3.視える人々

「――あれ? ここ、どこだ?」


 小町が目を覚ますと、見慣れぬ薄暗い天井が目に飛び込んできた。

 慣れ親しんだ掘っ立て小屋のトタン屋根の裏側とも違う、洋風な五ツ木家のものとも違う。格子状に張り巡らされた角材の上に木の板が張られた、いわゆる「格天井ごうてんじょう」と呼ばれるものだ。


「大丈夫?」


 頭上から、母の声が聞こえた。

 どうやら小町は、静香に膝枕をしてもらって寝そべっているらしかった。

 一体全体、どうしてこのようなことになっているのか? どうにも、直前までの記憶があやふやだ。


「ふむ、目覚めたようじゃな。では、続きを話しても良いか?」


 ――と、そこで聞き覚えのない少女の声がした。正確には、先程初めて聞いた少女――霊皇の声が。

 そこでようやく、小町は直前までの出来事を思い出し、ガバッと勢いよく身を起こす。


「……やっぱり、夢じゃなかったのか」


 気怠そうに脇息にもたれかかる霊皇の背後には、無数の人影が立っていた。

 ゆらゆらと揺らいでいて、明らかに実体ではない「幽霊」達が。

 小町は先程、それらを目撃して気を失ってしまったのだ。


「夢であるものかよ。現に彼らは、ここに――この国に遍く存在しておる。只人ただびとには視えぬだけじゃよ」


 そこで霊皇が柏手かしわでを打つと、一体どのような仕組みか、幽霊たちは現れた時と同じように前触れなく消え去った。


「先程も言うたが、彼らが視えることこそ、そなたが『貴き血』を持つ何よりの証拠――『姫巫女ひめみこ』たる資格を持つ証なのじゃ」

「ひめみこ……?」

「簡単に言えば、霊魂たちの姿を視、声を聴き、時に統べる者達の総称じゃ。霊皇たるワシを頂点とした、この国の霊なるもの達を鎮める巫女……それが『姫巫女』なのじゃ」


 「姫巫女」――小町が初めて聞く言葉だった。

 「霊なるもの達を鎮める巫女」というが、そもそも幽霊等と言うものを今さっき初めて見た小町には、全くピンとこない話だ。


「ふむ、全く理解出来ていない様子じゃな。まあ、それも無理からぬことか……。とにかく、そなたはこの国に必要な血筋を受け継いでいる、ということじゃ。後は追い追い学んでいってくれ。――安琉斗よ、小町の世話役は引き続きそなたに任せる。よろしく頼むぞ」

「ははっ!」


 霊皇の言葉に、安琉斗が恭しく平伏する。

 その姿に、小町は何かもやっとした感情を抱いている自分に気付いた。


「小町よ、血筋を遺す云々は追い追い考えてくれれば良い。差しあたって、そなたには学んでもらわねばならぬことが沢山ある。安琉斗の言いつけをよく聞いて、励むがよい。そして、そなたが一人前となった暁には、ワシが預かっておる一色の家名と財産を、そなたに授けよう。――本日は大儀であった」


   ***


「ん~……」

「どうした小町。何か気にかかることでもあったか?」


 ――追い出されるように「御所」を出た後のことである。

 皇居の中を行きとは逆に歩きながら、小町が何やら首を傾げて唸っていた。


「いや。結局、華族ってのは何なんだ? 幽霊が視える血筋だってのは分かったんだけど……なんでそれを遺す必要があるのかってのが、よく分からん」

「正確に言えば、華族の全てが霊の視える血筋ではない。古い公家や武家の血筋だけに、その能力ちからが伝えられている。――それも戦争のせいで、多くが失われたがな」


 先の戦争の折には、多くの華族が将兵として出征し、帰らぬ人となっている。

 安琉斗の父親や、顔も知らぬ小町の父親も戦場で果てていた。


「つまり、貴重な血筋ってことか?」

「ああ、それもとびきりな。そして貴重なだけではなく、。……ふむ、陛下の霊力に今なら、小町にも視えるようになっている、か。丁度いい。小町、目をつむって地面を眺めてみろ」

「はぁ? 目をつむったら何も見えないだろ?」

「いいから、やってみろ」


 やけに高圧的な安琉斗の言葉に、小町は渋々といった体で言われた通りに目をつむり、地面に顔を向けた。

 もちろん、何も見えない。まぶたを通して届く陽光が、かすかに視界を照らすだけである。


「なんにも見えねーぞ?」

「いいから、そのまま」

「ったく、なんなんだよ……」


 悪態をつきつつも、小町は律義に目をつむったまま地面を眺め続けた。

 すると――。


「あれ……?」


 じんわりと変化が起きた。

 薄暗闇しかなかった小町の視界に、蛍のような光の粒がちらほらと映り始めたのだ。

 それらは段々と数を増していき――遂には、光の大河となって、眩しさを感じるほどの輝きを放ち始めた。さながら天の河のようである。


「な、なんだ、これ? なんか、光の河みてぇなもんが……」

「それは『霊脈』だ」

「れいみゃく?」

「大地の中を流れる霊力の奔流……全ての魂が還る故郷ふるさと。光の粒の一つ一つが、かつて生命だったもの――いずれまた生命となるものだ。俗な言い方をすれば、生命エネルギーの塊だな」

「えねるぎー……?」


 「エネルギー」という言葉に聞き覚えこそなかったものの、小町はなんとなくではあるが、安琉斗の言葉を理解し始めていた。

 『人間は死ねば魂になってあの世へ旅立つ』――かつて、バラック街にいた占い師の老女から、そう聞いたことがある。それを信じるならば、小町が今まさに目にしている光の奔流こそが「あの世」みたいなもの、ということなのではないだろうか。


「はぁ~、あの世って本当に地面の下にあるんだな。で、こいつを視れるからなんだって言うんだ? 確かに、えらい奇麗なもんではあるけどさぁ」

「もちろん、霊脈はただ奇麗なだけのものじゃない。これは霊的な力の塊で、大地と深く結びついている。ひとたび霊脈に異常が起これば、大地も無事では済まないんだ」

「……無事では済まないって、例えば?」

「地震や噴火は言うに及ばず。地下水の枯渇や地面の陥没、地崩れや作物の不作をもたらすことがある」

「マジでか……?」


 安琉斗の言うことが本当なら、「霊脈」とやらに異常が起これば、日本は大災害に襲われることになる。

 小町は大地震や火山の噴火を経験したことは無いが、バラック街の老人たちから、東京全土を滅茶苦茶にした大地震の話を聞いたことはあった。彼らの恐怖の思い出を聞いた夜は、怖くて眠れなかったものだ。


「姫巫女の役割は、災害へ繋がるような霊脈の『澱み』を早期に発見し、解消することにある。そしてその姫巫女を守るのが僕のような『サムライ』の仕事――おい小町、聞いているのか?」

「……あ~、いやごめん。ちょっと頭がついてってない。その話、また今度でいいか?」


 小町の単純な頭は、沢山のことを一度に処理は出来ない。

 安琉斗の話をそこそこ理解しつつも、やや情報過多だったようで、プスプスと煙を出しそうな程に脳がフル回転している。


「――仕方のない奴だ」


 そんな小町の様子を見て、辛辣な言葉を吐く安琉斗。

 しかし、傍らで二人の話を聞いてた静香は、そんな安琉斗の表情がどこか柔らかいことに気付いていた。


(あらあら、小町ったらもったいない。安琉斗くんのあんな顔、珍しいのに。まだ目を閉じたままなんてね)


 小町も安琉斗も、一人ニンマリとした表情を浮かべる静香の姿には、全く気付いていなかった――。

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