自主企画イベント お題「未知の惑星に行きつく学生」で小説を書く 主催者・アバディーン・アンガスさま 2021年8月18日~
【夢……叶う時】〔ショート小説で哀しい話です〕
その日──宇宙服姿の女子高校生は、未知の小惑星に降り立った。
「はぁはぁはぁ……はぁはぁ」
ヘルメットの中で聞こえるのは自分の呼吸音のみ。
生命維持装置を背負い、銀色の重装備な宇宙服を着込んだ女子高校生は、振り返って自分が地球から乗って来た。
民間の有人宇宙船を見た、地元の商店街が少しだけ『民間有人宇宙船計画』のために出費した、船体には。
『行っておいで』のメッセージと商店街名が小さく書いてあった。
(あたし、本当に小惑星【オトヒメ】に立っているんだ)
宇宙飛行士になって惑星に立つ、長年の夢が叶った女子高校生は、数百年に一度だけ楕円周回軌道で地球に最接近して去っていく。
小惑星【オトヒメ】の上で青い地球を眺めた。
(あの星に数日前まで居たなんて不思議)
感慨深く地球を眺めている、女子高校生宇宙飛行士の隣に、宇宙服を着ていない制服姿の同じ顔の女子高校生が並び立って──同じように地球を眺めながら言った。
「やっと夢……叶ったね」
「うん、叶った」
「地球……キレイだね」
「うんっ」
段々と地球から遠ざかっていく小惑星の上で、制服姿の女子高校生が宇宙服姿の女子高校生に訊ねる。
「帰らなくてもいいの?」
「行きの分の燃料しか乗せていない」
「そっか」
二人に、それ以上の会話は無かった。
病室で昏睡状態だった高校生少女の延命処置を続けていた医師が、心電図モニターの波が水平線に変わったのを確認すると腕時計で時間を確認して言った。
「ご臨終です」
医師と看護師が頭を下げて病室から出る。我が子の遺体にすがりついて泣き叫ぶ母親、父親は窓際に立って涙をこらえている。
病室に入ってきた、学校の数名のクラスメイトや知人が、旅立った少女に涙の別れをして病室から出て廊下で号泣する。
少女の容態急変の知らせを聞いて駆けつけた、地元商店街の数名も廊下で泣いていた。
「やっと、民間の有人宇宙船計画がはじまって……わずかな金額でも出費して、これからって時に……あんな、夢を持った若い子が先に亡くなるなんて間違っている……間違っているよ」
一礼して亡くなった少女の病室に入ってきた数名の看護師たちが、医療器材の撤去をはじめる。
病室の壁には少女が好きだった、宇宙や宇宙船の写真が貼られていた。
片付けを続けている、看護師の一人が泣いている母親に呟く。
「いつも目を輝かせて語ってくれました……元気になって退院したら、宇宙飛行士になるんだって……宇宙飛行士になって、遠い星に行くのが小さい時からの夢だって嬉しそうに語ってくれました」
少女の病が発症したのが一年前──いきなり、授業中に教室で倒れ緊急搬送された。
診断は数千人に一人の割合で発症する、治療方法も確定されていない難病だった。
徐々に歩けなくなる難病──少女を励ます輪は学校から地域の商店街まで広がり、民間企業が計画した有人宇宙船計画に出費するまでになった。
少女の夢を乗せた宇宙船を、宇宙の小惑星に無事に着陸させるコトが、闘病を続ける少女を励ます者たちの共通する希望となった。
だが、遥かな宇宙への少女の夢は叶わなかった。
片付けが終わった看護師の一人が、壁に貼られている、月に立っている宇宙飛行士の写真を眺めて言った。
「本当に安らかな笑顔での臨終でしたね……まるで、宇宙飛行士になって夢が叶ったような幸せそうな笑顔で」
涙で頬を濡らした母親は、亡くなった娘の頬を優しく撫でながら。
「夢が叶って良かったね」
そう涙声で、若くして旅立った娘に話しかけた。
【夢……叶う時】~おわり~
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