時の預かり屋さん

カシャッ

軽い音と共にフラッシュが一瞬僕の視界を奪う。

そしてフィルムは僕の見えなかった世界を補完するように景色をその身に焼き付ける。

ポラロイドカメラから出てきた写真には満足気にピースする男の子が映っている。

グリーンの袖から覗く真っ白な腕が僕の目にはさっきのフラッシュよりも眩しかった。

僕は写真を丁寧に仕舞うと、病室を去った。

さよなら少年──

僕のことは忘れているだろうけど。

もう知りではない少年へ僕は小さく手を振った。


写真を撮った夜、僕は決まって友人に会いにいく。

ちゃんとできてるかの確認のためにね。

友人の店は表通りから少し横道に逸れたところにある。こんな目立たないところにあって商売なんてできるのかと思うが案外繁盛しているらしい。まあ競合相手もいないしね。

僕はドアを三度ノックすると友人は文庫本片手にやってきた。ただそれは態度が悪いわけではなく僕が来ていると知っているからこういった出迎えになっているだけだ。多分。

友人は「よう」とだけ小さく言った。

それに僕は「やあ」とだけ答える。ただそれだけの挨拶。でもこれがいつも通り、二十年以上繰り返してきた一種のルーティンのようなものだ。

僕はルーティンが終わると写真を友人に渡す。

友人はそれを一瞥すると、

「この子は、元気なのか」

と言った。

僕は一言、

「元気だったよ」

とだけ答えた。

「そうか」

友人は独り言のようにつぶやくと、それ以上何も言わず奥の仕事場へと消えた。

僕は行かない、僕は人の仕事をジロジロと見る趣味はないからね。


周りの本棚にある本を読んでいるうちに友人の仕事終わったようだ。

彼はさっきの写真ともう一枚同じ写真を持ってきた。

「今回も大丈夫だったぞ」

そう言って友人は僕に写真を手渡した。現像したてなのか二枚のうち一枚はまだ温かかった。

「ありがとう。今回もバッチリな仕事っぷりだよ」

僕が労うと表情こそ変わらないがどこか嬉しそうだ。

長い間関わってきた僕には伝わってくる。多分。

僕は彼と世間話をしたいんだけど彼はそういうのは好きじゃない。

僕はそうだと知っているから、仕事が終わるとじゃあなと言って店のドアを開く。そうすると彼はいつものように、ぶっきらぼうな調子で手を振ってくれた。それに合わせて僕もヒラヒラと手を振り返した。


ここまで来たなら仕事はほとんど終わり。

依頼主が指定した通り僕は少年の家に『記憶入り』と書いた写真を届けた。

カタンと音を立てて写真はポストの中へ吸い込まれた。

これで僕の仕事は終わり。僕は丸まった背中を伸ばすようにグッと背伸びをした。


僕は疲れた身体で家に帰ってきた。

本当はふぅー、疲れたー、ってベッドに飛び込みたい気分だったけど、その前に本棚にあるアルバムを取り出した。

アルバムを開いた。中に写真が沢山入っている。

被写体は性別年齢職業バラバラ。だけど共通して笑顔だった。

これは全部僕が撮った写真だ。彼らとはもう知り合いじゃないんだけど。

僕のポラロイドカメラはフィルムに被写体の記憶が焼き付く。それを使って僕は仕事をしている。

僕の仕事の依頼主は死期が近い人。

焼き付いた記憶は見た人に伝わって、依頼主はそれを遺族に残すために写真を撮る。

ポラロイドカメラで記憶を焼き付ける代償はたった一つだけ。しかも依頼主には全くの無害ときたもんだから僕としては大助かりな道具だ。

それは写真を撮った人の記憶を奪っていくこと。だから彼らは僕のことを知らない。

でも僕は幸せさ。彼らの願いが届くんだから。

僕は少年の写真をアルバムに入れた。

そしてそっと閉じた。

僕は立ち上がって本棚にアルバムをしまった。本棚の上に飾ってある写真立てに目線を向けた。

記憶が伝わってくる。幸せな記憶だ。

写っているのは僕。小さい頃の僕。

撮ってくれたのはこのカメラを前に持っていた人らしい。僕は覚えてないんだけど。

その人は病気だった僕にこの写真とカメラを渡して消えた。

もうその人の記憶はないんだけど、写真に写っている僕は嬉しいような照れくさいような笑みを浮かべてピースしている。その人のことがすごく好きだったんだ。多分。

僕は親指で写真立てを撫でた。

おやすみ、僕。

おやすみ、知りだったあなた。

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