宇宙人にされた男 七


 エルザークっていったい誰?


 ――俺は言い知れぬ不安を抱えたまま、彼らと共にへんてこりんではあるが巨大な建物に入っていった。


 ドームのような建物の中は薄暗かった。天井に細かい明かりがチカチカ光っていた。地球で言ったら高級ナイトクラブの廊下みたいだ。(へんな比喩でごめん)

 曲がりくねった長い通路を俺たち四人は黙って進んだ。俺はこの時すでに腹をくくっていた。

 そりゃあ、怖くて身体の震えは止まらなかったけれど、俺は開き直っていた。こうなったら悪辣な宇宙人を演じるほか今は無いのだ。


 三人が立ち止まった。すると通路にあるドアが音もなく開いた。その途端テレパシーが飛んできた。


「やあ、アコンダクタ。元気そうじゃないか」


 俺はすぐに察した。俺の名はアコンダクタらしい。言いにくい名だ。まるでコンダクターみたいだ。


「お前、手ぶらで帰ったのか? 捕虜はどうした」


 俺の前に現れた宇宙人は身の丈二メートルは超えていた。残虐そうな顔つきで眼は爬虫類のように光っていた。俺は163センチしかないから尚更相手が大きく見えた。


「あなた、エルザークさんでしたっけ?」


 俺はテレパシーでそう答えた。


「……」


「おまえ何言ってんだ、旅行ぼけか? エルザークを忘れたのか」


 隣の宇宙人が俺だけにそう言った。やばいと思った。迂闊な発言は控えなければならない。間違えば命取りになる。


「捕虜は殺して宇宙に放っぽり出しました」


「なぜだ? 今回の偵察の目的は地球人をニ人確保する事だったはずだ。貴重な研究材料じゃないか」


 不穏な空気が一瞬その場に流れた。緊張の糸がその場にピーンと張ったのだ。


「なぜって俺は人間が大嫌いなんですよ。反吐が出る」


「……」


 エルザークが眼が俺をじっと睨んでいた。俺は心臓が止まりそうになった。このままとぼけおおせるのか。俺は押し黙ったきり、ただ立っていた。


「お前って奴は…… 仕方のない弟だな、まったく」


 弟? 俺はこいつの弟なのか、この化け物の……。


「たぶん、そんなところだと思ったぜ。お前の人間嫌いは承知しているよ。まあいい。どっみち皆殺しにする相手だ」


 とりあえず俺はほっと胸を撫で下ろした。


 俺たちは宇宙人用の椅子に座った。四人で話すうちにエルザークはこの星の官僚の一人である事がわかった。そして俺たちは兄弟で俺もまた官僚なのだった。地球で言えば差し詰め防衛省と言ったところだろう。他の三人もまた役人であった。


「ところでアコンダクタ。面白い土産話でもないのか?」


 だいぶくつろいだ感じになってエルザークがそう言った。俺は脳みそをフル回転させる羽目になった。そして出まかせみたいな話をでっち上げた。


「地球には映画と言うものがあります。簡単に言うと映像の観賞です。劇場もありますし、個人宅にも映像装置が普及しています」


「ほう、それで」


「その映画のなかに我々に良く似た異星人が出てくるものが存在します。題名はプ○○ターといいます。彼らは戦士で誇り高い異星人です」


「面白そうだな、もっと詳しくきかせてくれ」


 エルザークが予想外の反応を示した。興味深々らしい。俺の話を聞くエルザークは頭を振ったり、両手を伸ばしたり、低く唸ったり、実に奇妙は反応を示した。


 俺はとても彼らには付いていけないと考えていた……。


 とにかく俺はこの星に長居出来ないと思った。このままこの星にいたらストレスと恐怖で頭がおかしくなっちまうだろうし、俺は一刻も早くこの星から逃げ出しかった。


 しかし俺はこの星に観光で来たのではない。任務がある。早いところ任務を済ませ、地球に帰還するのだ。それには宇宙船に帰り、広瀬曹長と協力して装置をこの星に仕掛けなければならない。


 だが俺は報告書を書かなければならない羽目になっていた。

 地球での記録を作成し、それを元に人間の弱点を整理して、早めにエルザークの属する組織の長官に提出しなければならないのだ。


 更に厄介な事に三日後に式典があるという。その式典に出席せねばならず、この星の総統ズライクに正式に紹介され、地球総攻撃の意志を示さねばならないらしい。なんとエルザークと俺は地球征服の指導者に選ばれると言うのだ。

 とんでもない話だった。その事をエルザークが俺に得々と語ったのだ。


 俺にはそんな報告書が書けるわけも無かったし、書く気もなかった。それに式典なんてまっぴらだった。だいたい俺は文化祭とか卒業式だとか、そういう面倒くさいものが大嫌いだ。

 とにかく俺は一人になりたかった。でないと何も出来ないじゃないか。

 俺は疲れたと言った。そして少し一人になりたいという旨をエルザークに伝えると、エルザークは俺に家に帰ってよく休めと言った。


 これは余談だが俺には妻が十人と子供が八十人ほどいるらしいのだ。ほんとうにたまげて心臓麻痺でも起こしそうだった。


 ――そんな連中に取り囲まれたら俺はたぶん死ぬ。


 俺は黄色い光線の中を一人で歩いていた。たぶん今はこの星の夕暮れなのだろう。空を見上げると赤い月みたいな星が三個も浮かんでいる。路は地球の高速道路を細くした様な形状でくねくねと曲がりくねっていた。

 もちろん俺の家が何処なのかもわからない。最初から俺には家になんか帰る気はない。

 宇宙船に戻って広瀬曹長に会うんだ。そして今夜中に装置を仕掛け、この星とはさよならするんだ。そして家族と恋人の亜紀の待つ地球に帰るんだ。


 俺は心の底からそう思っていた……。

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