聞こえないコエ

1

((ああ、ムカつく。何なのあの女は。あれだけ周囲の人たちを振り回しておいて、どうして何もなかったように笑ってられるのよ。どういう神経してるの? ああ、もうっ。大崎真琴なんて大っ嫌いっ!!))

 山積していた問題もひとまず解決し、やっと心穏やかに過ごせると思ったのも束の間、今までとはちょっと毛色の違う問題が降ってきたのだ。

 九月も後半に入り、残暑も日ごとに感じなくなり過ごしやすい季節になってきたというのに。

 ここ数日、真琴は自分に向けられた敵意丸出しの強い心のコエに悩まされていた。

「うーーーーん」

「何? どうしたの?」

 真琴の唸り声の意味を聞いてきたのは薫だった。

 といっても周りには他に誰もいない。

 最近帰宅する時はこのパターンが多かった。

 由紀子は生徒会、美希は部活で忙しい。

 そして、これはついこの前知ったのだけれど、勇壱は文化祭実行委員になっていて、もちろん放課後はその活動がある。

 本当は八月の下旬から委員会活動があったのに、ずっとサボっていたらしい。

 今になってそのつけがどっと押し寄せていて、お昼休みもままならないほど委員会の仕事をしている。

 ま、自業自得だと思うから同情はしてあげられない。

 そういえば、その話を聞いて一つ判明したことがあった。

 勇壱とケンカした後、避けられていると感じていたのは、委員会活動が原因だったのだ。

 あの時は何だか深刻に考えていたような気がしたが、わかってしまえばどうということもない理由だった。

 ちなみに今はあの時以上に忙しいみたいで、今日も勇壱とは挨拶くらいしか交わしていない。

「ちょっと、ボクの話聞いてる?」

「え? な、何?」

「もう、しっかりしてよね。だから、最近浮かない顔してるけど、何かあったの?」

 呆れながらも薫はそう続けた。

 そっか、心配してくれていたんだ。と思い、ちょっとうれしくなった。

「ちょっとね、最近偏頭痛が酷いのよ」

 そう、「敵意のあるコエ」には偏頭痛まで伴っていたのだ。

「最近ってことは、元々偏頭痛を持ってたわけじゃないのね」

「うん、そうなんだけど……」

「あ!」

 急に大声を上げた薫はちょっと顔を赤らめていた。

「何よ?」

「もしかして……生理?」

 ああ、そういうことか。

 しかし、もう中学生じゃないのだからこれくらいの話を恥ずかしがらないで欲しい。

 何事かと思うじゃない。

「残念ながらそれは外れよ。私の生理って軽いのよ。腹痛だってそんなに辛くないし、頭痛なんて一度もなったことないし」

「それじゃ、原因不明の偏頭痛ってこと?」

「うーーーーん」

 いや、原因はわかっている。「敵意のある強い想い」の影響に違いない。

 しかし、偏頭痛のせいで能力が上手く使えず、誰のコエなのかまだ特定できていなかった。

「何? 心当たりあるの?」

 ある。しかし、いや、だけど……。

(このまま放っておいても酷くなる一方だし、ここは相談に乗ってもらおう。能力のことはできるだけぼかして)

「あるには、あるのよ」

「え、そうなの?」

「うん。私クラスの女子とあまり上手くいってないんだけど、最近その中の誰かが私をものすごく嫌ってるってわかって。そういう負の感情って伝わりやすいじゃない? その影響をもろに受けちゃってるみたいなのよ」

「ああ、そういうこと」

 どうやら上手く言いたいことが伝わったらしい。

 薫は腕を組みながら大きくうなずいた。

「わかるの?」

「何となくね」

「でも、誰が私を嫌ってるかまではわからないでしょ?」

 真琴でさえわからないというのに。

 だが、薫の口からは予想外の言葉が飛び出した。

「わかるよ」

「は? わかるって何が?」

 真琴は自分から質問を向けたのに、その内容をすっかり忘れてしまった。

 軽いパニック状態である。

「だから、真琴のことを特別に嫌っている女子でしょ?」

「嘘! どうして?」

 薫はその質問には答えず、にやりと笑った。

「由紀子とも話したんだけど……。真琴って自分のことになると極端なくらい鈍感だよね」

「悪かったわね」

「別に悪くはないよ。真琴のそういうとこ由紀子もボクも結構好きだし。でも、あの子はそういうところが嫌いなのかもね」

「あの子って?」

 それは何気ない質問だった。話の流れからちょっと気になった程度のことだったのに。

「高柳美希さん」

「え? 今、何て……?」

「高柳美希さん」

「が、どうしたの?」

「あのねぇ。ボクの話、本当に聞いてるの? だから、真琴を特別に嫌ってるのは高柳美希さんだって。何度も同じこと言わせないでよ」

 聞き間違いだと思いたかったが、こうはっきりと言われてしまったらもうそれはできない。

「ど、どうしてわかるの?」

「見ていればわかるよ。たぶん由紀子も気づいてるはずだよ」

 そんなの根拠にならない。

 わからない。わかるはずがない。わかりたくない。

「そんなこと、信じられないわよ……」

「だったら、放っておけばいいんじゃない。今のところ表面的には実害ないんだし。友達でいたいって思ってるなら自分から波風を立てないほうがいいと思うし。それに――」

 そこまで言って薫は言葉を詰まらせた。

 まるで真琴が聞き返すのを待っているみたいだったので、あえて聞いた。

「それに、何?」

「高柳さんが真琴を嫌う理由。ボクにはよくわかるからあまり責めないであげて欲しいんだよね……」

「どういう意味よ」

「ごめん。いくらなんでもそれは答えられない。真琴が自分で気づくべきことだと思うから」

 そう言ったきり、薫は黙ってしまった。

 何に気づけばいいのだろう。

 そもそも、あの敵意にさえ気づかなければこんなことにはならなかったのに。

 でも、あのコエが美希のコエだってまだ決まったわけじゃない。

 薫が嘘をついてるとは思いたくないけど、所詮想像しているに過ぎないのだし。

 それに比べて、真琴には本心を聞くことができる能力がある。

 明日、確かめてみよう。あのコエが本当に美希のコエなのか。

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