宇宙人にされた男

松長良樹

序章

 

 変身! 俺の大好きな言葉だ。普段はか弱い男がこの言葉を唱えると超人に変身する。パワーと気力に溢れ、敢然と悪に挑戦しそれを倒す。

 

 寛大で慈悲に溢れ、周りからも慕われる絶大な人気者だ。○○ライダーとか、○○○○マンとか、そういう変身ものが俺は子供の時から大好きだった。変身すればまったく別の自分に直ちに変われるのだ。


 それに変身とは肉体だけの変化を言うのではなく、心もまた変化するのだ。心はウキウキと前向きになり、人の明の部分だけが強調されて、時には悪人にさえ情をかけ改心させ善人にしたりする。


 しかし変身後の彼らのやっていることは極めて残酷だ。

 相手をとことんやっつける。ある変身して巨大化したヒーローなどは、頭にあるカッターのような武器を相手の怪獣に投げつけ、大流血の果てに首をちょん切ったことがある。

 それを見た良識ある大人たちからあまりに残酷すぎると番組にクレームが殺到したらしい。

 人間の心の深部には恐ろしい怪物が居るのかも知れない。それが時として正義という名で正当化されると檻から出ていきなり暴れ回るのだ。


 ――やることもない雨の休日に俺はぼんやりとそんな事を考えていた。





 俺の前にそいつはもの凄く不細工な顔で寝ていた。

 

 あんまり見ていると反吐が出そうだった。おまけに嫌な臭いが俺の鼻を刺激していた。腋臭の強い宇宙人だ。


「これが、宇宙人ですか?」


「そうよ」


 俺がきくと、禿げ爺… いや博士が頷いて見せた。俺の前にいる前田博士は生物学の権威で優秀な人物であるのにもかかわらず、なぜか「そうよ」とか「そうなのねえ」とか「あら、いやん」とか実に変なおねえ言葉を使う癖があった。これで博士なのだから驚く。年配で頭が禿げ上がった親父博士だ。


「この宇宙人に俺はなるんですか?」


 俺はすっかりびびりまくり、神妙な顔をしてそう訊いた。


「その通りよ」


 博士が大きな声で答えて、にやけた顔をつくった。

 俺の前で寝ているのは、いや本当は死んでいるのは宇宙人なのだ。この宇宙人について説明をするのはむずかしい。いや容姿や形体を説明するのは比較的簡単かもしれないが、その説明をしているうちに、俺自身が気絶する恐れがあるという意味で難しいんだ。でも、ちょっとだけ宇宙人の説明をする。

 まず眼がでかい。透明なゴムまりを両目に押し込んだような感じだ。巨大な出目金である。鼻はない。失礼、ほんとはあるんだが顔の中央に穴が三個。それが鼻だ。口は……


「お、おおおおえーっ」(失礼。吐き気です)髪の毛? それもない。


 口はセミみたいだ。そう。昆虫の蝉だ。人間の顔で例えればちょうど口のあたりにチューブみたいな管が出ていてそれが下に折れている。なんというか蟹の腹みたいに顔の中央に管がうずまっているのだ。グロテスクの極みだ。


 身体は青みがかった銀色の鱗で覆われている。ぶっちゃけえげつない。俺は逃げ出したい心境だったが今更そうは行かなかった。なぜって此処は自衛隊の秘密基地の中なのだ。


 なぜ俺が宇宙人になる羽目になったのかというと、色々と事情がある。まず俺が自衛隊に入隊したのがそもそも悪かった。幹部候補生として入隊したのならいざ知らず。


 そもそも俺は高卒なので任期制の二等陸士として入隊した。いや入隊の仕方の問題じゃない。今思うと入隊した事自体が間違っていたんだ。俺は折角入った大手電機メーカーを上司とそりが合わなくてたったの二年で辞めた。

 そして若干二十歳の俺はハローワークに通いつつ、その壁に貼られた自衛官募集のポスターを見て、こういう手もあるかと思ったのが運のつきだった。

 そうだ。俺は小さい時から戦車に乗りたかったんだ。そんな衝動的な思いに俺は囚われてしまった。俺は早速家に帰り、その事を家族に話した。


「いいんじゃない」


 母が軽く言った。高一の妹は


「にいちゃんかっこいい」


 と言った。親父は侍みたいに


「でかした!」


 と言った。ばあちゃんはせんべいをかじりながら


「おやりな」


 と言った。家族全員が反対しなかった。親父が気持ちの悪いほど俺のそばに接近してきた。何を言い出すのかと思った。


健人ケントなあ。いいボーナスもらえるぞ」

 金かい、と俺は思った。親父は尚も、給料が全部預金できるだとか、三十代でマンションが買えるだとか、戦車に乗れるだとか、いい事ばかりを俺に言って聞かせたが大半は忘れた。

 俺の親父は自営業をしていた。だから給料とか賞与とか退職金とかに縁が無い。だからでかしたと言ったらしい。

 俺はちょっとだけ悲しかった。俺のメンタルの部分を誰も気づかってはくれないのかい、とそう思った。たとえばお前に出来るのかとか、身体がきついぞ。とか、お前の気持ちはどうなんだとか。そういうものを通り越しての『でかした』だった。


「お兄ちゃん公務員になれるの、よかったね」


 妹が言った。


「そうよ。不景気でも会社じゃないからつぶれない」


 母が百貨店の福引きにでも当たったような顔をした。親父は小さな町工場を経営している。螺子をつくる工場だ。ここのところめっきり受注が減って厳しいらしい。

 だから町工場を継ぐ気は俺にはまったくなかった。親父も自分の代で終わらせるつもりらしい。となると俺を頼りにしているのか。


「それでいつから行くんじゃい」


 と、ばあちゃんが訊いた。気が早い。俺はまだ決めたわけじゃなかった。しかし家族全員の自衛隊の勧めにあい (なぜその前に学問を勧めなかった!?) 俺は抵抗できなかった。

 もともと俺って主体性がちょっとだけない。親父がいきなり日本はもともと神の国である。とかなんとか語り始めた。「天皇陛下万歳!」取ってつけたような言い草だったが、なんだか知らないうちに俺はそういう気になっていた。

 俺は一次試験になんとか合格し、二次試験の体力測定にもぎりぎりで合格した。


 さあ、陸上自衛隊でお国の為に働くのだ。あの気力も今は懐かしい。勝つまでは戻りません。という意味不明な言葉を残して俺は家を出た。

 そして俺は丸坊主にされ、とにかく体育系の訓練に明け暮れた。すぐ辞めたくなったが、妹に弱虫と言われたくなかったし、二年間という事だったので辛かったが何とか我慢をした。いつしか俺の心身は人体改造されたみたいに強くなった。


 そして…… 運命の日が来た。

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