十四・飴の宝石

どうやって来たのだか

それももう、思い出せない。

駄菓子屋。

気づけば駄菓子屋の中に居た。


懐かしい。

仄暗い店内。

雑然と積み上げられ、並べ広げられた菓子の山。


――ある。


私は一点を見つめた。

ちょうどレジの真横の位置に、

いかにも軽くて安っぽそうなプラスチックの透明なボトルにはいって、

あった。


――あれが私は欲しかった。


遠い幼い想いが蘇る。

私はあれが欲しかった。


いったいどうやって来たのだったか、

それももう、憶えていない。

母に手を引かれていたような、

同じ年頃の子供同士で連れ立って来たような。

駄菓子屋に入った。


大ぶりなボトルが目に入った。

チンと、開くときに音がしそうな年代物のレジの隣に置かれていた。

透明な薄い、軽そうなプラスチックのボトルの中に、

鮮やかな色が幾つも見えた。


それは大きな飴玉だった。

ごろごろと重そうな、宝石を象った飴玉が

ボトルいっぱいに詰まっていた。


ダイヤなのかサファイヤなのか、ひし形よりも複雑な断面を持つ、

直線で構成された魅力的なかたちをしていた。

底の部分に輪っかがある。

子供の指が通せるくらいの、プラスチックの赤や緑の輪っかだった。


指輪なのだ。

あれは、飴の宝石が飾られた

おもちゃの、お菓子の、指輪だった。


あれが欲しい。

私は思った。

飴玉は鮮やかな赤色や青色や黄色や紫や緑だった。

砂糖が乾いているせいだろう、少しくすんで白みがかっていた。


プラスチック製の輪の部分は、

幼心にも安っぽい代物だった。


それでも、あれを手にして指に通し、飴玉の部分をねぶったら、

思い切り口を大きく開けて、いっぱいに含んだら、

或いは舌でべろべろと、全ての断面を嘗めたなら、


唾液で濡れた飴玉は、透き通った色になるのに違いない。

まったく、どんな宝石よりも綺麗で見事な、

赤や青や黄色や紫や緑に染まるに違いないのだ。


ルビー、

サファイヤ、

トパーズ、

アメジスト、

エメラルド、


美しい宝石。

大きな、甘い、輝く宝石。


あれが欲しい。

私は思った。

あれを買って。

私は望んだ。


――なのに、


何故なのだろうか。

子供の心のどこの部分に、

それを感知する器官があるのか。


言えなかった。

言わなかった。

私は欲しいと口にしなかったのだ。

声にしてはいけないと、知っていたのだ。


何故。



どうやって来たのだったか

それももう思い出せない。

気づけば駄菓子屋に立っていた。


目の前にボトルがある。

見るからに薄っぺらな、安そうなプラスチック製のボトルが。

中に詰まっている。

色とりどりの飴玉が。

飴でできた宝石が。

宝石を飾ったちゃちな指輪が。


――お母さん、その人、だぁれ?

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