1-5

 軌道エレベーター塔の周りを飛び交うのは、トビーのジェットヘリ一台だけではなかった。

 中継用カメラを備えた無人ドローンがおとなしく浮遊しているだけなら、まだ我慢も出来る。だがレポーターが乗り込んだ有人ヘリという前時代的な存在まで登場して、龍の姿を近くで捉えようと塔に接近するのは、トビーには我慢がならなかった。

「てめえら、それ以上近づくんじゃねえ!」

 危険に突っ込もうという報道陣に警告するのは、保安官という彼の立場上当然の振る舞いである。ただ彼の場合はそんな使命感に駆られてというよりは、純粋に獲物を仕留めるのに邪魔な存在を追い払うためであった。

「俺より内側に入ろうとするな! もし攻撃の射程内に入ってこようもんなら、構わずにまとめてぶっ放すからな!」

 トビーが何度も怒鳴り声で威嚇したためか、ドローンもヘリもやがて彼のジェットヘリよりも塔に近づこうとはしなくなった。それは彼の警告に納得したからというよりは、最後のひと言に怖れを成したからだろう。

 攻撃の射程内に入ったら構わずにぶっ放す――彼の台詞がこれっぽっちも冗談ではないことを、この星の住人たちはよく知っているのだ。

「ソリオ、まだか! そろそろ燃料が保たねえぞ!」

 トビーは通信端末のマイクに向かって、がなり続けている。やがてうんざりとした声が返ってきたのは、彼が怒鳴り声を張り上げていったい何度目のことだろうか。

「そう何度も喚くなよ。あんまり気を急くと女に嫌われるぜ」

 ソリオの下手な返しに付き合う余裕もつもりも、今のトビーは持ち合わせていない。

「お前のつまらねえ冗談には付き合ってられねえんだよ、さっさと龍をはたき落とせ!」

「嫌だねえ。がっつく男ほどみっともないもんはねえぞ」

「てめえ、その喧嘩買ってやる」

 操縦席から身を乗り出して噛みつかんばかりのトビーに、ソリオの声が告げた。

「さっき準備が終わったところだよ。三十秒後に高圧電流網のリミッターを解除するから、後は任せたぜ」

 途端にトビーの鋭い眼差しが、くわと見開かれる。

 それはいよいよ狩りが許されると知って、舌舐めずりする代わりの刮目であった。

 操縦席に己の身体がしっかりと固定されていることを確かめてから、トビーはジェットヘリをホバリングで待機させる。そのまま上半身を捻りながら、彼は座席の脇からライフルのような代物を取り出した。

 通常のライフルに比べればひと回り以上太い銃身の先には、銃口の代わりに巨大なレンズが嵌め込まれている。トビーは銃把を握った右手を胸元に引きつけ、左手を銃身に添えながら、龍の頭部に先端のレンズをむけた。銃身の上に備え付けられた、仰々しいスコープ越しに狙いを定めるにはまだ早い。それは龍が塔から離れた後のお楽しみだ。

 ソリオの告げた三十秒を、口の中でカウントする。残り二十秒、十秒、五、四、三――

 辺り一帯に轟音が鳴り響いたのは、トビーの秒読みよりも心持ち早かった。予想外だったのはタイミングだけではない。目の前に生じたのは、高圧電流のリミッターが外れただけでは済まされない、塔の外壁まで吹き飛ぶような爆発であった。

 想定外の爆風にジェットヘリが体勢を煽られて、トビーは慌てて左手一本で操縦桿に手を伸ばす。視界を遮る黒煙を割って現れたのは、爆風に弾き飛ばされた龍の頭部――

「クソッタレ!」

 力一杯に操縦桿を引き、機首が向きを変えたその鼻先を、赤銅色の岩肌の如き龍の頭部が掠めていく。

「あの野郎、ふざけるなよ!」

 高圧電流に過負荷をかけるだけで良いものを、まさか防護塔の外壁もろとも爆発させるとは。暢気な口調とは裏腹に、思った以上にイカれた奴だ。

 なんとかジェットヘリを安定させて墜落を免れながら、トビーが真下を見下ろす。眼下には爆発の勢いでメガフロート上に叩きつけられた龍の長々とした姿が横たわっていた。長大な姿態の巨大生物は、既に軌道エレベーター発着場の基部からも身体を解いて、頭を海中に突っ込んでいる。

 何棟もの押し潰された倉庫群の上に巨体を這いずらせながら、龍が海の中へ逃げ込もうとしているのは明白だった。

「ようし、いい子だ。そのままおとなしく、ざぶんといっちまえ」

 再びジェットヘリをホバリング状態で維持しながら、トビーはライフル状の得物の先端を真下に向ける。操縦席から上体を半ば機体の外に乗り出しつつ、今度はスコープに右目を当てて、銃身の底のボタンを親指で押し込んだ。すると海上にぽうっと小さな光点が現れる。

 それは彼が手にする銃身の先端が指し示す先に、空の彼方から照射された光であった。闇夜であれば、天から垂れ落ちた光の筋が見えたことだろう。

「いいぞ、その調子だ。もう少し塔から離れろ。そうしたらキツい一発をお見舞いしてやる」

 トビーが銃の先端を揺らめかせる度に、海上の光点が微動する。龍の長大な身体は既に全身が海中に浸かり、メガフロートの先端からゆっくりと沖に向かっていく。徐々に海の底へと沈み込んでいく龍を追いかける光点は、そうしている間にも少しずつ、だが確実にその直径を広げつつあった。

 その光景を見て、レポーターが乗り込んだ有人ヘリはもちろん、ドローンたちまでもが泡を食ったように散開する。

 このまま龍が海底に姿を消せば、軌道エレベーター塔から龍を引き剥がすという目的は達成出来たと言えるだろう。実のところ、トビーが改めて手を下す必要はないかもしれない。

「だがそれじゃ、俺の気が済まねえんだよ!」

 トビーは低い声でそう言い放つと、右手の人差し指にかけられたトリガーを躊躇わずに引いた。

 間を置かずして光点の真上、ちぎれたような白い雲の合間に広がる、青い空のはるか彼方から輝く光が迸り――光は光点の直径と同じ太さの太い柱となって、凶悪な眩しさを伴って海上に突き刺さる。

 直後、光の柱が降り立った先を中心に、海上に巨大な爆発が発生した。

 大気を震わせるような爆発音と共に、水飛沫が空高く聳え立つ。

 飛沫から飛び散った水滴が、トビーの剥き出しの顔面を叩きつけた。にも関わらず瞬きもせずに海面に目を凝らしていたトビーは、やがてちっと舌打ちする。

「やっぱりこの程度じゃ、仕留めるには足りねえか」

 いつの間にか光の柱は消え失せて、海面には幾重もの波紋が白い泡立ちを従えて周囲に広がっていく。その一端は波頭となって、メガフロートの上に覆い被さっていった。

「……おい、なんだよ、今のは」

 通信端末の向こうから、驚きを通り越して呆れ果てたソリオの声が聞こえる。

「もしかして衛星砲か? 衝撃波でロビーのガラスがぶっ壊れたぞ」

 対してトビーは、マイクに向かって毒づいてみせた。

「そいつはてめえのせいだろ。外壁吹き飛ばすような爆発起こしやがって」

「あれはろくに微調整がきかない、ここのシステムが骨董品レベルなのが悪い。内壁はまだ残ってるから、なんとかなるさ」

「なるほどな」

 得物を操縦席の脇に戻しながら、トビーはソリオの言い分に頷いた。

「てことは、ろくに手当てしてこなかった本部長のせいだってことか」

 トビーの言い草に調子を合わせるように、応じるソリオの口調はことさらに軽い。

「そういうこと。全部本部長が責任をとってくれるさ」


 ◆◆◆


 その頃管理本部の事務所では、ホロヴィジョンの中で未だ黒煙を吹き続ける軌道エレベーター塔を前にして、頭を抱えるタヴァネズ本部長の姿があった。

「あいつら、揃いも揃って無茶苦茶だ……」

 被害は防護塔だけではない。爆発で龍が叩きつけられた、軌道エレベーター塔のロビーも半壊している。ここまで大事にされたら、もはや彼女自身が公に出て説明しないと事態は収束しないではないか。こんな無法な連中を取りまとめろだなんて、やはりこの役職は貧乏くじ以外の何ものでもない。

 タヴァネズは黒い肌の中に半ば白目を剥いて、事務所の天井をひたすら仰ぎ続けることしか出来なかった。

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