただ、今回の戦いは最初から様子が違っていた。


 俺がフライパンを構えるより早くイアルは高く吠えた。


 その直後、グリフォン達全てがその場を離れ、一直線に北へと飛んでいく。村の方角だった。


 「おい、村を襲う気か?」


 「小手調べはおしまい。私は絶対許さないって言った。謝ってきたって許さない!」


 「くそっ、手加減なしかよ」


 悪態をついたものの、それは村が壊滅する未来に対するものではなかった。


 俺がどうなろうとも村が滅ぶことはない。ラスボスがいるからだ。


 むしろ村を襲ったグリフォンがラスボスの逆鱗に触れて瞬殺されること、つまりイアルの仲間が無駄に命を散らし、また泣き出してしまうだろうという予想に俺は歯噛みしていた。


 ラスボスは自ら進んで戦うことはないし、そうしないように言い含めてもあるけれど、自分を脅かす対象には一切容赦しない。ラスボスの性格と力をイアルは知らない。


 俺は村へと駆け出した。今するべきことは可能な限り早くグリフォンたちを蹴散らし、目の前のイアルの戦意を失わせることだった。


 けれどそれが至難を極めるということを俺はすぐに思い知ることになる。


 「待て小僧。そう易々とここを通すと思うな」


 「……巨体の割に身軽なのな」


 身の丈五メートル近い巨大な狼は一足飛びに俺の頭上を飛び越えて、俺の進行方向に立ちふさがった。


 その威容だけでも相手にしたくなくなるというのに、ご丁寧にも前足に紅蓮の炎を纏わせていて俺の頬にまで熱気が届いているし、周囲には無数の楔状の水の塊がその鋭い切っ先をこちらに向けながら浮遊していた。


 「……ひょっとしてその水の棘、飛ばせたりするのか?」


 「当然だ。望むならば驟雨よりも激しく。受けてみるか?」


 「行けースコりん! ユーリをぶっ飛ばせー!」


 しもべの勇ましい姿に機嫌を良くしたイアルがスコりんの背中でぶんぶん腕を振っている。戦いの途中だというのにほんわかしてしまうからマジで止めてほしい。


 というより俺はこれまでで最大級の危機感を覚えている。何回死ぬとか、そんな甘い話ではなかった。


 回避しきれないほど多くの攻撃を仕掛けてくる敵。

 小手先の不意打ちや小細工が通じない敵。

 何度死にかけてやり直したとしても純粋な力不足ゆえに、突破口に手を掛けることすら叶わないだろう敵。


 一言で言えば、天敵。


 目の前の狼は俺にとってそういう存在だった。





 ※エリス視点


 ユーリさんと別れて先に村へと戻ってきた第六近衛騎士団の面々は私やラスボスさんを、それだけでなく村全体をグリフォンの襲撃から守っていました。


 グリフォンは鷲の頭と翼、そして獅子の身体を持つ巨鳥です。鋭い爪は鉄鎧を容易に切り裂くだけでなく、握力だけで握りつぶすことも出来る。そのまま上空へと飛び上がり、地面に叩きつけることすらも。


 更にはその巨体からは想像もつかないほどの速さで縦横無尽に空を舞い、時に地面へ急速降下してはその衝撃波だけで周囲に壊滅的な被害をもたらす空の支配者。


 彼らから市街を防衛する際には千人規模の部隊を必要とし、討伐の為には一体に付き上級冒険者複数名が必要となる相手です。


 あの強大な四属性の猪ですら、グリフォンの前では前座に過ぎません。


 そんな強敵を相手に、僅か20名に過ぎない第六近衛騎士団の面々は『共振』という技術を用いて巧みに連携し、村の各地に襲い来るグリフォンたちの出現場所に急行して攻撃を凌いでいました。


 共振とは声の代わりに魔力で喋る――正確には思考そのものを他者に送る――という技術で、この時喋る側は少なくない魔力を、聞き取る側も多少の魔力を消費します。


 ですが使用者の扱う魔力の属性を問わず、半径数キロメートルという広範囲にわたり瞬時の情報交換を可能にするこの技術は、世界に大きな衝撃を与えました。天才シエンセ=プレオメアルの名を世界に知らしめることになった発明です。


 発表当時は誰もがその理論を一笑に付した、けれども一年ほど前に私がその論文を元に再現実験を成功させた結果、世界各国で本格的な研究が始まった。そういう意味では私と浅からぬ縁のある技術でもあります。


 『観測班、攻撃の手薄な場所は何処だ? どうぞ』


 『村の北東、遡行の少年の自宅近辺。結界の存在を察知しているものと思われます……報告、村の東端にて交戦中のグリフォンが中心部へ移動開始しました。どうぞ』


 『村民の避難状況はどうだ? どうぞ』


 『団員3名と共に全員遺跡への避難が完了しております。 どうぞ』


 『よかろう。これより私とクラッドが遊撃に出る。各自二名以上の組でグリフォンを引きつけろ。こちらで各個撃破する。どうぞ』


 『『『了解。交信終了』』』


 ラスボスさんと共にユーリさんの自宅で待機することになった私は、共振を用いて交わされる各種の報告を聞きながらこの騎士団について考えていました。


 精鋭ぞろいの近衛騎士団とは言え、研究途上の最新技術を実戦で運用する第六近衛騎士団の練度は尋常ではありません。父上付きの最精鋭である第一近衛騎士団ですら不可能な芸当です。


 この騎士団は本当に王国最強なのかもしれない、そう認識を改める私は同時に、少しだけ疑い始めていました。


 ひょっとして父上たちは本当に最強の騎士団を編成したのではないか、と。たかが娘一人を死地へ送るために大げさ過ぎじゃないですか、と。


 「うぇー……単信式の無線通信……『共振』と言ったかの、また便利なものを作りおって。お主が考えたのかの?」


 ラスボスさんはやはりよく分からない言葉を口にしつつ、お酒に酔ったかのようにぐらぐらと頭を揺らしています。口元を抑えてもいました。危険な気配が漂います。


 「いいえ、シエンセという魔法学者です。私は再現実験を成功させただけで……」


 「……シエンセ……なるほどのう……しかし……飛び交う魔力で目が回りそうじゃあ……」


 「……私には分かりません。魔力が見えませんので」


 壁に手をついて項垂れていたラスボスさんが不意に私を見返しました。怪訝そうな視線を向けています。


 「いやいや、お主眼鏡かけておるじゃろ?」


 「眼鏡? これは透明な部分の色が変わったり視力がよくなるだけで……」


 「……妙じゃな。壊れておるのか?」


 「いえ、魔力が見えないのは眼鏡のせいではなく才能の……」


 「その眼鏡は創世遺物アーティファクトじゃろ? なら多分これで……」


 突然ラスボスさんが私の眼鏡に手を伸ばすと、ぶつぶつと聞いたことのない言葉を呟きました。


 私たちが普段使う言葉とはまるで違う発音、抑揚、そして律動。


 するとラスボスさんの台詞に反応したかのように眼鏡が仄かに熱を帯び、やがて私の視界の端々に奇妙な靄が映り始めました。


 「……どうじゃ、何か見えるかの?」


 「変な靄が……見えます……ちらちらと飛び回って……」


 「それが魔力じゃ。それは"スマートグラス"と言っての、着用した人間の魔力を動力として様々なものを可視化する創世遺物じゃ。魔力もそうじゃが、私の言葉を見たいと念じれば……」


 「……眼鏡の中に……ラスボスさんの台詞が浮かんでいます……魔術言語で」


 「ふむ、動作に問題はないようじゃな。これでその眼鏡は修復完了じゃ」


 完了じゃ、ではありませんでした。


 魔力が見えるようになってしまいました。でもそれ以上に大変なことが起きています。


 ラスボスさんは創世遺物をいとも簡単に直してしまいました。


 世界中の研究者が寄ってたかっていじくり回しても何一つ解明できなかった超技術の産物をです。


 「……ラスボスさん、あなたは一体何者……」


 「姫様よ、お主に一つ頼まれてほしいことがあるんじゃが」


 ラスボスさんは私の質問を遮るように言葉を重ねます。


 「そんな事より教えてください。ラスボスさんは……」


 「お主、ユーリに恐怖を感じたじゃろ?」


 思わぬタイミングで自分の心の動きを見抜かれていたことを知らされて、私は面食らってしまいました。


 「……何故、分かるのですか?」


 「感じない方が不自然じゃ。お主の反応も分かりやすかったしの。それでなんじゃが、その恐怖の原因が何なのか、いつか答えを聞かせてくれんかの。それが私の頼み、眼鏡の修理はその手付金ということでどうじゃ?」


 ラスボスさんは答えの分かっている謎かけをするように私に言います。


 私がユーリさんに対して抱いた恐怖感の原因。


 自身が傷ついたことに対してあまりにも無頓着だったことにきっと私は恐怖した。けれどそれの何が恐かったのか。どうして怖かったのか。


 今でこそ何かを爆破することに何のためらいもない私ですが、それでも初めて自分の指を爆破した時は気が動転したのを覚えています。


 治癒魔法が使えなければ一生自分の手で物を握ることができなくなるところだったのですから当然です。


 例えばユーリさんが同じように傷ついたとき、私と同じように狼狽えたりするのでしょうか。


 しないように思えました。死ぬかと思った、と言うだけなのです、多分。


 それが恐いのでしょうか。よく分かりませんでした。


 「……考えてみます」


 「よろしく頼むのじゃ。あと私の正体なんじゃが誰にも明かす気はない。ユーリにも言っておらんのじゃ。昔から女はミステリアスな方がモテるというしの」


 私は『みすてりあす』という言葉について意味を正したりしませんでした。


 きっと『訳がわからない』とか、そういう意味なのだろうと想像がついたのです。

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