第2話 ~ことの始まりは三〇分前にさかのぼる~


  第1幕   快晴



 ──日本国某所──


「巨大生命反応検知! 場所、甲都こうと市西部山中!」


 正面に巨大スクリーンを備えた、航空宇宙局の管制室さながらの広間にオペレーターの叫び声が響く。

 途端にアラートが鳴り響き、室内の空気がビンッと張りつめた。

 巨大スクリーンの画面は数個に分解されていて、衛星カメラ、緑一面の山々、そして広大な格納庫などを同時に移している。

 その中の衛星からの映像が拡大される。

 緑色の山岳地帯──隅には灰色の街が見える。

 その山の中に、衛星のAIが付けた真っ赤なポインターがチカチカと明滅している。

 しかも、それは少しずつ動いている……


「目標、時速三〇キロで地底を移動中。間違いありません……巨大新生物────怪獣です!」


 最後のひと言で、十数人いるスタッフの緊張がいきなり限界に達する。後ろから突っつこうものなら、驚いて座席ごと天上まで吹っ飛びかねない。

 手が震えるあまりコンソールをミスタップをする者や、気付けに飲もうとしたコーヒーを膝にぶちまける者が続出している。


「うろたえるなお前ら! なんのために訓練を積んできた!」


 座席の最上段の司令席から怒号が飛んだ。

 理知的な目元の奥にヒステリックさを隠したような女だった。長い黒髪に黒スーツ、眼鏡の縁まで黒というカラスのような出で立ちだ(実際、所内では密かに『カラス女』と渾名されている)。

 胸のネームプレートの『国際対怪獣機構特別機動部隊日本支部作戦司令官』という長々しい肩書きの下に、ようやく『飛鳥京香あすか きょうか』という名前が見て取れる。


「致し方ありますまい。我々……いえ、人類にとって初めての戦いなのですから」


 時代がかった堅苦しい敬語で飛鳥を諭したのは、司令席のそばにたたずむ男だった。風格のある面持ちで、いかにも頭が切れそうだ。

 胸のプレートの名前は『国際対(中略)作戦参謀 形梨かたなし格司いたし』とある。


「だからこそ──」


 飛鳥司令が反論する。


「──奴らが現れるのも今日か明日かという覚悟で、今ま訓練を積んできたのだ…………って、ちょっと待て。お前、私の後ろでなにやってる?」


「参謀は司令の斜め後ろに立つものと相場が決まっていますから」


「どこの相場だ! 監視されているようで落ち着かん!」


「心外ですなあ。参謀は指揮官の背を押すもの、というのが私のポリシー。その姿勢を態度で示しているまでです」


「ああもうわかった勝手にしろ!」


 それ以上の問答を飛鳥は投げた。

 状況は逼迫している。この変人を相手にするだけ時間の無駄だ。


「目標の予測出現地点と時間は?」


 形梨参謀との不毛な会話を無理矢理打ち切って、飛鳥はオペレーターに問う。


「待ってください! ……目標の潜行深度、徐々に上昇中! このままだと……!」


 ごくっ、と誰もが固唾を呑んで次の言葉を待つ。

 が、それも束の間────


「いえ、また潜りました! あ、いや上がって……ああもうどっちだよ!?」


 モニターを殴り飛ばしたい衝動をこらえた手で、オペレーターは自分の頭をかきむしる。


「うろたえるなと言っている! コンピューターに計算させろ!」


 飛鳥の指示通り、オペレーターはあらかじめ搭載されたアプリケーションを起動する。

 たちまち施設のスーパーコンピューターがその頭脳を発揮して、目標の動きから指定地域への出現確率を算出した。


「出ました! 目標が市街地に出る確率……はぁ!?」


「いい加減にしろ! 画面に出てる数字も読めんか!」


 オペレーターの素っ頓狂とんきょうな叫びに、飛鳥も癇癪かんしゃくを起こす。


「し、市街地に出る確率……二五パーセント!」


 確率としては低い。予断を許さぬ事態に変わりはないが、室内の緊迫した空気はややほぐれた。


「ただ……山中に出る確率も二五パーセント、地中を潜行したまま市街地を素通りも二五パーセント、さらに潜行して姿を消すのも二五パーセントなんですが……」


「はぁ!?」


 今度は飛鳥が素っ頓狂な声を上げる番だった。

 予想できるパターンすべてに確率を等分されてしまった。いったい、なんのためにコンピューターに計算させたというのか。


「致し方ありますまい。前例のない事態にAIも混乱しておるのでしょう」


「このために特別に組まれたスーパーコンピューターだったはずだぞ! ええい、とんだスカポンタンめ!」


 ドンッ、と怒りの司令パンチが机に炸裂する。心なしか、コンピューターが「いてっ」と言ったような気がした。


「スパコンなだけにスカポン、ですか」


「駄洒落で言ったんじゃない! ともかく、出現の可能性がある以上、《G10Qジーテンキュー》と《GF三九ジーエフさんきゅう》を出動させる。GF三九各機、発進体勢はどうか?」


GF10九ジーエフテンきゅー、計器、バランサー燃料、武装、最終チェック完了!」


「よし! ……待て、今お前なんと言った?」」


「GF10九……あ、いえ訂正です。GF三九、全機異常なし!」


「よし。GF三九、各機カタパルトへ移動。発進体勢が整い次第、G三Qに先行して発進せよ。G三Qの状況はどうか?」


「G、10、Q、ですッ!!」


 若い女の叫びがインカムから飛び出して司令の耳を穿った。

 しかも司令室全体の共同回線である。内部の通信を開いているオペレーター全員がそのとばっちりをくらった。


「最初はちゃんと言えてたでしょう!」


「お、おう……技術主任……! つい、部下につられて……」


 ぐわんぐわん鳴る頭を手で押さえつつ、飛鳥はインカムを耳からそっと遠ざけた。



 ──アラートが鳴り響く格納庫。


「しっかりしてください京香さん。G10Q、現在最終チェック中、異常なければ一分後には出撃体勢に入ります」


 広大な格納庫全体を見渡せる部屋の中、若き司令官と通信を交わしているのは、これまた若い女だった。

 童顔が過ぎて、中学生にすら見える。顔も丸けりゃ、眼鏡も丸い。おまけに背も低い。

 しかし白衣の胸に留められた認識票には『国際対怪(中略)G10Q担当技術主任 もり美麻みま』という立派な肩書きの付いた名前が書かれている。


「ニュートロンエンジン良好、姿勢制御システム良好、各部駆動系……これも良好。G10Q、気分はどうですか?」


 パソコンに映るグラフの群れに向かって、唐突に話しかけた。

 すると、モニタの隅に短い文章が並んだ。


『問題ありません』


 それを見て、美麻はさらに声をかける。


「初陣だけど、緊張しないでください。あなたの戦闘プログラムはパーフェクトです」


『わかりました。しかし、私が緊張することはありません』


「そうですね、頼みましたよ。アクセス、シャットアウト。G10Q、オールグリーン! 出撃体勢へ移行、どうぞ!」


 その言葉を合図に、格納庫全体が駆動音と震動に包まれた。

 二五メートル四方もの巨大なリフトが動き始めたのだ。その上に屹立するのは、光の三原色──赤青黄──に彩られた、全長五〇メートルの鉄の巨人。

 開発コード、G10Q。

 来たる大災厄に備えて国際対怪獣(中略)日本支部が極秘裏に開発した、スーパーロボットである。


「いってらっしゃい。頼みましたよ、G10Q……」


 今、その超兵器を基地最奥の格納庫から外に通じる発進口へと、リフトが運んでゆく。

 ただし、あくまでゆっくりと………


「あのー……京香さん」


「なんだ?」


「なんていうか……いってらっしゃい、って言って送り出してから、発進するまでのこの長ぁーい、すっごいヤキモキするんですけど。実際、出撃も遅いし、なんとかなりませんか?」


 何をか言わんや。G10Qの乗っているリフトには、その巨体を固定しておくハンガーなどがいっさい存在しないのだ。

 あるのは高さ約五メートルの鉄柵のみ。ロボットの膝下までしかカバー出来ていない。

 G10Q自身がバランスを取るしかない。腰を落として“電車の中で吊革も手すりも掴まず揺れに耐える人”のようになっている。


「ヤキモキならまだいい。私のほうはすでにイライラしている」


 インカムの向こうで、トントントンとリズミカルな音が聞こえる。京香の指がを叩いているのが美麻には分かった。


「致し方ありますまい」


 形梨参謀の声が割って入った。


「対怪機構が真の使用目的を秘匿したまま、民間の設計者に図面を引かせた基地ですからな。情報操作に手間取ったせいで、G10Q用のドックが完成したのもつい先日のこと。巨大ロボット用のハンガーなど望みようもなかったというありさまです」 


 諦観とも皮肉ともつかぬ態度で、自分たちの置かれた状況を淡々と説明してくれる参謀であった。

 ちなみに対怪機構とは、国際対怪獣機構の略称である。


「だから奴らの出現が確実視された時点で、民衆に周知させるべきだったと私は言ったんだ! ああくそッ、頭でっかちの本部どもめ!」


 早くもイライラが頂点に達したか司令官が叫んだ。


「この一件が終わったら、データひっさげて大改修を要求してやるぞ! 絶対やる!」


 ドンッ──二発目の司令パンチが机に叩きつけられた。


「落ち着いてください京香さん。予算委員会を通るのにどれだけ待つんですか。それに通ったところで、工事するのってまた一般の、よく分かってない人達でしょ? それだったら、もう私達で勝手に作っちゃった方が早い気もしますけど」


「お前の私財を投入する気か? それは待て。一応我々は公的機関なんだ」


 そのとき、司令室で動きがあった。

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