◆05 ごみ漁り
――ユーリ ユーリよお はははっユーリ おいユーリ!
俺を、呼ぶ声がする。
「……あっ」
――浮かんだ光景が、ひとつだけ消えずにとどまる。
一〇歳のころか。寝室部屋のわずかに開いたドアから見た光景だった。
いつも食事をとる大テーブル。そのうえに女が
釘づけになる。その顔は喜び、叫んでいた。女は船の燃料補給をした惑星で船員たちが連れてきた。
女をドアの隙間からみた俺は、思った。
……おぞましい。汚らしい、と。そばで笑う船員たちにもおなじくだ。
俺の視線に船長が気づく。へばりつくようなにやけ顔を向けてきた。
「おいお前らみろよ、ユーリが覗いているぞ。ませてんな」
「きさまは大人になったら来い。はははっ……」
……嫌だ。あれが大人という生き物なら、俺はなりたくない。
大人も、大人の女も、俺は大嫌いだ。
マットレスのうえで目を
船で暮らしていたときにもよくみた、嫌な記憶の夢。あいつらとやっとおさらばできた矢先に……
うす明るい
けだるい身体をおこす。
彼女は薄着だった。着ている白シャツははだけ、胸は灰色のチューブトップに隠れていた。そして
……どきり、とした。
彼女の脚の肉感に、肌の美しさに……。目が離せない。そこに嫌悪感はなく、ただただ素直な気持ちで。
俺は、なんで目を離せないんだ。
クロエが俺に気がつく。
「おはようユーリ。寝られた?」
彼女は「よいしょ」と言い立ちあがる。どうやら自分の格好を恥ずかしいと思っていないらしい。はだけたシャツのままでこっちに近づいてくるので、「ボタンを
――
――
俺よりさきにクロエは使えるものを見つける。
朝食を終えたすぐ、クロエから『ごみ
いまの俺の服装はクロエからもらった一式、カーゴパンツとシャツ、ポケットがついたハーネスベルトそしてバックパックだ。彼女が
スティック型の
「これでもう十分かな。ユーリはどう」
「……あまり見つからないや」
ぶっきらぼうに答えてしまう。見つけられたのは廃船で見つけた飲料水が入ったパックぐらいだ。
「大丈夫。すぐコツはつかめるから」
クロエが俺の肩に手をのせた。
あらかた漁り終わり、
軽いままのバックパックを背負って来た道を歩く。赤茶色の地面には俺とクロエがつけた足跡が続いていた。
そんなときに、クロエは俺に尋ねた。
「ユーリはさ、この
「……あの船で、か?」
俺は
「
「俺はあいつらの嫌われ役。『
歩きながらクロエに俺は語った。自分の身の上
俺がクルタナ号に乗り込んだのは七歳のころだ。荒みきった居住惑星にいた当時の俺は、何も聞かされないまま
女はいわゆる売女だった。相手は妻子ある男。なりわいでしくじり俺を産み、しかし捨てきれなかったらしく名前をつけ七年育てた。それでも食い
船は燃料や金属素材など
一年が過ぎ、三年が過ぎ……。そんな日々を繰り返し、一五歳になった俺はあいつらに捨てられた。食糧事情から見て口
どちらにせよ俺は大人という存在が大嫌いだ。ずるくて身勝手で、
俺の言葉をクロエは黙って聞いていた。あらかたしゃべり終えてしまい、まわりの静けさがことさら際立ってくる。だから、無理やりに尋ね返した。
「あんたこそどうなんだよ。いままで何をしてきたんだ」
質問にクロエは「うーん」と唸った。
「ほかの記憶は、ないよ。だって私は
「……ああ。だよな」
結局クロエには『一〇歳のときに見た売女』のことは言えず、『大人の女が嫌い』だとも伝えられなかった。いちおう『大人が嫌い』とは伝えたわけでそこには女性もはいるだろう。けど彼女が直接含まれるような言葉を、俺は言えなかった。
クロエに、ああいう感情を抱いていなかった。
もやもやするうちに、俺は地面ばかりを見ながら歩いている。生ぬるい風がふいに通りすぎた。
「ねえ、ユーリ」クロエが俺に話しかけた。
「きみに見せたいものがあるの。ちょっと寄っていかない」
クロエは急に、俺を行きとはちがう道へ連れていった。
……どういう風の吹きまわしだ。いきなりこんな
しばらく歩いたのちクロエは足をとめ、
俺の腕を引っぱった。
「はい! これを見て」
そこは、坂の――いや丘の頂上だった。
俺は一瞬で、光景に目を
「……これは、すごい」
丘から望むごみ惑星は、きっと誰が見ても絶景と答えるだろう。澄んだ空気のおかげで赤茶色の土は遠くまで鮮やか、はるか先の山脈を見ると、
美しかった。素直に抱いたこの感情はクロエにも伝わったようだ。
「ふふ、私の
「住人の君にはこの
クロエはそう言うと、遠景に目をうつした。純粋で、優しい表情に見えた。
――『ごみ惑星の
「クロエ、さっきの話で言い忘れていたよ。あの船で星をよく見ていた」
「……きのうの夜に言っていたこと?」
俺はうなずく。
「そう、星が好き。あの船の窓辺でよく
澄んだ空気を吸った。
「こんな星もあるんだな。来てよかったよ。こうして知ることができたから。あとは、……『星には
最後は半分冗談に言う。でもそれ以外は素直な気持ちだ。クロエは「ほんとに信じてる?」と不満げに、しかし冗談っぽく返した。
俺たち以外に誰もいないこの惑星は、思いのほか良いところかもしれない。
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――女性は少年にごみ惑星の景色を見せました。ごみしかない世界でも、世界は少年の目にはきらめいていました――
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