第7話

「Nさんって何歳ですか?」

「女性に年齢を聞くのはご法度だと知らないの?」

「いや……別にいいでしょうが。若いんだし」

「煽てれば何でも言うことを聞くことを勘違いしてるのかな」

「そういうわけではないですけど普通に気になって」

「まー二十代前半かな?」

「四捨五入したら三十になりますか?」

「ギリギリまだならない範囲だよ。来年からはなるけど」


 つまりは24歳か。七歳年上かぁー。


「もしかしてキミってわたしを口説いているわけ?」

「高校生に口説かれると思っているわけ?」


 顔面を思い切り殴られた。暴力反対だと叫びたいけれど、流石に俺も言い過ぎた気がする。


「こう見えても、わたしは結構モテるんだぞ」

「モテるのは分かりますよ。だって美人ですもんね」

「内面も綺麗だぞ」

「少し残念ですけどね」

「何が、残念だ。人様に向かって、それも目上の人に向かって!」

「アンタも一緒だろうがよ! 童貞呼ばわりしやがって」

「童貞って差別用語ではないだろ? それに卑下することではないと思うし」

「年頃の男の子のは気になるものなんですよ」

「年頃って、自分はアイツらとは違うオーラを出してるくせに。中身はまだまだ子供なんだねぇー」


 バカにされるのが無性に腹が立つ。


「それを言うなら、そっちもそっちでしょうがぁ! 大体こんな朝っぱらから高校の文化祭に参加できるご身分ってなんですか?」

「仕方ないなぁー。これは他の人には内緒だぞ」


 そういって、彼女は胸元のボタンを僅かに開いて——。


「あのー何をする気ですか? し、下着が見えてますよ」

「見せるつもりなんだけど」

「はいぃ? 俺をからかうのをいい加減に——」

「だからさ、わたしはずっと言ってるよね。真面目だって」


 人工芝の上にあぐらを組んで座る俺。その上にNさんが対面のままに乗ってきたのだ。何をしたいのかさっぱり分からないが、お互いの顔を見つめ合う形になってしまう。


「あのぉーこれってどんな意味が?」

「わたしの仕事はねー。水商売だよ」

「水商売……?」

「ラウンジ嬢って言えば伝わるかな? キャバ嬢とはちょっと違うけど……まぁ似たような感じの職業だね。もしかして引いた?」

「職業差別はいけませんからね。俺自身も専業主夫になろうと日々邁進する男子高校生ですし」

「男の子は働いた方が良くないかい?」

「男が働き、女が家を守る。この時代はもう古い考え方ですよ。女性の働き方改革が促されている今をもっと考えて発言してほしいものですね」

「ただ自分が働きたくないだけの理由だろ?」

「……専業主夫って立派な職ですよ」

「まぁーそれはそうだが……」困ったような声を出して「でも、わたしの場合は好きでラウンジ嬢をやっているんだけどね」

「あのラウンジ嬢ってなんですか?」

「キャバ嬢とかはノルマとかシフトがあるんだけど、ラウジン嬢は自分が働きたいときに働くみたいな感じ。今日は働きに行こーと思えば働いて。今日は嫌だなーと思えばお休みになる」

「自由気ままな生活を謳歌しているわけですね」

「それがさ、色々と忙しいんだよ。わたし、睡眠時間を人一倍取らないと満足に生活できない体質なんだよねー。寝ても寝ても疲れが取れないというか。ときどき、二日間ぐらい寝てるときがあるし」

「それってもう体質というレベルではないのでは?」

「体質だよ、体質」あっはははと軽快に笑ってみせたけど、果たして疑問が残るばかりだ。


「といっても、わたしは働きたくて働いてるだけなんだけどねー」

「働きたい理由とかがあるんですか?」

「自分が社会に必要とされていると気付かされるからかな?」


 彼女は俺をギュッと抱きしめてきた。女性に抱擁されるというのは、生まれて初めての経験でドキドキしてしまう。彼女の長い黒髪からはシトラスの香りがプンプンと発しており、俺の理性を惑わせてくるのだ。


「あの……俺、本気で惚れちゃいますよ?」

「惚れてくれるなら嬉しいな。キミがもっと大人になったら、わたしを御指名してよ」

「それまで待てないかもしれませんよ。最近の高校生は、性欲が強いって聞きますし」

「それでもダメだねー。わたしはガッツク男の子は嫌いなんだ。キミも同じだろ?」


 ところでだ、と話を切り上げられてしまった。

 真っ直ぐに見据える漆黒の瞳が俺を視界に入れてきた。

 たまらず俺は適当な質問を投げかけた。このままでは理性が持たないと思ったからだ。


「自分が社会に必要とされているって?」

「言葉通りの意味だよ。わたしはね、家賃収入で暮らしているんだよ。ちょっとしたオンボロアパートを経営していてね」

「アパート経営……?」

「そうそう。で、そこの住民からお金をがっぽりと稼がせてもらっているわけ。とどのつまり……不労所得わぁーいな生活を送っているわけだ」

「夢みたいな生活ですね」

「まぁー常識的に考えればその通りだよ。わたしは恵まれた生活を手に入れたと言っていい。でも心の中がぽっかりと穴が開いてしまったのさ。お金は腐るほどにあるし。別段異性に興味もない。家に引き籠もって遊び放題だ」


 でもしかし、と彼女ははっきり言って、


「わたしの人生には刺激がないんだよ。これぽっちもさ」


「とりあえず俺をお婿さんにする計画ってどうですか? 男子高校生との禁断の恋って割とスリリングで楽しいと思いますよ」

「生憎だけど、わたしはキミをペットぐらいにしか思ってないぞ。猫とか犬と戯れ合うような気分だ」

「ならもう……俺、ペットでもいいので、養ってください。お願いします」

「自分をペットにしろと言い出す人間を、家に上がらせるわけがないだろ。第一、キミは若いんだ。七歳年上の女性に、自分の人生を捧げる必要はないだろ?」

「俺思うんです! 恋愛に年齢は関係ないって!」

「そのセリフだけを聞いたらカッコよく聞こえるかもしれないが、ただ働きたくないだけの怠け者のセリフなんだよねー」

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