第18話処刑の日

貴志の逃走は、長くは続かなかった。


すぐにとらえられて、牢屋に入れられた。


その牢屋のなかで、貴志は自分の人生のことを考えた。そして改めて考えれば考えるほどに自分の人生が鴉に踏み台にされるだけのようなものに思われた。貴志と出会わなければ、鴉は未だに江戸の町をさまようだけの野良猫のような生活をしていたのに。貴志が鴉と名前さえつけなければ。


これで終わるのか。


これで終わるのだろう。


そんなふうに貴志がうじうじとしていると、彼の肉体が燃えた。燃え盛って、鬼となった。鬼になった時間はとても短かったが、それでも鬼になった。牢を破ることができないぐらいの小型の弱い鬼であった。一時だけ鬼になった貴志は、すぐに元の姿に戻った。

だが、それは不可解なことであった。一度鬼になったものがまた人間に戻ることなど今までなかったし、何より貴志はまだ人を殺していなかった。あと少しで、殺すところではあったが。


貴志は数回鬼になった。


それを見咎められて、貴志は死罪となった。


 定火消であるのに鬼となった。それが刑の理由であった。その死罪を取り消すために、鴉は奮闘したらしい。


何故奮闘するのか、貴志には分からなかった。鴉の首を絞めたのは、自分である。そして、自分は鴉への嫉妬から鬼となったのである。


鴉は、上層部に自分の腕を差し出した。


文字通り、自分の腕を切断して送り付けたのだ。それを聞いたとき、貴志は笑ってしまった。一体、何の意味があるのかと。きっと鴉だけは真剣に違いない。真剣に自分の腕を送ることによって、貴志の刑が減刑されると考えているに違いなかった。この突拍子もない自己犠牲があまりに鴉らしかった。常人には思いつかないような発想と犠牲である。


鴉は「この腕にかけて、兄は無実である」と訴えたかったらしい。だが、鴉の訴えはすべてが無駄だった。貴志は、処刑の日を迎えた。


処刑の日、鴉が最後に見たのは――空を飛ぶカラスの姿だった。

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