Round 3 (1/2)



*** Round 3 ***


 肩をたたかれて目が覚める。それと同時に追われている今の状況を思い出し、とっさに首を振って周囲を確認すると、驚いたようなソウの顔が目に入った。別に追手が来ていた、というような感じではなかったので、一呼吸おいて心拍数を落ち着ける。

「おはよう」

「もうかなり日が傾いてるけどな」

 意外と時間がたっていたようで、少し驚いた。

「どうしたの?」

「いや、そろそろ移動した方がいいんじゃないかと思ってな」

 そういいながら、ソウはベンチから立ち上がり、カバンを背負う。

 雨でぬれた体はもうほとんど乾いてい、服もかなりましになっていたた。

 軽く伸びをして首をぐるぐるとまわしてから、

「そういえばそうだったわね。」

 私もそれなりに重い自分の鞄を背負い、立ち上がる。変な姿勢で寝ていたせいか、すこし体が痛かった。

「結局、公園でいいのか?」

 先を歩くソウが振り返って言う。

 そういえばそんな話もあったな、と思い出す。

「それでいいわ」

 一度寝て落ち着いたのか、きちんと頭は回るようになっていた。

「そうするしかないでしょうしね」

「じゃあ今夜は野宿で決まり、っと」

「具体的な場所は任せたわ」

「その前に夕食食ってかないと」

 エスカレーター脇のフロアガイドにフードコートと会ったので、そこまでいって夕食にする。

 私は温かいうどんで、ソウははんちゃんラーメン。私の方が先に呼ばれたうえに量も少なかったので、食べ終わった後しばらく暇だった。

 暇を持て余して、「昼遅かったのにずいぶん食べるのね」と言ったら、「この有り様じゃ次のご飯がちゃんと取れるか分からないから、食べれるうちに食べときたいんだよ」と。

 まあもっともなんだけど、気が乗らなかったので私は夕食を増やしたりはしなかった。

 ソウが食べ終えるのを待って、食料品売り場でペットボトルを買ってから、建物を出る。最初に持ってきたペットボトルは、とっくに飲み切っている。

土地勘のない私には道が分からないので、道はソウに任せてただついていくことにした。

 夕暮れ時の町は、思いのほか綺麗だった。もう雨はやんで空が見えていた。濡れた街路樹や水たまりに反射した西日が、きらきらと目を刺した。

 西日を浴びた建物は陰影が強調されてきれいな写真のようだったし、正面遠くに逆光で浮かび上がる山は絵画のようだった。

 ぐるっと首を回すと、いくらかずれた方角の空には分厚い雲が遠くに広がっていた。一番星も見える天頂付近の濃紺の空を縁取るように、西日を反射して朱く染まった雲が存在感を放っている。淵は朱色にそまり、向こうに行くにつれてどんどんと濃い灰色に変化していく。

 そちらを向きながら「きれいな景色ね」といったら、前を向いたままのソウから「ああ、西日が眩しい」と返事があった。

 そっちじゃないのよね、と思ったけれど、西日もきれいだったので何も言わなかった。

 あっちこっちを眺めて夕暮れ時の景色を味わいながら、ひたすらにソウの後ろをついていく。

 秋の日は釣瓶落とし、というが、どの季節でも夕日はすぐ沈み、今日も例外ではなかった。

 十分もしないうちに日は沈み、世界が橙色から薄く濁った紺色に変化する。

 ぱちぱちっ、と街灯が順番についていく。もちろん無音で、だが。そういう風に感じるというだけだ。

 街灯の下を、本格的に薄暗くなり始めるまで、歩き続けた。

 その公園は、想像していたより二回りほどさびれていた。ここ数年は子供が来ていなさそうな、さび付いた滑り台とブランコ中央にあり、周囲を囲う柵も錆びて、ところどころ倒れたり外れたりしている。

 街灯も入り口の両側に一歩ずつ立っているだけで、奥の方はかすかにしか光が届いていない。

 奥に進むと、向こうは林になっていた。子供たちが虫取りでもするのだろうか。

 その中に埋もれるようにして、藤棚があった。正確には、元藤棚というべきか。手入れも放棄されたのか、何種類もの植物が梁の上をのたくっている。

「この下にしましょ」

 重たい荷物をベンチに下ろして、その隣に腰掛けながら少し離れたところにいるソウに声をかける。

 ソウはゆっくりとこっちに歩いてきて、

「ベンチで寝るの?」

「いや、地べたで寝るほうがいいと思うわ。土だから柔らかいし、ベンチのおかげで道からはみえない。それに、ベンチの影だから公園に人が入ってきてもそう簡単にはきづかない」

 同じ地べたでも、タイルやコンクリートの上より土の上の方が抵抗が少ないのは不思議なものだ。やっぱり人間も動物の一種だからだろうか。

 土の上に薄く落ち葉なども積もっているので、そこまで汚れる心配もなさそうなのもありがたい。

「それでいい?」

「そもそも俺が言い出したことだ。文句は言わないさ」

 鞄を目立つベンチの上から目立たないベンチの裏に移し、足で落ち葉をあつめて自分の寝る場所を作る。

 二人で落ち葉の取り合いのようなことをしながらも二人分の寝床を作り終わり、カバンをおいて枕にする。そのままでは分厚かったので、いくらか中身を出して、脇に置いておいた。

 まだ寝るには早いのだがすることもないので、横になって空を見上げる。藤棚の隙間から、いくつか明るい星が見えた。

 ソウも同じように空を見ていたけれど、傷もあって疲れがたまっていたのか、気が付いたら寝ていた。

 街明かりで埋まり切った夜空を見るのにも飽きてきたので、拳銃を取り出して整備をすることにした。部品をなくすのが怖いので、ちゃんとした分解整備は今ここではできないが、軽い掃除くらいならできる。

 寝てもよかったのだが、まだ町が寝静まっていないこの時間から二人ともここで寝てしまうのはさすがに不安なので、見張りも兼ねて。

 今夜は長くなりそうだ。



***


 夢を見ていた。

 夢の中の俺には、だれか大切な人がいた。俺はその人と一緒に歩いていた。恋人かもしれない。友人かもしれない。家族かもしれない。どれでもないかもしれない。けれど、少なくとも昨日今日会ったばかりではないことは確信できた。

 俺の中には、その人との思い出があった。具体的にどのような思い出なのかはわからない。ただ、ある、という事実だけが分かっている。

 その人が俺の何なのかはわからない。ただ、大切な人、という事ははっきりと分かった。

 その長い黒髪をはためかせた後姿がワンピースだったので、きっと女の人なのだろう。彼女は、白いワンピースを風にはためかせながら、俺の前をあるいている。

 俺たちがいるのは、山道だった。とはいっても登山のようなものではなく、丸太を使った階段が整備されたような。ちょっとした山。

 なんで俺と彼女がそこを歩いているのかはわからない。どうやってここに来たのかも、どこに向かっているのかも。ただ、彼女といるだけで、俺は幸せだった。彼女と一緒にこの山道を歩いているだけで、満ち足りていた。

 彼女が階段に躓き、体勢を崩すが、すぐに持ち直す。俺は慌てることもなければ心配もしない。どうしてかはわからないが、大丈夫だ、と俺にはわかっている。

 彼女の顔は、分からない。彼女は前を見たまま、後ろを歩く俺の方には振り返らない。

 彼女の後姿を眺めながら歩き続ける。少し歩くと、道の先に、開けた場所が見えてきた。

 先にそこにたどり着いた彼女はゆっくりと立ち止まる。

 逆光の中で、長い丈のワンピースのシルエットが浮かび上がっている。

 彼女は、数メートル後ろでまだ山道を上っている俺の方をゆっくり振り返る。

 そして、彼女の顔が見えるほんの少し前で、世界が暗転した。


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