7-2

 延々と広がる荒野の果て、火山連峰の裾野近くに切り拓かれた鉱山が閉山されたのは、十年近く前のことである。所有者のゲンプシーによれば、採掘される資源量に鉱山の運営コストが見合わなくなったのだという。だが事前に算出されていた資源埋蔵量からするとその報告はいかにも不自然に思えた。少なくともタヴァネズの前任者はそう考えた。

 そして彼の不審はまさしく当を得ていた。ゲンプシーは資源採掘坑を、密貿易用シャトルの発着場に造り替えてしまったのだ。

「資源採掘坑って、でかくて深い縦穴だろう? シャトルを飛ばすのに向いてるとは思えないんだけどなあ」

 ソリオが疑問を呈する間にもヘリは徐々に降下していく。地上が迫るにつれて、やがて闇夜に煌々と輝く照明の下、ごつごつと荒れ果てた地面が姿を見せた。

「こんだけだだっ広いんだから、滑走路には不自由しないだろうけど」

「ここのシャトルは、スペース・プレーン型じゃねえ」

 宇宙空間と地上を往来するシャトルといえば、普通はスペース・プレーン型を指す。航空機の延長上にある形状で、通常の航空機よりもはるかに長い滑走路が必要となるものの、一回の発着コストが安価なためだ。

「だがスペース・プレーンは惑星表面上の移動距離が長いから、監視の目につきやすい。それを避けて、密貿易には昔ながらの垂直打ち上げ式が使われることもある」

 アイリンの補足を受けて、ソリオがなるほどと頷く。その間にもトビーは操縦桿を細かく操作して、ヘリは地上との距離を縮めつつあった。

 降下地点はろくに整地もされていない、未舗装の荒れ地らしい。明かりの中で砂埃が激しく舞い上がる、その中心に向かってゆっくりと、ヘリはついに着地した。

「降りろ」

 そう言い終える前にトビーはショルダーバッグを抱えて、率先して操縦席から飛び降りた。後を追うように、ソリオもおそるおそる地上に足を下ろす。顔を上げて周囲を見回せば、目に入るのはなんとも現実感に乏しい光景であった。

 満天の星が瞬く夜闇の下、荒涼とした大地のど真ん中を、舗装路が一直線に貫いている。地平線も定かでない闇の中から現れた道路は、十重二十重の照明に向かって伸びている様が、いかにも対照的だ。ぎらぎらとした明かりに照らし出された廃鉱方面は、押し潰されるような漆黒の中で、そこだけが不夜城の様相を呈していた。

 ヘリが着地したのは、シャトル発着場よりやや手前の、そこに至る道路の脇である。

「あれは確かに、うち捨てられた廃鉱には見えないな」

 照明の中心を見つめるソリオの視線の先には、星空に向かって聳え立つ巨大な発射台の姿があった。ところどころ鈍い銀色に輝く、無骨な塔のようにも見える発射台には、だが肝心のシャトルの姿が見当たらない。

「シャトルはあれだ」

 そう言ってトビーが目を向けた方向を見れば、そこには地表にちょこんと縦に置かれたように白い機体が覗いている。

「垂直打ち上げの機体って、あれだけ? 随分と小さいな」

「あれはシャトルの本体だ。地下の採掘坑に貨物コンテナや推進剤タンク、ロケットがある」

「……採掘坑をシャトルの整備工場に転用したのか。考えたな」

 アイリンは感心したように呟いたが、採掘坑を利用した工夫はそれだけではない。ゲンプシーは豊富な資源に囲まれた土地という利点を最大限に活かすため、より大掛かりな仕掛けを施していた。

「あの採掘坑は、それ自体が巨大な現像機プリンターになっている」

 つまり採掘坑はシャトルの整備のみならず、消耗品のロケット部の製造工場も兼ねているというのだ。想像以上に大規模であることを知らされて、ソリオは驚きを通り越してあんぐりと大口を開けた。

「そんだけでかい現像機プリンターなんて、バララト本国でも宇宙港の、軍専用の建造ドックぐらいしか見たことないぞ」

「じゃあそこからヒントを得たんだな。ゲンプシーは確か軍隊上がりだ」

「確かに初期投資はかかるだろうが、一度稼働してしまえばスペース・プレーン型よりも安上がりかもしれん」

 納得の表情を見せるアイリンに、トビーは唇の片端を吊り上げて頷いた。

「そう、あれはゲンプシーが大枚を叩いて建造した虎の子だ。だがここは公式には誰も寄るはずのない廃鉱地帯。何が起ころうと表沙汰にはならねえ」

 そう言って右肩に背負われたショルダーバッグを担ぎ直す、トビーは待ちきれないとでもいう風に舌舐めずりまでしてみせる。まるで狩り場を前にした肉食獣だな――なんとはなしに頭に浮かんだその文句が、実は真相に近いのではないかということに、ソリオは思い至った。

 つまりここはトビーにとって、いくらでも暴れ回ることを許されたフィールドなのだ。

「あんたが龍退治するついでに、多少・・被害が出ても仕方ない――いや、むしろ積極的に叩き壊してこいってか?」

 その言葉にトビーはただ凶悪そうな笑みを浮かべるのみ。対してソリオも、辛うじて笑い返すことしか出来ない。

 いったい誰が彼にそんな許可を与えたのかといえば、脳裏にはたったひとりの顔しか思い浮かばない。あの、顔の倍ほどもありそうなアフロヘアの上司は、龍という災害対策の名の下に、シャトル発着場が壊滅することを期待しているのだろう。

 犯罪用の秘密裏の施設が龍退治に巻き込まれて破壊されても、ゲンプシーは表立って抗議出来ない。ソリオは未だ会ったこともないゲンプシーという男が、なんだか哀れにすら思えてきた。

「龍を追い回すのも結構だが、その前に、我々はマテルディ・ルバイクを追ってやって来たのだということを忘れるな」

 アイリンが釘を刺した通り、三人そろってこの廃鉱を訪れた本来の目的はそれである。ソリオにとってはむしろ失敗を願いたいところなのだが、生憎とそういった点でトビーには抜かりがなかった。

「安心しろ。発着場に向かう道はこれ一本しかねえ。ここで待ち伏せてりゃ、いずれお前の獲物を乗せた車が通る」

 唇の両端を吊り上げたのは笑顔のつもりなのだろうが、隙間から犬歯が覗くせいでやはり猛獣にしか見えない。トビーには笑顔は控えるよう忠告する方が、むしろ親切なのではないか――ソリオがそんなことで頭を悩ませている内に、やがて暗闇の中から車のヘッドライトと覚しき明かりが浮かび上がった。

 その明かりを目にしたアイリンは、興奮のせいか俄に頬を紅潮させているようにすら見えた。いかに鉄面皮の彼女とはいえ、二日連続でほとんど徹夜でいるのだ。目の下には今やくっきりと隈が張りついて、テンションが高くなっても不思議ではない。

 同じ条件のトビーも昂ぶっていることはありありとわかるが、彼の場合は単に龍を目前にしたためだけのようにも思える。むしろここに来て気力が充実しているようにすら見えるから、参考にはならないだろう。

 揃っていきり立つふたりは、それぞれ懐からハンドガンを取り出して構えつつ、道路の中央に立ちはだかった。その中に加わる気は毛頭ないソリオは、道路の端から迫り来る明かりを眺めている内に、ふと顔を曇らせた。

「なあ、密航者てのは何台も車がいるほど殺到するもんなのか?」

 徐々に明瞭になる明かりの数は、どう目を凝らしてもふたつ以上、おそらく二台か三台の車が近づいている。違和感を覚えたのはソリオだけではなかった。明かりの正体を見極めようと目を凝らしていたトビーは、やがて勢いよく顔を上げるや、ハンドガンを手にしたままその場から走り出した。彼の行動を見て、すぐさまアイリンもその後に続く。

「ヘリに戻れ!」

 唐突な掛け声に、とるものもとりあえず駆け出すソリオを、見かけによらない速さでトビーが追い越していく。そうこうしている間に車の群れは三人に追いついて、いつの間にか彼らを囲むように停車した。大小含めて全部で三台の車から、ばらばらと降り立つ人影の数を、落ち着いて数える余裕はない。

「なんだってんだ!」

「少なくとも密航者を乗せたワゴンじゃねえ!」

 トビーが操縦席に、アイリンが後部座席に飛び込み、半歩おくれてソリオが助手席になんとか転がり込んだその瞬間。閉め切ったばかりの助手席の扉の向こうで、衝撃と共に派手な破裂音が炸裂する。

 それは聞き間違いようのない、ハンドガンから放たれた銃撃によるものであった。

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