第48回 リベンジに向けて

 まず手始めに、2020年12月に刊行予定の水滸展2(水滸伝ファンによる同人発表会)記念アンソロジーに寄稿する原稿を仕上げる必要があった。

 特に仕事で書くものも無かった私だが、唯一、これだけは締切のある執筆活動だった。ゆえに、心折れて活動できていない状態であったのは、非常に危うかったのであるが、何とかデッドラインに達する前に回復することが出来た。


 とりあえず無理なく書ける内容として、水滸伝で一番好きなキャラ浪子燕青が老いてからのストーリーを短編で書いてみた。

 思った以上に、スムーズに、サラサラと書くことが出来た。


「なんだ、書けるんじゃん、自分」


 こうして、期限間近にはなっていたが、なんとか記念アンソロジー用の原稿を提出することが出来た。


 筆のノリを感じた私は、続けて、逢巳花堂名義ではなく、もう一つ別の裏の名義で試しに活動してみた。

 自由な気分だった。何も背負わず、何も気負わず、ただ書きたいように書いていく。そうしていくことで、次第に心のしこりが取れていった。


 心が軽くなると、次に、ちゃんと逢巳花堂としての活動を再開したくなってきた。


 では、活動再開に当たって、何を書くべきか。どこで書くべきか。

 どこで、に関しては、カクヨムやアルファポリスといった、投稿サイトを視野に入れていた。批評を恐れてはいけない。多くの人達の目に触れる場所で、戦う必要がある。

 では、何を書くか。

 やはりもう一度水滸伝でリベンジを図りたい、という気持ちがあった。『天破夢幻のヴァルキュリア』で書きたかったけれど書き切れなかった世界観を、もう一度、と思っていた。


 じゃあ、具体的にどうするか、であった。

 正直、『天破夢幻のヴァルキュリア』の続きを書きたい、という想いがあった。本当はかなり後に登場させる予定であった混江龍李俊を主人公に書いてみようかと思った。その前提で、何度かお世話になっているイラストレーターの天城しのさんに表紙絵を依頼し、構想を練っていたのだが、しかし、単純に『天破夢幻のヴァルキュリア』の続編でいいのだろうか、という気持ちもあった。

 出版契約的な問題もあった。タイトルはもちろん変えるものの、そっくりそのままの世界で書くのは問題があるんじゃなかろうか、とも思えた。担当編集に確認して、問題なし、のお墨付きをもらえたらいいのかもしれなかったが、今さらそんなことを尋ねるのもはばかられた。


 ならば、パラレルワールドとして書くのはどうだろうか。

 それならば、違う作品として堂々と世に出すことが出来る。


 タイトルはシンプルに、水滸伝の文字を一部入れて、『水滸ストレンジア』にしよう、と思った。


 大変なのは百八人の登場人物を考えることだった。『天破夢幻のヴァルキュリア』の百八人は、原典となる水滸伝の百八星の女体化であるので、オリジナルをベースにアレンジを加えれば良かったから、それほど苦労はしなかった。

 だけど、『水滸ストレンジア』では、一からキャラクターを百八人考える必要があった。


 主人公についてはもう決まっていた。水滸伝の混江龍李俊に対応するキャラとして、女海賊のラクシュミーにした。ラクシュミーの名前は、インドの女英雄ラクシュミー・バーイーから取ってきた。そのコンセプトで、他のキャラもなるべく歴史上の女英雄や女神といったところから名前を取ってくるようにした。

 ラクシュミーと敵対する他の女海賊には、カーリーやドゥルガーといったインドの女神の名前を当てた。ラクシュミーの妹分であるカイラ等は、ヒンドゥー語を調べてキャライメージに合った単語を引っ張ってきた。

 そういう調子で、少しずつ百八人を作っていった。


 何ヶ月もかけて、地道に、コツコツと……。


 その内、目処が出来てきた。いつごろ『水滸ストレンジア』を世に出すか。

 年が明けてから2021年2月、そこで投稿サイトに公開を始めよう。そう思っていた。

 更新ペースは毎日。一話千文字くらいで、とにかくひたすら書き続ける。


(ああ……早く書きたい……!)


 私はウズウズしていた。久しぶりに、小説を書くことに楽しみを見出していた。


 ※ ※ ※


 そんなある日の夜。


 一本の電話がかかってきた。


 姉からだった。


 日曜日の夜八時という時間帯。一体、何の用だろう、と思って出ると、緊迫した様子の姉の声が聞こえてきた。


『お母さんが突然倒れて……高いびきをかいて……意識が無いの……! いま、救急車の中……!』


 ちょうど私は拳法のZOOM会議に参加しているところだったが、それどころではなかった。進行役の先生に連絡し、会議を抜け出した私は、急いでマンションの駐車場に向かった。


 車を出す際に、家の鍵や駐車場の鍵を落としてしまったが、私はまったく気が付いていなかった。

 それくらい、動揺していた。


 突然のことですっかりパニックになっていた。


 ちょうど一週間前に、実家を訪れて、母に会っていた。その時は、普通に元気な様子だった。特に病院の検査でも悪いところは発見されていなかったのに、なぜ急に倒れたのか、理由がわからなかった。


 無事でいてほしい。その一心で、母が運び込まれた病院へと向かった。

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