第一章

第2話配属


 江戸に時より現れる巨大な鬼。


 その鬼と戦うのが、定火消である。危険ではあるが高給取りである定火消は江戸の憧れの職業の一つであり、多くの若者たちが定火消になるための狭き門に挑んだ。定火消になるためにはまずは読み書きの試験と身体能力を調べるための試験を受ける。


その試験を合格した者が青龍隊と呼ばれる定火消を育成している組織で訓練を積み、二年の訓練後に一人前と認められて白虎隊、玄武隊、朱雀隊、あるいは正式に青龍隊に入隊するかのいずれかに所属が決まることになる。


 涼太も今年で配属される部隊が決まることになっていた。だが、いきなり涼太は青龍隊の隊長に呼び出された。


青龍隊の隊長は涼やかな目元の男である。絹のような髪を伸ばした優男であるが隊員に厳しいことで有名な隊長は、涼太をみてため息をついた。彼の名は竜也といい、まさに青龍隊の隊長となるために生まれたような男であった。


「鴉隊はご存じですよね」


 竜也は、厳かに尋ねた。

 四神ではない、身近な動物の部隊に「はい」と涼太は答えた。


 定火消の隊は四神の名からとられているが、鴉隊は違う。というのも鴉隊があとから作られた若い隊だからである。そこの隊長の名が鴉といい、当時のお偉いさんが面白がって部隊の名前を鴉隊にしたという。よく言えば少数精鋭。悪く言えば人がいつかない部隊の名前を聞いた涼太は緊張した。悪い予感がしたのである。


思えば、涼太は昔から貧乏くじを引くような体質だった。今回もなにか悪い知らせがあるに違いないと思ったのである。


「鴉隊で人を募集しています。いってくれませんか?」


「ボクがですか?」


 竜也の言葉は、意外であった。涼太は、定火消として特段に優れた新人というわけではない。しいていえば、中の中。あるいは中の上ぐらいである。卒業に困るほどに実力不足ではないが、期待の新人とまでは言えない


 それなのに、上司である隊長の竜也は(よく言えばの)少数精鋭の鴉隊に行けという。


「あそこは実力よりも人格で選んだ方が長続きしますから。一度も喧嘩をしていない貴方ならば長く務まるかもしれません」


 涼太は、首をかしげる。


 確かに涼太は大人しい性質で、一度も喧嘩はしたことがない。喧嘩が花だと思っている江戸っ子あるまじき気質であるが、生まれ持ってしまったものはしょうがない。それに、この優しい性格を慕ってくれる友人もいた。そのために、涼太は自分の性格を後悔したことなんて一度もない。


「なにか難しいことがあるのでしょうか。その……気難しい先輩がいるとか」


 涼太は、いびられる自分の様子を想像した。

 反撃する自分を想像できないので、自分がいったあかつきにはいびられ放題になるのは目に見えていた。


「あそこにいる副隊長は優秀ですよ。ただ隊長がね。なんといえばいいのか。まぁ、変わりものでして」


 喧嘩っ早い若者では、その代わりの者の気質にはついていけないだろうと竜也は考えたのである。そのため、大人しい涼太を選んだようだった。たしかに、ここに多いのは喧嘩っ早い若者ばかりである。変わり者の体調に大人しく仕えてくれるような人間は数少ないかもしれない。


「しかし、鴉隊といえば精鋭部隊ですよね。そこにボクなんかを」


「心配せずとも、今の鴉隊は二人しかいません」


 涼太は、目を見開いた。


 定火消の隊長ともなれば、最低でも百人の部下を持つのが普通である。そして、その部下を収容できるだけの屋敷も所有しているはずであった。二人だけでは、まず屋敷の維持からできていないに違いない。しかも、一人は隊長なので実質部下は一人だけである。隊長と副隊長だけの部隊。鴉隊は少数精鋭の部隊であるとは聞いたことはあったが、それはたしかに異様である。


「鴉は天才ですが、人との付き合い方は下手です。さらに後輩を育てる気がなく、勝手に鴉の真似をして下の者がどんどんと死んでいく始末で……」


 それで人が定着しないらしい。


 とんでもない隊長である。


 定火消の死亡率はもともと高いが、それでも鴉隊の死亡率の高さは異様である。その異様さは隊長のせいでもあるらしい。涼太はあきれてしまった。だが、そこまで言われる隊長とは、どんな人であろうかと興味も沸いた。自分のことしか考えていないような、自己中心的な人物なのだろうか。そこまで考えて、ふと竜也が彼の天才と言っていたことを思い出した。


 人を育てることを生業とした青龍隊の隊長。その隊長に天才と言わしめる鴉隊隊長はどんな人物だろうと思った。涼太は、竜也が他の人間を天才と褒めた事例を知らなかったのだ。だから、会ってみたいという興味がわいた。その技を盗みたいという気概までは湧かなかったが、会ってどのような人物かを見極めたいという欲が出てきたのだ。


「分かりました。その話、お受けします」


 涼太に話がやってきた時点で、拒否権はないであろう。


 おとなしく受けるしかない。


 このような考え方をするから、涼太は喧嘩ができない男なのだ。


「では、最後に一つ忠告をします。鴉のやっていることを真似しないように」


 竜也は、最後に涼太にそう言い聞かせた。


 どの意味が、涼太には分からなかった。

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