第14話 手がかり

「ぼくその人知ってるよ!」


 チーニとレナがその少年に会ったのは日が暮れ始める時間帯だった。どこからか哀愁を誘う笛の音が聞こえてくる。西日が伸ばした影の中で、チーニは少年と視線の高さを合わせた。


「本当?」

「うん!」


 少年は元気よく頷いて、手元のふかし芋をかじる。空振り続きで疲れ果てていたレナは、ようやく掴んだ確かな手ごたえに安堵の息を漏らす。


「髪が茶色くて、姿勢がよくなくて、背が高いお兄ちゃんでしょ?」


 もごもごと芋を噛みながら、少年は首を傾げる。チーニは笑みを浮かべたまま頷いて、口を開いた。


「そのお兄ちゃんがどこにいるか、分かる?」


 少年は得意げな顔で首を縦に振ると、芋の最後の一かけらを口に放り込んでから立ち上がった。「こっちだよ!」とチーニの手を引く少年に続いて、レナも足を動かす。


 石造りの民家の間を抜け、商店の裏を通り、右、右、左、と路地を曲がっていく。少年は迷いのない足取りで歩いていくが、レナには既に現在地が分からなくなっていた。置いて行かれないよう、必死に足を動かす。


 そうして、街の中をぐるぐる歩いてたどり着いたのは、一軒の民家だった。外壁には小さな穴が至るところに開き、庭には膝の高さまで草が生えている。人が住んでいる気配はなかった。


 少年はチーニの手を引きながら草を踏み分けて、敷地の中に入っていく。レナは私服のコートの中に仕込んだ短剣に片手を置きながら、少年の後を追う。


「バル兄ちゃーん!」


 廃墟の中を覗き込んだ少年は、声を張り上げて名前を呼んだ。手を引かれっぱなしのチーニも同じように中を覗き込む。中の様子を確認したチーニは、少年と繋がっていない方の手で背後のレナに合図を送った。レナは歩みを止め、周囲の気配を探る。


「あれ? いないのかな」


 少年はさらに中に踏み込んでいく。


 暗い室内に人の気配はなく、代わりに小さないくつもの足跡が残っていた。サイズからして子供の物だろう。


(土が擦れたような足跡……泥かな)


 チーニは少年の様子に気を配りながら、思考を続けた。


(ここに来るまでの道のりで泥がつくような場所はなかった。足跡がまだ濡れてるってことは、誰かがここを去ったのはついさっき)


 チーニは足跡を注意深く観察する。サイズや擦れ具合から、何人がこの場所に居たのかを推理していく。頭を回し続けるチーニの傍で少年が「居なくなっちゃった」と、悲しそうな声を上げた。


「そうみたいだね。そのお兄ちゃんが、他に行きそうな場所ってわかるかな?」


 チーニは足跡の観察を続けながら少年に言葉を返す。


(裸足のものが五つ、草で編んだ靴かサンダルのものが一つ。裸足の方が小さいな。この辺りの子供は、サンダルを履いているから、裸足の足跡は地下街の子供? じゃあ大きくて草の跡がついてる方が、猫背の男?)


「うーん? ぼくいつもここでバル兄ちゃんに遊んでもらってたからわかんない!」


 チーニは少年に視線を戻して、笑顔を作る。


「そっか。ありがとう。僕らはもう少し頑張って探してみるよ」

「ごめんね」


 少年は眉を下げて、下を向く。しゃがみ込んで少年の顔を覗き込んだチーニは、懐から飴玉を取り出して少年に差し出した。


「これなあに?」

「甘いから舐めてごらん」


 少年は不思議そうな顔で包みを開き、橙色の飴玉を口に放り込む。舌の上で飴玉を転がした少年は、顔を上げて目を輝かせる。満面の笑みになった少年の頭を撫でて、チーニは笑った。


「協力してくれてありがとう」

「うん!」


 少年の手を引いてチーニは廃墟を後にする。レナと少年を間に挟んで雑談を続けながら、来た道をゆっくりと戻っていく。チーニは不自然にならないように、そっと周りの民家に視線を向ける。


「ねえねえ! この甘いのなんて言うの?」


 少年がチーニの手を強く引いた。


「飴玉って言うんだよ」

「あめだま?」

「そう。飴玉」

「雨なの? へんなのー!」


 少年はケタケタと笑い声をあげて、繋がった手を振り回す。三人の間を柔らかな風が通り抜け、その後を追うように笛の音が辺りに響く。


「あぁ、これ、配達係メッセンジャーの笛だ。さっき聞こえた時も何だっけなぁって、気になってたけど、やっと思い出した」


 レナはすっきりとした顔で笑う。


「彼らは意志疎通に笛を、使う、んだっけ」


 チーニの言葉は尻すぼみになって、最後は口の中に消えてしまった。足を止めたチーニに少年とレナは、そろって首を傾げる。


(さっき、この笛が聞こえたのは、トムが猫背の男を知っていると話したすぐ後だった。笛を使って、僕らのことを仲間に知らせた?)


 チーニの中で点と点が繋がっていく。


(配達係メッセンジャーは日雇いの仕事で、戸籍の有無も問われないから、下の番地にいくほど地下街の子供の割合が増える)


「お兄ちゃん黙っちゃったねえ」

「そうだね、どうしたんだろう」


(廃墟にあった裸足の跡は、配達係メッセンジャーとしてこの街に出入りする子供のもの? だとしたら、今の笛は逃走完了か、僕らが廃墟を去ったという合図か)


「この街の配達係メッセンジャーは大体何人くらいいるか分かる?」

「わかるよ! えっとね、いつも居るのはね、ラルくんとレイくんとフィル姉と、アスくんとね、プピーとダン兄ちゃんだよ!」


 六人の名前を口にした少年は得意げに笑う。チーニの口角があがる。線がきれいな図形を描き出す。チーニは少年の頭を撫でた。


「教えてくれてありがとう」

「うん! あのね! ラルくんにはぼくと同じくらいの年の妹がいるんだよ! ラルくんいつも、その子のために頑張ってるの!」


 少年は得意げな顔で配達係メッセンジャーの情報を付け足していく。


「いもうと?」

「そう! ベラちゃんって言うんだって。なんかね、びょうきで、ぼくまだあったことないんだ」

「そうなんだ」


 チーニは少年に言葉を返しながら、頭の中では交渉に使えそうな手札を並べていた。


 話している間に少年の家にたどり着き、チーニは飴玉をあげてから、手を離す。飴玉を大事そうに手で包んで、少年は家の中に戻っていった。


「じゃあ、僕らも帰ろうか」

「え?」


 レナは驚いて、目を見開く。


「この街にも居ないみたいだし、方針を変えてみた方がいいかもしれない」


 この街で手掛かりをつかんだと思っていたレナの口からまた「え?」と声が滑り落ちた。チーニは疑問符だらけのレナを見ても、何一つ説明しないまま、公共馬車の乗り場へと歩いていく。


「え? え? 帰るんですか?」


 思わず敬語にもどったレナだったが、そんな事を気にしている余裕はない。


「え? 廃墟の張り込みとか、街の中を探すとか、しないんですか?」


 チーニは足を止めて、レナを振り返ると首を縦に振った。


「張り込んだところでもう地下街に逃げられているだろうしね。僕らには追いかけようがない」

「え、あ、いや、そうかもしれませんけど」

「僕らの完敗だ。潔くあきらめよう」


 衝撃と動揺で、脳みその回転が止まったレナに背を向けて、チーニはどんどん歩いていく。どうにか足だけ動かして、レナはチーニの後を追う。


(分からないのはいつもの事だけど、今回はいつも以上に意味が分からない)


 レナは心の中で泣き出しながらも、頭の中では公共馬車の時刻表を調べる。王都まで行くには、一度十三番地で乗り換えなくてはいけないから──最短で王都に着けるルートを探す。その隣でチーニは、ゆるく、口角を上げていた。

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