6-3

 夜も更けて人気のなくなった管理本部オフィスから退出しようとする間際、通信端末に着信を告げられて、タヴァネズは足を止めた。

 こんな時間に寄越される連絡など、ろくなものがないと相場が決まっている。出来れば無視したいが、そうすると後々もっとろくでもないことになるだろうと、彼女の経験がそう告げる。

 だからタヴァネズは太い眉を大いにひそめながら、やむなく呼び出しに応じた。

「お前からとは珍しいな」

 すると端末越しの声は、不機嫌なタヴァネズにも増して無愛想な口調で答える。

「別にあんたの声なんか聞きたかないんだけどね」

「そちらから連絡しておいてその言い草か」

「トビーに頼まれたんだよ。でなきゃ私から連絡するわけないだろう」

 端から喧嘩腰なデミルの言葉に、タヴァネズは聞こえよがしにため息をついて返した。

 彼女がエンデラに着任して以来、気の合う他人などろくにいた試しはないが、とりわけデミルとは相性が悪い。

 ふたりが接触する機会はそうそうないのだが、通信端末を切りっぱなしが当たり前のトビーを呼ぶために、しばしばタヴァネズから『龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』に連絡することがある。その際に受け答えするデミルの声は、不快げな声音であることが常だ。「あいつはいつも無愛想なだけだ」とトビーは言うのだが、それにしてもタヴァネズには度が過ぎているように思えてならない。

 そのトビーからの伝言と聞いて、タヴァネズの脳裏には早くも嫌な予感しかなかった。

「いったいどんな伝言だ」

 タヴァネズが尋ね返すと、端末の向こうでぶっきらぼうな声が答えた。

「『廃鉱掃除に行く、そう伝えとけ』ってさ」

 デミルの言葉を耳にして、タヴァネズの右眉がぴくりと跳ね上がった。うんざりした表情が漂っていたその瞳に、冷静な眼差しが取って代わる。

「トビーがそう言ったのか。いつだ」

「ついさっきだよ。大型ヘリを借りるって」

「ヘリだと」

 ヘリと言えば、先日軌道エレベーター塔にとりついた龍を追い払う際に使ったジェットヘリが思い浮かぶ。だがあれは複座型――乗員も二名限りだ。大型ということは、乗員も三名以上いるということになる。

「トビーひとりじゃないのか」

「さあ、そこまでは知らないね」

「というより、あいつはなんでわざわざお前に伝言するんだ。直接連絡を寄越せばいい話だ」

「あんたがいちいち問い詰めるからだろう。私だって面倒臭いんだよ」

 返事するデミルの声に、徐々に苛立ちが募る。

「そもそもあんたが、トビーの龍追いドラゴン・チェイスに変なお墨付きを与えるのが悪い」

「誰がお墨付きなど与えるか。私こそ、あいつの嘘八百に騙された被害者だ」

 海底火山への衛星砲試射から始まる、龍の立て続けな出現。それを嬉々として追うトビーのことを指すなら、タヴァネズにとってはむしろ理不尽な言いがかりである。軌道エレベーター塔や資源採掘坑など、既に彼女の想定をはるかに上回る被害が生じているのだ。タヴァネズがトビーに対して認めたのはただひとつ――

「廃鉱に向かうこと自体は止めないんだろう。そのくせ被害者面しようたって、そうはいかないよ」

 デミルの指摘に、タヴァネズは思わず言葉を詰まらせる。彼女が息を呑んだ音が届いたのか、端末越しに深いため息が聞こえた。

「あんたも本部長とか偉そうな身分なら、いい加減なんとかしとくれ。あいつが文字通りの龍追い人ドラゴン・チェイサーになっちまったのは、あの物騒な玩具おもちゃを手に入れてからだ」

 タヴァネズがこの星に着任したとき、トビーは既に衛星砲の照準装置ポインターを抱えて龍を追い回していた。だから彼女はそれ以前のトビーがどんな男だったか、資料に残されている経歴以上を知らないし、わざわざ知りたいとも思わない。

 だがタヴァネズ以上に彼と共にした時間が長いはずのデミルにとっては、衛星砲入手以前のトビーは、今に比べてまだマシだということなのだろう。

「衛星砲の貸し出しそのものは、正式な文書が交わされてる。私の権限でどうなるものでもない」

「偉そうにふんぞり返ってる割には、役に立たない本部長だね」

 止むことのないデミルの売り言葉に、タヴァネズも思わず買い言葉を叩き返した。

「お前こそ、元々は奴と一緒に龍追いドラゴン・チェイスしていた仲間だろうが。付き合いが長いくせに、奴の暴走を止められんのか」

 タヴァネズの反論に今度はデミルが言葉に詰まらせながら、端末越しの声はなお言い返してきた。

「……あいつが私の言うことなんて聞くわけないだろう」

「その台詞、そっくりそのまま返してやる」

 端末を挟んだこちらと向こうで、似たようなため息が漏れ聞こえる。きっと自分もデミルも同じように眉をひそめているのだろう。しばしの沈黙の後、タヴァネズはおもむろに口を開いた。

「とにかく伝言は聞いた。もしトビーに訊かれたら、私が了承したと答えろ」

「どうせあいつは後から確認なんてしないよ」

 それもそうだと頷きつつ、タヴァネズはこれ以上デミルとの会話を続ける気にはなれなかった。トビーについて頭を悩ませるという点では同じでも、その原因がお互いに相手にあると思う者同士、話が弾みようがない。

「用件は終わりか。ないなら切るぞ」

「それこそこっちの台詞だよ」

 そう言い捨てると同時に、デミルからの通信はぶつりと切られた。こちらから切るつもりだったのに、相手に先んじられると癪に障る。

 たった今のデミルとの会話のせいで、タヴァネズは真っ直ぐ帰宅する気が失せてしまった。デスクチェアに腰を下ろすと上着の内からベープ管を取り出し、吸い口を咥える。ひと口だけ吸って口を開けば、同時に水蒸気煙が唇の間から吐き出された。

「トビー。大目に見るのも、そろそろ最後にさせてくれ」

 長い脚を組んで背凭れに背中を預けながら、タヴァネズはそう呟いた。

 デミルの言う通り、今回のトビーの行動を了承――というより黙認したのは彼女である。暴れ回る龍をトビーが仕留めるその過程で、結果的に廃鉱が多少の・・・被害を被ったとしてもやむを得ない。それがトビーとタヴァネズの間で、暗黙の内に共有されたシナリオだ。

 だがそれは同時に、タヴァネズにとってはそれ以上を看過するつもりがない、という意味でもある。何より龍に巻きつかれた軌道エレベーター塔には、大いに肝を冷やされた。軌道エレベーターは冗談抜きにこの星の生活を維持するための生命線だ。あんなことが何度もあるようでは、危うきに近寄らぬ君子を心懸けるタヴァネズであっても、さすがに見過ごせない。

 トビーがわざわざデミルを通じて彼女に連絡したのは、許可を得るためでも報告のつもりですらない。あの男はタヴァネズも共犯者であることを、デミルという証人とセットで強いてきたのだ。

「まったく、そういうところは抜け目のない奴だ」

 今度は大きな白煙の塊を吐き出しながら、タヴァネズは苦々しげに呟いた。

 トビーは極めて自己中心的だが、そこを差し引けば有能な男だ。無能ならばいくらでもあしらいようがあるものを、お陰で扱いづらいことこの上ない。

 廃鉱を『掃除』するつもりだというならば、いっそトビー自身も一緒に綺麗に片づけられてしまえ。

 そんな考えが脳裏をよぎったとしても仕方ないと、タヴァネズはそう思うのである。

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