Die Blutige Lilie
遊月奈喩多
第1話 Millarca
「え……何してるの、メグ?」
思わず声を上げてしまったのは、目の前の光景が信じられなかったから。今まで見たことのない顔をしている彼女のことが、信じられそうになかったから。
町外れで、時間の流れから置き去りにされたように佇む礼拝堂の裏手。よく子猫が遊んでいるのを見に来ていた場所で、親友のマルグリット――メグが背の高い、どこかの貴婦人然とした人とキスをしていたのだ。
「んっ、ぁ、はっ――、もっとほしいです、ミラーカさん触って、もっと……」
熱に浮かされたような瞳で彼女を見上げながら、口の端から垂れる涎も気にすることなく、普段の挨拶代わりの信愛を込めたものとは違う、ドロドロに煮えたぎるような独占欲を秘めた、頬を染めながら続けられるキス。
見ているだけで私の顔まで熱くなるような、扇情的で、舌の絡まり合う様なんて、まるで恋人同士の営みみたいだ。普段の明るくて無邪気なメグからは想像もできない、淫らで愛情に飢えたようなその姿が、あまりにも衝撃的で……。
メグはそんな私に気付くことなんてなかったけど、ミラーカと呼ばれている女性が、メグのお腹の下あたりをまさぐる手を止めることなんて一切なく、私を横目で見つめてきたのだ。
その青い瞳に縫い止められたように動けない私を笑うように口元を釣り上げながら、彼女は声に出さず口だけ動かした――。
――貴女も、こっちに来る?
そう言われた気がして、それがなんだか無性に恐ろしく感じて。
「――――っ!」
思わず走り出していた。
石畳の道をただ駆け戻る――お使いの途中で寄り道なんてしたから罰が当たったのかもしれないと思いながら、メグの姿を忘れようと
緋色から濃紺に移り往こうとしている空が、ひたすらに目に焼き付いて仕方なかった。
* * * * * * *
美しい月明かりが優しく世界を照らす夜、その光の下で多くのものが眠りに誘われていくはずの時間にも、私は眠れずにいた。
もう電気も消して、ベッドに潜って、リラックスしようとしているはずなのに、どうしても眠気が訪れない――どうしても夕方に見た光景が、頭を離れない。
「……メグ、」
いつも無邪気で、年齢にしては子どもみたいで、純粋で、どちらかというと世間知らずで、だからこそ怖いもの知らずで、どこか危なっかしくて、危ないことがあって私が
そんな彼女のことで、知らないことなんてないと思っていたのに。
『ミラーカさん触って、もっと……』
見たことない顔して、聞いたことない台詞言って、私もされたことないようなキスをして……きっと誰も触れてこなかったところまで許して。
いつの間にそんなことになってたの……しかも女同士で?
思わず、目に焼き付いてしまったメグの姿を思い返してしまう。どんな風に触られていたっけ、どんな風に、そのミラーカさんを求めていたっけ?
「……、はっ、」
彼女がしていたように、舌を突き出してみる。もちろん、そんなことしたって舌を絡める相手もいない――けど、なんとなくメグの仕草を真似ていたら、少しはこの気持ちも紛れるような気がした。
「う、へぁ、ぁ、はっ、」
どこを触られていたのだろう? 脚をガクガクと震わせて、あんなに声を漏らして、いったい……どこ? 太腿を触っても、腰に指を這わせてみても、あんな風にはなりそうになかった。メグとミラーカさんの間で交わされていたものには遠く及んでいなさそうで。
――だから、身体の奥から響く声に従って。
そっと、そこに触れる。
くちゅっ、
「――――――っ、」
濡れた音がして、全身に痺れるような感覚が広がる。痛いような、くすぐったいような……訳もわからず叫びだしたくなるような甘い
頭に電流が走って、どんどん真っ白になって、世界が曖昧になっていくのを感じる――それでも、もう止められなかった。
「……、ふ、んぅ、っ――――」
そうしていないと声が漏れてしまいそうで、空いた左手で口を塞ぐ。こんなことよくないと思うのに、やめなきゃって思うのに、どうしても指が止められなくて、メグの蕩けた顔が頭を離れなくて――――
「アッ――――!!」
やがて、全身を襲う強い震えと、爆発するような心地よさと、それと入れ替わりにやってくる大きな虚脱感とに包まれながら、私はようやく身体から指を引き抜いた。
どうしてだろう、今まで全然そんなことなかったのに。メグのあの顔を見た瞬間から、何かが変わってしまった。濡れそぼった自分の指を見つめながら、思わずにいられないのだ。
……メグもこんな風になるのかな、って。
なら、それを私の目の前で見たいな、なんて。
「なに考えてるんだろ、私……」
メグは女の子だし、何より小さい頃からずっと一緒にいた親友だ。そんな子を相手に、どうしてこんな気持ちになるんだろう。……どうかしてる、本当に。
もう、寝なきゃ。
目を瞑って、今度こそ眠ろうとしたとき。
「あら、そんな疼いたままで本当に眠れるの?」
部屋の中から突然、艶のある女の人の声がした。思わず起き上がって声のした方を見ると、そこには。
「え、な、なんで……?」
「こんばんは、アンネ。月の綺麗な夜ね」
月の光を背負うようにして、カーテンの内側に立つミラーカさんの姿があった。明かりをつけなくてもはっきりとそうだとわかってしまうほどに特徴的な色香、そしてずっと焦がれていた恋人との再会を喜ぶかのような声に、私はまた、縫い止められたように動けなくなってしまう。
衣擦れの音がして、彼女の
そして私の前に立つ頃には、もうその下着すらも脱いで、生まれたままの姿になっていて――すごく綺麗な身体をしていると思うしかなかった。
月の光を浴びて蒼白く輝く身体はどこかの美術館にでも飾られていそうな彫刻を思わせるスタイルをしていて、漂う香りは薔薇みたいに艶やかで、少しずつ私の中の何かが溶かされていくようで。
「可愛い子ね、アンネ」
「い、や……、やだ、だめ、」
逆らえなくなる、逃げられなくなる。
ミラーカさんの青い瞳が、怯える私を捕らえて離さない。ゆっくり伸ばされた手が、背中に回ってきて。
「貴女のような子を見ると、我慢できなくなるの。アンネ、貴女のすべてを、私にちょうだい?」
首筋に這わされた舌先から広がる何かに震えながら、私はどうしてか、メグに何かを謝っていた……。
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