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 軌道エレベーター塔発着場の周りは、主に物流関連の施設――その大半が港湾施設や倉庫に埋め尽くされている。龍が上陸したのも、外洋に面した倉庫群がひしめく一帯だ。その損害を考えるとタヴァネズも頭が痛いだろうが、隣接する区画に被害が及ばなかったのは不幸中の幸いだったろう。

 塔を中心にほぼ六角形状に広がるメガフロート群の一辺に連結する、こちらは長方形のメガフロート群。六角形が『軌道エレベーター区画』と称されるのに対し『居住区画』――住民には『フロート市』という通称で呼ばれる一帯は、エンデラ唯一にして最大の都市なのだ。フロート市をあの龍の巨体がのたうち回ることを想像したら、軌道エレベーター塔とその周囲の倉庫だけで被害が済んだのは、むしろ軽微と言えるかもしれない。

 フロート市には大小様々な建物が林立しているが、エンデラ管理本部事務所が収まるビルは、その中でも最も古い類いに入る。建築当初は機能的かつ洗練されていただろうシンプルなデザインも、今となっては薄汚れてただ無骨なだけのビルは、一階のエントランスホールも無駄な装飾を省かれた寒々とした空間だ。その広間を乱暴な足取りで横切るトビーの後を、ソリオの長身が追いかけていく。

「そんなに邪険にするなよ、トビー」

 ソリオの声にもトビーは足を止めようとせず、肩越しに振り返っただけであった。

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ」

 細いというよりも鋭い目の端から覗くグレーの瞳が、彼よりも頭半分ほど高い位置にあるソリオの顔に、突き刺さるような眼差しを放つ。初対面なら思わず怯んでもおかしくない、殺気すら孕んだ視線に対して、だがソリオは薄い唇の端に笑みを浮かべてみせた。

「いやね、俺だってあんたみたいな怖いおっさんに教えを請えって言われて、足下から震え上がりそうな気分なんだけどさ。本部長がああ言うことだし、しばらくは仲良くやってくんないかなあ」

「震え上がるとか、どの口がほざいてるんだ」

 台詞と表情がまったく一致しないソリオに、トビーは思わず眉間に皺を寄せた。彼としては不本意この上ないが、タヴァネズに言い渡された指示を端から無視するのも後々面倒なのである。当面、この赤毛のにやけた若僧が傍に立つことを認めるしかない。

 聞こえるように舌打ちしてから、トビーはソリオに後をついてくるように顎で促した。赤毛の青年を引き連れてトビーが向かった先は、ビルの一階エントランス前のカーポート。唯一停車していたカーキ色の車の運転席にトビーが無言で乗り込むと、当然のように助手席に潜り込んだソリオは、半ば驚いた顔で尋ねた。

「これ、もしかして自動運転車両オートライドじゃない?」

「そんな大層なもん、この星にあるわけねえだろ」

「おいおい、マジかよ。手動の車両とか、初めてお目にかかった」

「文句があるならほっぽり出すぞ」

 物珍しげに車内を見回すソリオに、トビーが目の端で凄む。お世辞にも友好的とは言えない雰囲気のまま、車はビルの前を離れて走り出した。

 トビーが右腕一本で乱暴に操縦レバーを操る車は、フロート市の中央を貫く目抜き通りを駆け抜けていく。道の両脇にはビル群がずらりと並ぶが、その外観はいずれも管理本部事務所の入ったビルと大差ない、長年風雨に吹きさらされ続けたままであることが一目瞭然だ。うら寂しいという表現を通り越して、ゴーストタウンと見紛う者もいるだろう。

「ろくに補修されない建物に、すれ違う車もなければ、歩道を行き交う人影も見当たらないときた」

 助手席の背凭れを倒して、赤毛頭の後ろに両腕を回しながら、車外に目を向けていたソリオは皮肉っぽい口調でそう呟いた。

「さすが、入植から三十年経ってもなお独り立ち出来ないだけはある。見事な寂れっぷりだね」

 ソリオの台詞には少なからず挑発的な響きが込められていたが、運転席のトビーはむっつりとしたまま振り返りもしない。ただ視線を前方に据え置いたまま、低い声で言う。

「開拓ブームから乗り遅れて、ろくな入植者も残っちゃいないのに切り拓かれた、バララト最後の開拓惑星だ。この星に流れ着いてくる奴なんて、一発逆転を狙う最底辺か、世を拗ねたお尋ね者か。どいつもこいつも社会からはみ出した連中ばかりさ」

 吐き捨てるような物言いに、ソリオが片眉だけを持ち上げて尋ねる。

「そいつはあんた自身も含めてってことかい、トビー?」

「お前もそん中に入ってんだよ、ソリオ」

 そこでトビーは初めてソリオに向けて首を捻った。斜に構えて見える顔つきには、口元が片方だけが吊り上げられている。どうやら皮肉を返されたらしいと知って、ソリオは大袈裟に落ち込んだ素振りをみせた。

「違いないね。俺も立派なはみ出し者だ」

 相変わらず芝居がかったソリオの仕草に、トビーはふんと鼻で笑う。

 やがてトビーが運転する車は、大通りから横道に逸れた。一変して車がすれ違うのも苦労しそうな細道には、だが表にはない人影がまばらに見える。軒先には点々とではあるが営業しているらしい店構えも見当たり、ソリオはようやくこの星にも生活らしきものがある光景を目の当たりにした。

「この街じゃ、開けっ広げな明るい場所に人は集まらねえ。皆、薄暗がりばかりを好む」

 そう言う間にも、トビーが運転する車は器用に小径を折れ曲がって進んでいく。何度目かの角を曲がったところで急に速度を落とした車は、傍らの歩道に乗り上げながらついに停車した。

 そのまま何も告げず下車するトビーを見て、ソリオも慌てて車を降りる。車外に出て見上げた先にあるのは、街の小さな食堂か居酒屋と覚しき店構え。よそに違わず薄暗い雰囲気ではあるが、比較的瀟洒な造りだ。

 その店先に掲げられた看板には、殴り書きのような文字で『龍追い人ドラゴン・チェイサー亭』という店名が書き連ねられていた。

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