義弟の赤い糸ならぬ赤い鋼が絶対切れません

黒月白華

第1話 王子様と私は幼馴染

 その日綺麗な顔の王子様はお茶会でため息を吐かれた。

 この国レザントル王国の第一王子アルフォンス・ウルリヒ・ハッシャーと公爵令嬢である私アマーリア・カーヤ・フローベルガーは親同士の決めた婚約者であった。


 私はため息の訳を知っている。アルフォンス様は金髪をかき揚げ、蒼い瞳を私へと向ける。嫌そうな顔だ。


「何故、俺たちは婚約者なのだろうか?」


「小さい頃仲良く遊んでいたから父様達が勝手に意気投合してそのまま婚約者へとなったのです」


「でもお前…俺がお前に恋をしてないことは判るだろう?お前のその変な力で…」


「ええ…まぁ…殿下が誰を想っているのかも、そして誰と結ばれるべきなのかも私には視えるので」

 と言う。

 幼い頃から私にはある力があった。誰も言っても信じないだろうけど、幼馴染の王子様にそれとなく伝えてみたことがあった。当時は小さくて理解できなかった王子もその運命の人が現れた時にビビビっときたようで私の力を信じる唯一の理解者となった。


「運命の赤い糸か…信じられないがお前の力は本物だよ」

 片想いの執事とメイドが程なくして出来たのを私は前々から知り尽くす。彼等の子指に赤い糸が視えるのだから。糸が縮まればくっ付くのは時間の問題ね。長く伸びれば喧嘩していたり、すれ違いが多い。


「アルフォンス様は侯爵令嬢のエレオノーラ・メルツェーデス・ブランケ嬢がお好きですもんね。私とはさぞ婚約破棄なさりたいでしょう?どうします?」


「しかし…エレオノーラ嬢には忘れられない相手がいるのだろう?」


「ですが、そのお相手は墓の中ですし、糸も最近薄れてきているのをこの前夜会で視ましたから消えるのも時間の問題です。次の夜会で殿下が彼女に猛アタックして私が結果を視ましょう」


「……ああ…よろしく頼む!その時こそお前との婚約破棄かどうかの決め手となろう」


「頑張ってくださいまし!」

 と私は占い師さながらアドバイスをした。

 私の殿下への幼い恋心はもうとっくに消えた。

 今は普通の幼馴染だった。


「一応言いますが、恋敵を暗殺してはいませんわよね?」


「するか!相手もロクに知らんが病気なんだろ?」

 エレオノーラ様の想い人は流行病で死んだらしくエレオノーラ様は夜会で涙ながらに


「もう忘れます」

 と最初会った時はおっしゃってた。その時はまだ糸は鮮明に視えたからこれ今は無理だなと私は判断して、今話しかけんなと王子に忠告していた。


 そして最近ようやく消えかけて彼女は前に進もうとしているらしい。


 だから次の夜会は王子にとって勝負でしかない。幼馴染として私も応援する。その為にエレオノーラ嬢とも仲良くなって、オススメの本やらを勧めたりしてきた甲斐があったわ。


「しかし…お前の方はどうなんだ?アマーリア…。自分のが視えないことはないんだろ?」


「はぁ、まぁ…殿下に幼心で恋してた時は私の子指は殿下の子指に向かっておりましたが、スカッ、スカッと避けられ続けており、殿下は私に気がないことは明確でしたからスッパリ諦めました。今はもうなーんにも想ってないです。殿下顔だけはカッコいいですがどうもねぇ?鈍感というか」


「えっ!?お前は俺のことが好きだったのか?それは意外だな、俺はお前をそういう対象で見たことは無いしなぁ。よき、相談役かと。お前糸が視えるとか言うし」


「だから誰だって王子様が婚約者なんか浮かれるでしょ?小さい頃私にも物語のように素敵な王子様と♡なんて夢物語浮かれ時期があったのですよ。今は全然!逆に今想われても気持ち悪いくらいですからご安心くださいな」


「おい、酷い言いようだぞ、アマーリア。それで俺のことは後々結果を待つ事にするがお前は俺以外誰かいないのか?」

 と興味深々で聞いてくる王子。


「私にはまだそういった人はいないのですが…困ったことに…義弟が…ラファエルが…私を想っている様です。それもかなり強い…糸というよりもう鋼なんです!」


「は、鋼!?凄いなそれは」

 思わずお茶を吹き出しそうになる王子。


「いえ…鋼の赤い糸は私も稀に視たことはあります。それもどれもが執着愛。鋼で結ばれた恋人達は生涯切れることは無いのですが、一方の例えば男性の想いが強烈な時は想いが遂げられなかった場合に犯罪など、危険なことをしてでも手中に収めようとするのですから多少危険なのです」


「義弟がまさにそれだと?…それは…面白いな」


「殴っていいですか?」


「はい、不敬罪」

 と王子は戯けた。


「実際…ラファエルを刺激しないようにする事が私の今の状態です。最近は凄いんです」


「何が?」


「殿下とこうして茶会をして帰るだけでも鋼の糸が私に纏わり付こうとしてくるのです。まるで私を取り囲むような…」

 幼い頃から色んな糸を視てきた。

 義弟は婚約していなくなるだろう一人娘の私の代わりに、跡取りの息子として私が16になると15歳のラファエルが我が家に養子としてやってきた。母は私を産んでからは子供を一度流産した事がありそれ以来産めなくなったから。


 ラファエルは貴族のクレンペラー伯爵家の不貞の子…つまり愛人の何人かの1人の子で王都で目立たずに魔女の弟子として暮らしていたりした。母親はラファエルを産み事故で直ぐに他界し、親代わりの魔女に引き取られていたんだとか。

 クレンペラー伯爵は正妻との子しか大事にしておらず、ラファエルのことは放置で支援も無しだった。今では愛人の子と言うのも否定しているくらいで、不憫に思った父様は彼を養子に取ることにしたそうだ。


 と言うのも、父様はその魔女に身体の弱い母様の薬を作って貰いお世話になり話を聞いていたからだ。薬のおかげで母様は何とか生きながらえているもの。側には薬作りの手順を完璧に覚えたラファエルがいた。


 しかしある日、魔女は急な心臓発作でこの世を去ることになり、元々養子を考えていた父は直ぐに手続きをしてラファエルは我が家に迎え入れられた。


 彼は黒髪に黒色の瞳をしていた。前髪が長く地味な印象だ。特に美形と言うわけでも無い。普通よりはいい程度。因みに私は銀髪にアメジストの瞳。顔は普通よりもいい程度。


 私は彼が家に慣れるよう優しく姉らしく接したがそれがいけなかったのか、彼の小指に赤い糸が生まれ私に向きだした。それは日に日に硬度を増し、鋼へと変わった。


 どんなに避けてもラファエルの私への想いは消えなかった。


「まぁアマーリア…頑張れ。俺も頑張るから」


「殿下は頑張ればいけそうですけど、私はもはやどうすればいいのでしょうね…」

 とため息を吐いた。


 *


 次の夜会にアルフォンス様はエレオノーラ嬢に猛アタックした結果、エレオノーラ嬢からも殿下へと子指に赤い糸が現れたことを告げてやるとアルフォンス様は大喜びした。


「まだ繋がってませんよ。ちゃんと告白なさってキスの一つでもしてやりなさい」

 とアドバイスしてやる。


「判った!!ありがとう!アマーリア!!じゃあ、もうすぐ婚約破棄だから待っていろ!!」

 と嬉々として言う。


「はいはい、では失礼しますわ」

 と馬車で帰ると、玄関にラファエルが立っていた。


 ビクっとして声をかける。


「ラファエル…何をしてるの?外は寒いからうちに…」


「アマーリア姉様…お帰りなさい…夜会は楽しかったですか?」

 ザワザワとラファエルの赤い鋼が蠢く。


「そっ、そそそんなに?社交って疲れるし…、ああ!殿下は大層エレオノーラ嬢と仲良く話していたわ!ほほほ!」


「婚約者なのに姉様を放っていいのですか?」


「え?ええ…まぁ…私と王子は幼馴染のようなものだし…」


「そこに愛はないのですか??」

 うっ…。鋼が一気に私を取り巻いた!!

 ひいいいっ!


「う…ラファエルほら、早く中に入りましょう!!ね??」

 これ以上はダメだな。と判断して中へ入ると父がおかえりと言う。


「お父様…後でお母様の薬を作り持っていきますね」

 とラファエルは言い、お父様も


「よろしく頼むよ…」

 と返した。母はまだ身体が弱いがラファエルの薬を飲むと少し体調は良くなる。


「お姉様にも疲労回復の飲み物を作りました。後で持っていきます」


「ありがとうラファエル」

 と言い、私は着替えに部屋へと戻る。


 魔女の弟子だけあって、ラファエルは何でも作れた。薬師が家にいる様なものだと思うことにしている。実際、ラファエルに薬の調合依頼が来ることも多い。そういうところは尊敬するんだけどなー…。


 扉から鋼がギチギチと音を立てる。

 側から見たら完全に恐怖現象だが、私にしか視えない為、私は平静を装わないと頭のおかしい子になってしまう。小さい頃からそうだから私はアルフォンス様にしか力のことは隠していたのだ。


 ノックがされ、寝巻きに着替えた私に飲み物を持ってきてくれた。


 鋼凄いな…。

 ザワザワとラファエルの赤い鋼がいくつも私を囲い込み出す。


 飲み物を受け取り口にすると甘い味がして疲れが吹き飛ぶよう。同時に眠くもなる。


「お疲れ様です。アマーリア姉様…」

 ふっと眠気が来てこくりとする私に…


「愛してます…」

 という声が聞こえた。


「え?」


「……お休みなさい」

 私はベッドに導かれるとそのままバフンと寝てしまった。

 布団をきちんと掛けたラファエルは黒い瞳をジッと見つめて静かに部屋から出て行った…。

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