王城を追放された姫様は隠しスキル『先見』で幸せをつかむ ~今更城に戻れとか言われてももう遅いです……家出ライフを満喫しますので~

戦食兎

第1話 追放と旅立ち

 俺たちは聞かされてる。この世界の仕組みは人の手によって作られたって。


 その仕組みのせいなんだろうな、訳が分からないくらいに戦士たちは頑丈で馬鹿力だし、きっと今日も誰かの魔法が魔物を焼き木々を薙ぎ払ってる。


 こうも聞かされてるよな。生けとし生ける全てのものは人の手によって作られた。


 その結果リッチだのサキュバスだのドラゴンだのベヒモスだのが世界のどこかでうろついたりふんぞり返ったりしてるんだろ?


 そして最後に聞かされる。この世界を作ったのは人である、なればこそ人を信じよ、だっけか。


 作物を育てる奴が偉い。道具を作れる奴が偉い。金を稼げる知恵者が偉い。領地とやらをよろしく経営できる奴らが偉い。国を導くオッサンが偉い。魔王を殺せる奴らが偉い。偉いヤツばっかだな。


 そう俺たちは聞かされている、誰だってそうだ、でもさあ違うだろって俺はずっと思ってる。


 だってそうだろう? そのお偉い『人』とやらが平気で見捨てる、そんな人間がここにいる。


 じゃあそいつは一体どうすればいいかって考えたこと、あるか?






 事の始まりは私がこのような問いを投げかけられた日から半月ほど前のことです。





 天気だけは底抜けに良くて穏やかな風が心地いい、そんな日の正午前。


 王城の中庭では近衛騎士団員のみが身に着けることのできる白を基調とした騎士鎧に身を固めた人たちが20人ほど、王族や国家の重鎮たちが居並ぶバルコニーを見上げていました。


 第六近衛騎士団のお披露目となる結成式典。


 王位継承権所有者が成人……つまり十五才になると同時に結成される、精鋭騎士が集う直属の護衛集団、その六番目。そこに配属されたのが眼下の人たちでした。


 何でもアルジェント王国の第二王女であるこの私、エリス=アルジェントの為に用意されたものだそうです。頼んだ覚えもないのですが。


 「……改めて言おう、この世界に神などいない。この世界は人によって作られ、生けとし生けるものは人によって作られた。なればこそ我々は人を信じ抜かなければならぬ。我らは人の尊厳を踏みにじる魔王の覇道に異を唱え、この手に剣を……」


 玉座から立ち上がる髭の似合わない銀髪オヤジ――第十四代アルジェント国王・マーカス=アルジェント、つまりは私の父上――の熱の入った、けれど聞く側としてはどうにも眠たくなってしまう口上が続いています。


 ……改めて言われなくたって、そんな言葉子供だって知ってます。誰も信じてはいないでしょうけど……と悪態をつきたくなるのをこらえて無表情を保ちつつ、私は冷めた気分で目の前の光景を眺めていました。


 式典の開始から一時間を迎えようとしています。そもそも私はここ半年、学校にも行かずに没頭してきた魔法研究に専念したかったのです。


 偶然私が魔法の使い方を誤り自分自身の指先を爆破した時から始まった爆発魔法の研究。以来様々な物体や生物を爆破し続けた日々の集大成となる実験の準備が今、佳境を迎えていました。


 ここに至るまでの過程で私の研究室から城壁を震わせるほどの爆発音をしばしば轟かせてしまったこともあり、今では『爆発メガネ』という不名誉な呼び名が巷間こうけん囁かれることにはなりました。ですが、その程度の代償は安いものです。


 この研究が完成を迎えた暁には魔法という概念に新たな地平が拓かれる。

 兄上や姉上とは違って大した才能もない平凡な私がいっぱしの魔法学者として、自分の手で初めて他者に認められる何かを成し遂げられるに違いない。


 そう私は確信していました。


 それを朝一番に突然邪魔されて、寝つきの悪い子供に言い聞かせるような創世の伝承やら魔王がどうやら剣がどうやらというつまらない話を聞かされる私は一体どこにこの苛立ちをぶつければいいのでしょうか。


 右手の中指で眼鏡の位置を直しながら、色味の薄い金色の前髪の中に枝毛を見つけてウンザリとした気分になりながら、私は内からこみ上げる感情の温度を冷まそうとするようにため息をついていました。





 その日の午後。私は生まれて初めて、謁見の間の隣にある王の執務室に呼ばれました。


 そこは正式な謁見以外の業務を行うために用意された空間で、国王が宰相をはじめとする側近たちと非公式な相談を行う際に多用される場所でもあります。


 普段ほとんど会話する機会がないとはいえ国王である父上の命には逆らえません。かと言って午前に続き二度も研究を邪魔された憤懣を隠す筋合いもありません。なので私は殴りつけるようにノックをして力任せにその部屋の扉を開けました。


 室内では私が幼少の頃よりおじい様と呼んでいる白髪の宰相と、私のそれよりずっと色味の鮮やかな美しい金髪を腰のあたりまで伸ばした王妃……つまり私の母上が午後の紅茶を楽しんでいました。私は促されるまま母上の隣に座ります。


 父上は積み上げられた書類の嵩を少しでも減らそうと羽の付いた筆記具を片手に苦闘していましたが、扉を開けた音を聞くなり仕事の手を止めておじい様の隣に腰かけました。あと髭が似合っていません。


 その脇には見慣れない板を抱えていて、私の視線がその板に向けられていることに気づいた父上はおもむろにテーブルの上にそれを置いて私に見せました。


 「エリス、急に呼びたててすまないな。今日お前を呼んだのは、これについて話があったからだ」


 「これは?」


 「メッセージボードと呼ばれる創世遺物アーティファクトだ。宮廷魔術師十数人分の魔力を注ぎ込むとメッセージが浮かび上がる。お前のかけている眼鏡も遺物の一つだ」


 創世王。この世界が作られたと同時に現れ、当時の人間に世界の理と知恵とをもたらした人類最初の王と呼ばれ、現存する多くの国家の指導者たちの祖先にあたる存在です。


 そんな創世王は大きく三つの遺産を後世に残しました。


 一つ目は創世の顛末についての情報とそれを裏付ける遺跡群の発見。

 二つ目は言語体系や数学的概念、度量衡、魔法、世界を闊歩する魔物たちに関する膨大な知識。

 そして三つめが現代の技術水準をもってしても贋作さえ作ることのできない超技術の結晶である創世遺物。


 私が日頃からかけている眼鏡という道具も、普段は私の思い通りに物の見え方や透明な部分の色を調整できる便利な小物に過ぎません。ですが私を含めた誰もそれがどういう原理でその機能を果たしているのか想像もつかない、まぎれもない創世遺物でした。


 だからと言って、目の前の創世遺物と研究を邪魔された私の怒りはまるで関係のないことです。


 私は不機嫌さを隠さずに父上を冷たく睨みつけました。


 「……父上はそれを見せびらかすために私を呼び出したのですか?」


 「そう怒らずともよいだろう、本題はここからだ。この文が読めるか?」


 "A farsighted princess meets a retrospective boy at "The land of void". Search for my words sealed in somewhere in the world." 


 板の表面には普段私たちが用いる言葉とは異なり魔法や古代遺跡の研究でしか利用されない特殊な言語、『魔法言語』で記された青白い光のメッセージが表示されています。


 単語の意味や文法は解明されているものの話者がいないため発音が不明な言語体系。その文字列を目にした時の癖で、私はそのメッセージを無意識に翻訳していました。


 「先見の姫君と遡行の少年が空白の地で出会う……世界のどこかに封じられた私の言葉を探せ? 何ですかこれ?」


 「このメッセージボードは普段なら向こう一週間の天気や旬のおいしい食べ物を表示する創世遺物だ。先週は北東海域のマグロが絶品だと出ておった」


 「……世界一無駄な遺産ですね」


 「そう言うな。実際美味かったのだ。特に東の島国から来たとかいうあの大将の握る中トロと言ったらもう……」


 「生の魚があんなにおいしいだなんて私たち知らなかったのよ。次はぜひエリスも一緒に行きましょう!」


 父上は極上の美食体験をかみしめるように目を閉じ、母上は私の手を取って熱く語り掛けます。


 「わざわざ確かめたのですか? そう言えば先週は二人とも城を空けて……」


 「エリス様、大事な事はこの創世遺物が国家を揺るがすほどの大問題が発生する前にその解決策を指し示してきた、ということでございます。我が国が平和を享受してこれたのはこのメッセージボードの存在に依る部分が非常に大きいのです」


 私の視線に侮蔑が混じり始めたのを察して口を挟んだおじい様の言う通り、このアルジェント王国は世界でも類を見ない平和な国です。


 他国が度々小競り合いを起こしては国力を疲弊させていく中で我が国は安定した成長を続け、いつの間にかこの世界で覇を競う五大国の一つに数え挙げられるほどの繁栄を誇るまでになっていました。


 その類を見ない治世の原動力がこの『めっせーじぼーど』なのだとするならば、確かにそれは他の国家がこぞって欲するであろう一級品の創世遺物に違いありません。


 「……すごい話ですね。下らないなりに信憑性もあるのですし」


 「うむ、そして儂は思うのだ。お前の魔法学者としての天賦の才はまさに先見の姫君の名に相応しい。お前の行動が全世界を危機に陥れている史上最強最悪の魔王の手から世界を救う使命の第一歩となるに違いないのだ。だから頼むエリス、どうかやる気を出してくれ……!」


 苦手な野菜をどうにか子供に食べさせようと苦心する親のように、父上は必死な表情と白々しい台詞で私をおだてます。


 ……私には天賦の才なんてなくて、本当にそれを持っているのは……と考えた後、その先に続く事実を認めたくない私はさっさと話を逸らすことにしました。


 「……魔王って、十年前に現れた魔王のことですか?」


 「左様ですエリス様。五大国の一角だった神聖国に宣戦布告した一週間後、その全国民を一夜にして皆殺しにしたのがその魔王でございます。過去の魔王が都市一つを一夜で滅ぼしたという記録はありますが、それと大国全土を滅ぼすこととは訳が違います。今代の魔王はまぎれもなく史上最強でございます」


 「そうなのですね。ですが、空白の地と言われても何処のことなのか……」


 「場所については調べがついております。王都から北へ延びる街道を馬車で一週間進んだ先にある、村一つしかない小さな森林地帯。名はプレオメアル……エリス様には聞き覚えがありましょう?」


 おじい様の言う通り、私はその名を知っていました。


 学のない平民にも関わらず画期的な魔法理論を立て続けに世に送り出している気鋭の天才魔法学者、シエンセ=プレオメアル。真に天賦の才を持つ、甚だ不本意ですが今の私の遥か先を行く人物です。


 そして苗字を持たない平民が公的に名乗る時、便宜的に自身の出身地を姓とすることがあります。つまり空白の地とは稀代の天才を生み、育んだ場所である可能性が極めて高いのです。


 「……ええ。私の、競争相手……の出身地でしょうね」


 「その者からも『遡行の少年』なる人物に心当たりがあると聞いておる。で、どうだ? 使命を脇に置いておくとしても、稀代の天才を育んだこの地を訪ねることはお前にとっても決して悪い話ではないはずだ」


 父上の提案は私にとって願ってもない話でした。


 私が一方的にそう認識しているだけとはいえ、魔法研究における私の不倶戴天の好敵手である謎の魔法学者の秘密に迫る機会などそうはありません。


 私の心の中の天秤は強く揺れ動き、一方に傾いてその動きを止めました。


 「……確かにそうですね。分かりました、プレオメアルへ行きます」


 「まことか、それはめでたい! では我が国の威信をかけて組織した、第六近衛騎士団を同行させよう」


 「今日お披露目したあの方たちですか? 街道を通って村に行くだけでしたら、護衛が必要とは言え数人で十分のはずでは……」


 「……魔法の研究に掛かりっきりだったエリス様はご存じないかも知れませんが、プレオメアルはここ数年、件の魔王からの攻撃に見舞われております。遡行の少年を狙っているのやも知れません。時間が惜しいのです」


 「え……私に戦地で死ねとおっしゃるのですか?」


 「安心してエリス、あなたを死なせないために最強の騎士団を結成したのです。ドラゴンが襲ってきても身の安全は保障できますから。出立の準備は整っています。今すぐ出発しましょう。あと手紙をくださいね。でも遺書はダメですよ。私たち寂しくなっちゃいますから、うふふ……」


 母の言葉を聞いた私の中でこれまでの発言が一本の線でつながりました。


 私はこう理解しました。三人は最初から私をこの城から追い出すための算段を全て固めていたのだと。


 冷静に考えてみれば、国の中心であるこの城を巨大な爆発音で震撼させ続ける女の子を側に置いておくなど、たとえそれが王位継承権を持つ姫であったとしても正気の沙汰ではありません。いつ王城丸ごと吹っ飛ばすか分かったものではないからです。


 そんな私を城から追放するための口実として、三人は創世遺物のメッセージとやらをでっち上げ、生贄を捧げる祭壇として魔王との戦いの最前線と化しているプレオメアルの地とその名を冠した天才の存在を利用し、生贄である私を運ぶ役として第六近衛騎士団を組織した。


 客観的に見てそれは、救いようのない不出来な娘を合法的に追放もしくは処分するという極めて常識的な判断であり、文句のつけようのない解決策でした。


 「なるほど、そういう事ですか……はめやがったな?」


 大掛かりにもほどがある死刑宣告に勘づき、敬語を無視して三人を睨む私を前に、おじい様は目じりに溜まった涙をぬぐい、父上は似合わない髭をかばい、母上は気を付けてねと微笑みながらこちらに手を振っていました。


 「ならせめて最後にその髭燃やして……きゃっ、やめて、離してくださいっ!」


 そして私は全身鎧を纏った騎士にたちまち拘束され、為す術もなく馬車へと連れ込まれて王都を去ることになりました。




 これが王城を追放された私の、旅の始まりでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る