神神の微笑。ダーティメンバー

八五三(はちごさん)

第一話

 布団でなくベットと呼ばれる寝具も、慣れれば、なかなかに寝心地はいいモノである。

 自分の布団の中なかで、自分以外の生暖かい体温を感じると嫌でも目が覚める。

 寝ている女が絶世の美女だとしても、心地は不快極まりない。

 くせっ毛を触れながら、目を細めた、犍陀多カンダタ

 年齢は見た感じ、十歳前後。幼少な体躯ながらも幾多の修羅場を経験したことを物語っている鋭い目つきに、わんぱくな短めの黒い髪。

 ただし、顔つきは年齢に比例して、子供っぽさ全開であった。

 グイッと両手を伸ばし背筋を伸ばし、今日も一日頑張るぞ! と、ばかりに気合を入れるのだ、が。

 大きな欠伸あくびが、自然と出た。ついでに、ここの女たちから似合うからという口実で贈られた着ぐるみパジャマの背中付近をちょっと短い腕で頑張って掻いた。


 自分のベットに転がっている人物に、何気なく視線を向けて細めていた目を大きく見開く。


「ルチ! お前の部屋は隣だ!」


 ぷる、ぷる、と揺れる二つの肉の塊。

 ルチと呼ばれた女性は裸体で、すや、すや、と爆睡していた。

 が!

 ふんだんに酒の臭いを発散していた。


「おい!」


 足蹴にすると。

 ルチは豊満な胸を揺らしながら、寝返りをする。大きく脚を広げ、ばーん、と大サービスをしながら、うつ伏せになる。


 犍陀多は大きく息を吐いて吸う。ルチは幸せそうな表情をしながら口元を緩め、透明な液体とチャンポンしたアルコールの臭いが寝言と一緒に噴出していた。


「ぐへぇへぇ! 大勝してやったぞぉー!」

「はぁー。通算では大負けだろう」


 不覚にも犍陀多は、律儀にツッコミを入れてしまった。

 自分のベットで全裸でうつ伏せに寝ている、ルチを揺さぶり起こす。酒臭い口臭を出しながら、低血圧女性独特の不機嫌な表情とブッブッとチンプンカンプンな唸るような小言を言いながら。よっこらしょと、胡座あぐらをかいた。


「なに? 人の部屋に夜這よばいしてんのよぉ~」

「ぉ、おまえ。"なに? 人の部屋に夜這よばいしてんのよぉ~"、じゃ、ねーよ! ここは、俺さまの部屋だ!」


 まつ毛の長い黄色い猫の瞳を毛繕いするような仕草で、なで擦りながら、口を富士山の頂上よりも高く尖らし。


「だって~。わたしのへや、きちゃないんだ、もん」


 毎度のことながら、この女は、この調子。

 寺子屋てらこやで衛生観念を学んでこい。


「"きちゃないんだ、もん"って。お前、ゼッちゃんに部屋から異臭がするって叱られて。先週、俺、一人で部屋を片付けたばかりだろ」


 全裸で猫の背伸びポーズをしながら、上目遣いで。


「わたし、片付けできないんだ、もん」

「ルチさん、よ。"もん"、とか可愛く言っても、なものはだから」

「だめ?」


 ルチが顔を近づけて来る。

 俺さまが見知っている女たちのなかでも、最上位に入る美貌。自分自身が最高の女である自負があるからこそできる行動。

 そして。

 この手の女たちは、男の反応を楽しむ様子。

 いい女、だ。

 だだし、善女ぜんにょであり悪女ある。俺さまの人生経験から導き出した答えだ。


「だめ、だ!」

「ふぅ~ん」


 一糸まとわぬあらわになっている肉体に、たわわでありながら形を維持できるほどの張り、白い肌にある妖艶な桃色の蕾。

 女の象徴を両手で下から支えるように持ち上げ、上下に揺らす。


「ほーら、ほ~ら。おっぱい、だぞー」


 その途端――苦虫をかみつぶしたような顔をする、犍陀多。


「ちょ、ちょっと! な、なんで、その表情?!」

「あの、なー」

「グッドルッキングなルチフェルさまの肉体に問題があるとでも!」

「肉体に問題はないが、衛生的に問題がある」

「な、なんですとぉー!」


 と、大声で叫びながらルチフェルことルチが、目と鼻の先まで顔を凄い勢いで犍陀多の顔に寄せ。


「アプロディーテーも驚愕するであろう。わたしの、PERFECTパーフェクト BODYボディを侮辱するとは、なんたることか!」


 犍陀多は幼い顔で、にっこり笑いながら。


「くさい」

「ぁ、あっははは、ハハハ、HAHAHA! くさい、クサイ、臭い、乙女に対して言ってはいけない言葉を」


 高笑いし、瞳は虚空、ルチが自分で言っていた完璧肉体パーフェクトボディからは蜃気楼。

 その態度に目もくれない、犍陀多。


「酒、臭いんだよ」

「ぇ?」

「お前、飲み過ぎで身体中から酒の臭いがするんだよ。それも、ごったぜ」

「でも」

「あのなぁー。言っておくが、女の裸を見たら男が興奮して抱きたいと思えるのは、あくまでもほろ酔い美麗な女までだ。どこの世界に男のイチモツを反応させないほどの酒の臭いをさせた女を抱きたいと思う。というよりも、そもそも勃起していないモノで、どうやって抱けと」


 ころんと仰向けになると。

 素っぱだかで、両手両足を伸ばし広げ、大の字になる。

 と。


「ぅ、うわ~ん! だ、だけよ~!」


 激しくベットが軋むほどに、両手両足をバタつかせ、泣き叫び始めるルチだった。

 艶めかしい肢体に女性として包み隠す必要がある器官をすべて、ご開帳する大奮発中!

 一癖も二癖もあり、さらに隠し玉に三癖を持ち合わせている女たちを知っている犍陀多だが……。

 信じ難いが――これほどに癖の強い女は初体験だった。

 額に手を当てて項垂うなだれ硬直すること、数十秒。ハッと顔を上げると血の気が。


「ば、」


 犍陀多が発する台詞よりも、つっつと、ルチの口から大量の胃液が、ベットにぶち撒かれるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る