ムクチャカ村の村長-02(027)



 パトラッシュは塀の上から屋敷の中を覗き見る。先程の村長の家と同じくらいに広い庭があり、建物も相応に立派だ。ただし、そこにある植物は枯れているものが目立つ。


 家も手入れが行き届いているとは言い難く、窓や柱は砂埃で汚れていて、壁には蔦も走っていた。


「このお屋敷の住み心地は悪そうですね、やめておきましょう……」


 パトラッシュは貧しくても自分を大切にしてくれそうな者を選びたかった。そのため、庭に立ち寄ることなく目ぼしい家を探そうと歩き出した。


 その時、家の中からこの家の主らしき男が数人と共に出てきた。初老の男は少し寂しい髪の毛を流し、背広を着て、それなりに裕福なのか、もしくは権力があるような振る舞いだ。


 やや目立つ腹を掻きながら、周囲の者に何か文句を言っている。あまり品があるようには見えなかった。パトラッシュは興味本位でそちらの様子を伺う。


「次こそお願いしますよ、テトラさん! おじい様の代から、ウチはずっと御宅のお陰で登りつめたんですから」


「そうですよ、元村長! あなたが返り咲いてくれなければ、うちの商売は立ち行かないのです!」


「元村長という呼び方はやめろ! フン、外の村と裏で交渉し、役人にも賄賂を渡し、酒や薬の税金を低く抑えてやったこのマウス家を蔑ろにしよって」


 男は元村長だった。代々ずっと無投票で村長をしてきたが、それは確かに村の為と思っての事だった。


 しかし、その手法にはいささか問題もあった。


 作物が不作だと言って収穫量をごまかし脱税、税金が掛からないよう、酒を近隣の村から直接横流ししてもらった。国に診療所を建てさせるためには、病人が必要だ。わざと体に悪い肥料を農家に配り、村の地下水には少しずつ毒を流し続けた。


 暮らしぶりは良くなっているはずなのに、村民はどこか不満を抱えていた。村長に嫌われたなら居場所がなく、食べ物には困らないのに病気が蔓延。人口も減った。


 3代目になるともはや村は私物化され、悪事の目的も形骸化。村の為ではなく自身の権力の維持が全てになっていた。


 そこに現れたのが新しい村長だった。


 村民にとって、投票での選挙は初めての事だった。最初は何かが変わるのではないか、その程度だったかもしれない。


 だが、健康になった村民には金が掛からず、生産性は向上。他所への出荷も可能になった。それくらいは当然のことだが、それまでが悪かっただけに、新村長への評価は天に届く勢いで上昇した。


「真っ当に商売やってるだけじゃ、貧乏暇なしだ。おたくの村が裏ルートで買ってくれなきゃ、うちは儲からないどころか倒産ですよ」


「分かっている! あいつが、ジャビチュが村長になってから、水源を枯らし、肥料に毒も撒いた! 脱税の噂も流したし、他所からの流通も一時期は止まった! これ以上どうやれと!」


 村長が言っていた不幸な事件は、すべて元村長のせいだった。元村長だったテトラ・マウスは、村長のジャビチュを失脚させるため、ありとあらゆる手段を使った。


 だが生産性が上がり、真っ当に税金を納めたなら、税収は当然増える。それが村民の暮らしを圧迫するかと思えば、税収の大幅増で国からの印象も良くなり、今やジャビチュは国内でも注目される存在。


 村までの街道整備、診療所の建設など、嘆願にも耳を傾けて貰えるようになった。


 一方、悪い者達は稼ぎづらくなった。


「嘆いても仕方がない、今日も広場で演説をする。あいつを討論で負かせば、不甲斐なさに皆も失望するさ。後はあいつが築き上げたものの上に俺が座るだけでいい」


「その時は、また麻薬の使用許可を!」


「葉巻の使用許可も!」


「作り過ぎた酒を裏で流すルートも!」


「まかせておけ。あんたらも俺への支援の声を大きく上げろ。声なき多数より、声の大きな少数の方が目立つのだからな」


 パトラッシュはため息をつき、塀から恐る恐る駆け下りた。この村で暮らしていく事には不安しかない。ちょっと飲もうと思った水さえ、毒を心配しなければならない。


 けれど、次の町や村までたどり着けるか、パトラッシュはもう自信がなかった。寒い時期に、餌も獲れない幼い体で移動できるのか。それを考えると、この村で主探しをするしかない。


 どうせなら現村長側に付いた方がいい。そう思い、パトラッシュは元村長の後に続いて広場を目指した。





 * * * * * * * * *





「……という事で、わ、わたしは年を取っても自分の力で生き抜くための支援をしたいと思っております。国へ看護士、介護士、それに医者の要請をしまして、その予算は宿場機能の予算と、毎年使い切れない余剰金で……」


「待った待った! 年寄りに金を使うのか? 若い世代にこそ金が必要だ。若者を呼び込み、カジノを作り、どんどん金を落させる! ダイナ市や周辺で禁止となり始めた葉巻を、この村で許可すれば大勢が喜んで訪れる! 宿場なんぞ、人が来るか分からん」


「しかし治安の維持に不安もあるし、農業でせっかく健全な村の運営が出来るようになったというのに……」


「そうよ、うちのお爺ちゃんが日中1人でも安心できるなら、その分皆が働けるわ。それは若い世代への支援と一緒よ」


 村の広場では、互いの陣営の演説と討論会が始まっていた。


 と言っても、現村長の支持者が圧倒的に多く、元村長の支持者は殆どいない。ただ、話のインパクトは元村長に分があり、確かに財政は良くなりそうに思えた。


「今の村長も、裏で何をやっているか分からんぞ。恨まれたからこそ毒が撒かれたり、水源を潰されたのではないかね?」


「あなたがやったという噂もあるがね! 以前も、あんたが村長だった時に配っていた肥料に毒性があると、国の検査で指摘があっただろう!」


「あれは……あれは俺が騙されていたんだ! 安くて良い肥料を無料で配る! それで村に貢献しようと。ジャビチュ村長になって、急に良くなったというが、何か裏がないとそんな旨い話はない!」


 長年、代々村長をしていた事で、口は立つ。元村長は全ての話を村長の不正や自分が良かれと思ってやった事だと主張する。


 対して、元々自信がない現村長は弱気だ。これでよく村長に立候補したものだ。


「旨い話なら、テトラさんの話もそうです。カジノを作って、そのノウハウもない我々が儲けられますか」


「カジノを誘致すればいい。事業者に委託し、我々は税収と土地の使用料を貰う」


「それなら宿場と一緒じゃないかしら!」


「カジノなんてなあ。悪人や良くない薬が蔓延っていると噂されてるし」


「何が不満なんだ! 金が入れば皆が楽できる! その金で診療所も、老人介護もすりゃいい! この村に見どころがあるのか? ん? 泊ってまで何しに来るんだ」


 元村長は、言い返せない村人に対して、勝者の笑みを浮かべる。その姿勢が嫌われているのだが、気付いていないようだ。


「俺に従ってりゃ、みんな楽が出来るんだよ。さあジャビチュ村長、何か言いたい事はあるかね。なんなら、今からでも立候補を取り下げたらいい」


「わ、わたしは……」


 村長は、強気の元村長に対して強く言い返せない。それを黙って見ていなかったのは、やはり村民だった。


「まあ、何てこと! いいかしら、この村の魅力が何か、それも分からずに村を治めるなんて馬鹿な話よ! 葡萄園をオーナー制に、個人ブランドの葡萄酒を製造!」


「大きな町の住民は、わざわざ自然を体験しに田舎に出向くそうじゃないか。馬車で半日の距離という近さが、手軽に来れる動機になる!」


「私達は私達の手でこの村を守っていきたいわ!」

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