収骨室より

チューブラーベルズの庭

母の死

 それを思い出したのは、火葬場の収骨室しゅうこつしつで母の遺骨を拾っている時だった。

 思い出したというよりも、唐突に頭の中に響いてきた。

 音が――。

 それから声が――。


 どうして今の今まで、わたしはその記憶を封印していたのだろう。あまりの衝撃に、箸の先が小刻みに震えた。

 喉からうめき声が漏れる。

 周りの親族は、わたしが悲しみに耐えていると勘違いしたようだった。

 火葬場の職員のやや心配げな気配を視界の端に捉える。

 わたしは下を向いたまま、意図的にゆっくり呼吸をするように心がけた。

 ――そんなこと、あるはずがない……。

 自分自身に言い聞かせる。

 縦横に走る大理石の床の模様を目で追い、必死で心を鎮めようとしていた――。


 母に腎臓がんが見つかった時は、すでに手の施しようのない状態だった。

 病院帰りの母からその話を聞いてわたしは号泣してしまい、逆に慰められる始末だった。

「人生どうにもならないことだってあるわよ」

 嗚咽するわたしの肩を撫でながら、彼女はそう苦笑する。

「だって、お母さん……」

「ただじゃくたばらないわよ。戦って戦って、限界まで戦って、もう悔いもないってところまで戦うよ」

 そう言うと胸を張り、

「余命を宣告されたからってね、その通りに死ぬとは限らないんだから」

 カラカラと笑った。


 母は抗がん剤の辛さに耐えながら懸命に病魔と戦った。

 いつも朗らかな彼女だったがさすがに堪えるらしい。寝たきりの日々が多くなり、わたしは付きっきりで看病をした。

 当時付き合っていた彼との結婚を前倒したのは、母に残された時間がそう長くないと医者から聞かされていたからだ。

 結婚式の当日、体調が優れないにも関わらず、娘の人生の晴れ舞台だけは何としてもと無理を押して出席してくれた。

 約一年ほどの闘病生活を経て、最後はホスピスのターミナルケアを受けながら安らかに息を引き取った。

 母に対して心残りがあるとすれば、孫の顔を見せてやれなかったことだろうか。

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