第5話 甘すぎるココアと飲み込んだ言葉と

 チーニとレナが詰め所に戻ると、団長のラウネと副団長のジェニーが揃って出迎えてくれた。


「おー、お疲れさん」


 コーヒーの入ったマグカップを掲げて、ラウネは二人にそう声をかける。ラウネは平均よりも少し高い身長と吊り上がった眉が特徴的な男だ。その隣で、ジェニーも「お疲れ様じゃー」と高く上げた両手を振った。


 ジェニーは二十六歳で、チーニよりも五歳年上のれっきとした成人女性だ。だが、とある事情──幼馴染のニフが作った得体のしれない薬物を飲んだこと──によりある時から体の成長が止まっているので、見た目はまだ十二、三歳の少女である。


 まだ成長期に差し掛かっていないのか、ジェニーの今の身長は百二〇センチにぎりぎり届かない程しかない。チーニはつい、腰を屈めてジェニーに視線を合わせた。


「ありがとうございます」

「うむうむ、腰を屈められるのは少々腹立たしいが、良い挨拶じゃな」


 昨日までとは違うジェニーの話し方に、チーニは背筋を伸ばしながら首を傾げる。


「その変な喋り方、今度は何に影響されたんですか」

「ふふふふ、可愛かろ?」

「変ですね」


 チーニはコートをロッカーに仕舞いながら、ジェニーに言葉を返す。


「チーニがいじめるよー、レナー」


 コートを仕舞い終え、自分用にコーヒーを淹れていたレナは突然矛先を向けられて、お湯を注ぐことに集中しながら口を開く。


「私は可愛いと思いますよ。ジェニーさんなら何しても可愛いです」

「じゃろ? じゃろ? 可愛いじゃろ?」

「お世辞だろ」


 マグカップを傾けながら呟いたラウネに、ジェニーの足払いが飛ぶ。見事すねに命中し、ラウネはあまりの痛みにその場にうずくまった。ジェニーは体つきこそ少女だが、その体術と実戦経験は第一師団の中でもトップを争う歴戦の兵士だ。


「お前なぁ……」


 地を這うような低い声をあげるラウネがゆるく拳を突き出す。ジェニーは体をひねって、その拳をかわすとチーニの足元にすり寄った。


「団長がいじめる」

「いじめられてばっかで大変ですね」


 レナの沸かしたお湯でココアを作りながら、チーニは適当に言葉を返す。ジェニーがカップを覗きこもうと踵をあげると、チーニはカップを持ち上げ中身が見えるようにジェニーの顔の前に移動させる。


「ココア?」

「そうです。飲みます?」

「飲むのじゃ。あ、砂糖の使い過ぎはだめじゃぞ? 病気になる」

「そうですね、ただでさえジェニーさん小さいですし」


 ジェニーの踵が勢いよくチーニのつま先を狙って落とされる。が、チーニの方が一瞬早くつま先を後ろに引く。床と衝突した踵を押さえ、今度はジェニーが床に座り込んだ。チーニはつま先をもとの場所に戻し、もう一つのカップにお湯を注ぐ。


「自業自得だな」


 復活したラウネは自分のカップを水につけながら、ジェニーに言葉をかけた。座り込んだジェニーから鋭い拳が突き出されるが、今度は命中せず空を切る。ジェニーは「んんん」とくぐもった声を発した。


「できましたよ」


 チーニはココアの入ったマグカップをもってしゃがみ込み、ジェニーに差し出す。よほど痛かったのか涙目になっているジェニーは、それを受け取って口に含むと顔をほころばせた。


「チーニの作る甘いものはいつも美味しいのう」

「それはどうも」

「あっっま」


 チーニの頭上にラウネの声が降ってきて、ジェニーに向けていた視線を上げる。


「これ砂糖入れすぎじゃねえか?」


 ため息を吐きながら立ち上がったチーニはマグカップをひったくると、ジト目でラウネを睨む。


「勝手に飲んどいて文句言わないでくださいよ」

「文句じゃねーよ、心配してんだよ」


 ラウネは頭一つ分低いところにあるチーニの黒髪を雑にかき混ぜながら、言葉を重ねた。


「あんまり早死すんじゃねえぞ」


 チーニはココアと一緒に、湧き上がった感情を飲み込む。首を傾けて、ラウネの手をよけながらチーニは口を開く。


「自殺願望なんかないですよ、別に」

「そーかよ」


 チーニは口の中で「そうですよ」と言葉を転がして、ココアを一口飲み込んだ。

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