第7話妹行方不明事件

 貞宗には、可愛がっている妹がいる。


 目に入れても痛くないというが、目にいれたら妹が可哀そうと言いそうなぐらいの可愛がり具合なのである。十歳も歳が離れた妹の名は、七瀬といった。兄曰く美人で気立てのいい娘ということである。


 その七瀬の行方が分からなくなったという。


「隊長、妹が見つかるまで仕事を休ませてもらいます」


 貞宗は、しっかりと言った。


 それ以外は認めないというふうである。


「あの…… 君がいなくなるとちょっとか鴉隊は色々と立ちいかなくなるんだけど」


 ちゃんと仕事をしているの君しかいないし、と鴉は隊長としてどうだろうということを言い出す。


「ですが、私は妹が見つかるまでは仕事をしませんよ」


 貞宗の言葉に、仕方はないと鴉は言った。


「私たちも一緒も探しますよ。貞宗が仕事しないなら、皆でさぼっても同じことです」


 同じだけでは問題だろうと思ったが、新人故に涼太はそれを突っ込めなかった。


 とりあえず、鴉は異様なほどに仕事が進まないこの環境をどうにかするべきだろう。


「それでは、涼太は隊長の案内をお願いします。隊長を一人にしたら、隊長を探すということをしなければならなくなるので」


 涼太は、隊長の顔を見た。


 隊長は、「うーん」と悩んで、ポンと手を叩いた。


「貞宗君、涼太君に私の下駄を貸してもいいかな?」


「いいですけど……涼太には使いこなせないと思いますよ」


 貞宗は「では、朝の準備をしてから探しに行きます」と言って立ち上がった。貞宗が持ってきたのは、櫛や髪をくくる紐である。


 貞宗は、鴉に深く礼をする。


 鴉はそれを受け入れ、貞宗は座った鴉の後ろに回って彼の髪ととかした。そして鴉の両脇の髪を高等部で結び、そこで三つ編みをつくる。そうやって髪を整えてやると、次に鴉隊の半纏の鴉に着せる。そうやって鴉の身づくろいを終えると、再び貞宗は鴉に深く一礼をした。


「今日もご武運をお祈りします」


「貞宗もね」


 鴉がにっこり笑い、二人はそろって立ち上がった。


 涼太は、先ほどの儀式じみた光景に少しドキドキしていた。朝の身支度だけだったというのに、緊張感が漂う光景であった。そして、同時に隊長と副隊長の――あるいは部隊全員の無事を願うような祈りを感じられたからであった。


「どうしたの?」

 鴉は、そんな涼太の様子に気が付いた。


「いえ、なんか緊張感のあるものをみたなって」


「ああ。朝の身支度ね。他の隊も多かれ少なかれ、似たようなことをやっていると思うよ。一日を始める儀式みたいなものだから」


 やはり、儀式であったらしい。


 鴉は、貞宗から下駄を受け取った。


「涼太。私のお古でわるいけど、これをはいて」


 鴉が差し出したのは、高下駄であった。


いいや、違う。


普通の下駄に杭をくっつけたものである。司が特注で作っている下駄とは、これなのだろう。尖った杭が地面に突き刺さるようになっており、履けば高下駄よりもはるかに歩きにくい。竹馬が数倍難しくなったような履き心地である。


「これ、なんですか?」


「これをはいて、上から七瀬君をさがすよ」


 鴉は、なんてことないように下駄をはいて歩き出す。そして、館の外に出たとたんに近くの建物の屋根にぴょんと跳んだ。その姿は、たなびく半纏の袖も相まってまるで本物のカラスが飛んだかのようだった。


「隊長!?」


 涼太は驚きの声を上げた。

 だが、鴉は屋根の上でくるりと振り向いて笑う。


「見た目ほど難しいことじゃないよ。おいで!!」


 右手で誘われて、涼太は意を決して飛び上がる。だが、鴉が伸ばした手には届くことなく涼太は無様に尻もちをついた。


 それを見ていた貞宗は呟く。


「ああ、やっぱり無理でしたね」


 無理だと思っているなら最初から止め欲しい。


 涼太は心の底からそう思った。

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