第5話 決着と決別

 ブランの放った咆哮が妖婆に命中し、その衝撃で爆風が吹いた。


 微塵も見受けられない。


 妖婆は完全消滅したのか。


 どうだ俺の妹への愛…思い知ったか。


 悔しかったら、生まれ変わって俺の妹になるんだな。


 だけど、のっぺらぼうで発狂する妹は要らんな。


 よし、やっぱ無理だ。


 『飛ばされるかと思ったっ…。』 


 「そうかぁ…小太郎は貧弱じゃ。


 『意外に呆気ないのなぁ。

けど、良かったな…ケラッハなんちゃらって奴倒せて。』


 「こった…ろ…。」

ブランが小太郎の腕にしがみついてきた。


 ブランの小さい手は、すっかり氷のように冷え切っている。


 (コイツ、もしかして…無理してたのか?!)


 『大丈夫かぁ…ブラン!』


 「もう保たないじゃろっ。

小太郎と会ったことでっ、少しばかり寿命が伸びたのじゃ。

礼を言うっぞ…。」

 

 ブランは十字架に縛られていた時のように、弱り切っていた。


 『何言ってんだ! 

お前キツそうだからもう喋るな。』


 「いいのじゃ…小太郎よ。

あの妖婆はまだ死んでおらん。

いずれまた現れる。」


 『なんで!』 


 「ゲホッ!」


 『ブラン…お前!』


 「いいから聞くのじょ…っげほ!」


 小太郎が質問を投げかけると、目を見開いてブランは血を吐きながら答えた。


 「妖婆は生贄である私たち姉妹を喰らいに来る。

だからここっ…原始の泉以外の場所にいる妖婆たちを葬らねばならんのじゃ。」


 情報が錯綜する中、頭がパンク寸前だった。


目の前には悶え苦しみ、血を吐きながらも喋り続ける少女がいる。


かすかに瞼が落ちかかって。


今にも眠ってしまいそうになりながら。


 『わかった…分かったから少し休んだ後、案内してくれ。

その姉妹たちのとこによぉ。』


 「小太郎…っそれが無理なのじゃ。」


 『何故だ、案内してくれないと…。』


 「それならっ、ほれっ。 これを見るといい。すまんな…小太郎。 」


 『おい…契約したんだからよぉ。

ちゃんと守れよっ。

お前は俺から離れるな!

命令だ!』


 「全く…。やっぱり小太郎は妹が好きなんじゃなぁ。」


 『好きだ! ブランも。 その姉妹も。 全員好きだ!』


 「本当に小太郎が

来てくれて…よかっ……………………。」


  ブランは小太郎に謎の冊子を渡すと、徐々に消えていった。


 『おい何勝手に消えてんだよ。

 まだ兄らしいこと…してやれてねぇじゃねぇかっ…。』


 ブランが消えた。


 契約したのに。


 妹になったのに。


 俺は一人ぼっちが嫌いだ。


また俺は一人だ。


 招き猫としてあの子猫を拾ったのも、たぶん偽善者だからじゃない-臆病者だからだ。


 クリスマスに、一人寂しくゲームをしたくなかったから。


 笑えるだろ?


 40歳にもなるおっさんが、画面越しの二次元いもうとに執着して。

 

 小太郎は、腹部に刻み込まれていた紋章があるのか確認した。すると、ブランは消えたのに紋章は消えていなかった。


 案外、ブランの言ってた事は嘘じゃないのかもしれない。


紋章が無事なら、ブランは何処かでまだ生きているのかもしれない-そう思ってないと、やってられない。


 ブランに貰った冊子には、この世界-ブリテンのあらゆる情報が記されていた。


 このブリテンには神族、魔族、人間、その他の種族がいる。


その中でも、神族と魔族は勢力が飛び抜けて強いらしい。


そして、このブリテンの創造神ソルスが神族と魔族の長年の抗争に終止符を打つために、災厄という七体の妖婆を協力して討伐させる祭典クエストを催したそうだ。


 それから月日が経ち、いつしか災厄を治めるため、共闘せずに魔族から生贄を出す風潮が慣習化されたらしい。

 生贄になる理由が、神族の企みにより、有る事無い事全ての悪行は魔族の仕業。

 こんな観念が常識として人間ヒューマン達に植え付けられたからだという。

 記録を見れば魔族が何も悪いことをしていないことは読み取れる。

 こんな世界絶対間違ってる。


 『しかし、俺はただのアラフォー親父だ!』

 俺に何ができる。


 ついさっきも消えていくブランになす術もなかった。


 守れなった。


 無力だ。


 生まれた時からこの時も。


 これからも。


 『おっと…。』


 冊子から栞のようなものが落ちてきた。


 それに書かれた内容で、小太郎の目が少し潤んだ。

 


 「"Go ahead. My hero前へ進め 私の勇者"」



 小太郎は涙を堪え、腹部の紋章を掌底でぽんと叩いた。



 『俺は何を考えてたんだ。』


 自分に能力がない?


 だから、俺にはやれない?


 そんなの現実から逃避する言い訳じゃないか。


 ブランに。


 妹に言われた頼みだ。


 死ぬ気で挑まねぇといけねぇだろ。


 やる。


 やってやる。


 ブランの姉妹を、全ての神殿の妖婆を倒して救う。

 

 小太郎は決意を胸に、冊子の地図にある次の神殿のある方向に向かった。


 まるでこれからの冒険の過酷さを暗示しているように、来た時よりも大森林はすっかり薄暗い。



 

 

 

 

 

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