第52話 何事もそれなりの勇気がいるのだよ。


 期末テストも終わり、冬休みまであと僅かの日々を送っていた。中間では落ち込んでいた成績も無事に挽回し、私は落ち着いた日常を取り戻せていた。

 この学校に来てから毎日本当に忙しくて、この穏やかな日常が本当に貴重で愛おしいと実感したよ……


「なぁ、隆一郎と藤は両片思いなんだろ? なんで付き合わねぇの?」

「んグッ…!」

「藤ちゃん! 大丈夫? お水飲んで!」


 今日は沙羅ちゃんとともに食堂で昼食をとっていた。そこへ戌井がやって来て相席したまではいいが、戌井は平然と爆弾を投げつけてきたのだ。

 それには私も食べていたたくあんを飲み込んでしまい、窒息しかけたのであるが、戌井は悪気なく爆弾を再投下してきた。

 

「充希の奴が言ってたんだよ。お前らはお互いを少なからずとも想い合っていて、甘酸っぱい時期なんだって」


 なのになんで付き合わないんだ? と戌井は無邪気に問いかけてきた。

 いや、そんなこと……本人を前にして言うなよ…!

 想い合っているとか……少なからずとも彼も私のこと意識してくれているのはわかっているけど、その……


「クラスとか気にしてんの? それとも幼なじみの女が…」

「そんなことはないよ。めぐみちゃんはもう何もしないって謝罪してくれたからそれはない」


 隆一郎君が高嶺の花のエリートクラスだってわかっているけど、それで諦めるという考えは持ってない。一番のハードルであるめぐみちゃんだって心入れ替えてくれた。


「…そういうことは順序ってものがあるし……」


 相手に気持ちを伝えるのってやっぱり勇気がいるし、もしかしたらフラれる可能性だってある。隆一郎君が優しいだけで、別にいい感じでもなんでもない可能性だってあるんだ。


「ふーん。好きか嫌いかシンプルな問題じゃねぇのな」


 戌井はそう呟くと、興味をなくしたかのように目の前のご飯をかっ喰らっていた。本当に興味本位だったみたいだ。

 戌井の言う通りシンプルな問題なのだろうが、もしもの可能性だって考えられないこともない。

 …恋というのは人を臆病にしてしまうものなのである。



■□■



「今年のクリスマスは彼の部屋にお泊りするんだー」

「えぇっそんなことしてもいいの!?」

「へーきよ。同室の子にアリバイ工作してもらうから」


 隣のクラスの女子がそんな会話しているのが漏れ聞こえてきた。彼女は大学生の彼氏がいるそうで、一人暮らししている彼の部屋にクリスマスはお泊まりに行くそうだが……大っぴらに話さないほうがいいじゃないだろうか…こんな学校のど真ん中でしゃべって先生に聞きつけられても知らないぞ。

 しかし高1で彼氏のお宅にお泊りとは……はしたない。親が側にいないからその辺ゆるくなってしまうのであろうか。


「ねぇ、君」

「…え?」


 おしゃべりする女子たちの横を静かに通り過ぎていた私を呼び止める声。パッと後ろを向くと、ネクタイの色が異なる上級生男子の姿だ。ネクタイに白のラインが入っていないので、普通クラスの人である。整髪料で髪がつやつやしている。ファッション雑誌を読んで外の流行でも追いかけているのだろうが、ぶっちゃけそのヘアスタイル、学校の制服と合ってないけど…


「君、1年の編入生の子だよね。彼氏いるの?」

「えっ……? いません、けど…」


 唐突な質問に面食らいながら、私は正直に答えた。そもそも誰なんだあなたは。出会い頭に彼氏の有無を聞くとか…ナンパ…?

 私が警戒していることに気づいていないのか、目の前の男はニコニコ笑ってこっちに接近してきた。なので私は後退りして距離を取る。


「なら俺とかどう? 前々からいいなぁって思っていたんだ」

「えぇ…」


 喋ったことないのにぃ? そんな、誰でもいいからクリスマス前に彼女が欲しいってやつじゃないんですか? たまたま目についた私に声かけたんでしょ…


「クリスマスとか暇? この街のことあんま知らないでしょ。面白いところに連れて行ってあげるよ」


 押しが強いな。

 だが私は元カレで懲りているのだ。彼氏が欲しいという単純な理由だけで彼氏を作るのはやめたほうがいいと。当時の友人らは好きじゃなくても付き合っていくうちに情が湧くと言っていたが、私にはその付き合い方が合わなかったのだ。情が湧く前に体を求められるのがオチじゃないか。拒否したら脅迫まがいのことしてくるしさ…。もうそういうの嫌なんだよ。

 申し訳ないが、性欲を満たしたいならよそを当たって欲しい。


「あの、」

「彼女になにかご用ですか?」


 私がお断りの言葉を返そうとしたら、それを遮るかのように誰かが口を挟んできた。私の肩に手をかけられて後ろに引っ張られると、誰かの後ろ姿が視界に映る。どうやら庇われたようである。

 

「…申し訳ありませんが、彼女は僕と出かける予定なので」

「あ…そうなんだ…?」


 彼の声はいつもの穏やかな声ではなく、どこか硬く、警戒が滲んだ声だった。どこからともなく現れた隆一郎君が私を助けてくれたのだ。上級生は隆一郎君の言葉にあっさり諦め、速歩きでどこかへと去っていった。

 ……あれ? 私、隆一郎君と出かける約束したっけ? ……あ、したわ。テストが終わった後、映画に行こうって約束してたな!


「…藤ちゃん、今の人…」


 上級生が遠ざかったのを確認した隆一郎君がくるりと振り返ったので、私は彼の手を掴んだ。ビクリと隆一郎君の手が震えたが、私は構わずぎゅうと握りしめる。なんか質問された気がするけど、私はそれをスルーして別のことを考えていた。

 ──これはチャンスだ。映画を観に行くという口実の元デートするのだ! それで私と彼の距離は更に近づく…。進展を狙うのである!


「クリスマスに映画観に行こう! 旧作リクエストは間に合わないかもしれないけど、別の映画でもいいや!」

「え…」


 私のお誘いに隆一郎君は目を丸くして固まっていたが、それは一瞬のことだ。彼の口元がフニャと緩んで、くすぐったそうに笑顔を浮かべると「うん」と頷いてくれたのだった。

 私は彼に見えない位置でグッと拳を握りしめた。

 よっしゃあ! デートの約束取り付けてやったぞ!



 そんなわけで私は見事デートの約束を取り付けた私はデート1週間前から準備に大忙しであった。

 洋服はここに来る前に外で購入したものを持ってきているので大丈夫だ。この中で可愛いものを組み合わせて行けばいい。化粧品もある。彼はどういう系統が好きだろうか。あまりがっつりメイクしたら引かれるだろうか…?


 姿見前でこれも違うあれも違うと合わせていると、なにがなんだかわからなくなってしまった。


「どれも可愛いと思うよ?」

「うーん…」


 あまりにも私が悩んでいるように見えたようで、アニマルパラダイスの住民たちと戯れていた小鳥遊さんがそう声を掛けてきた。そのお蔭で少し冷静になった私は千鳥格子柄のワンピースを選んだ。これに差し色になるタイツを合わせたらいいだろう。


「当日はどこに行くの?」

「映画館に行くと決めてるけど、他には特に決めてないなぁ」

「集合時間は何時? ご飯は食べていくの?」

「うん? えぇと…10時集合だから、お昼ごはんはどこかで食べるかもね…?」


 なんだ、急にどうした小鳥遊さん。

 普段そんなに質問攻めにしてこないのにそんなに興味津々になられると戸惑っちゃうよ。


「あのね、日が暮れる頃になるとね、中心街でクリスマスイルミネーションが点灯されるの。とても綺麗なのよ、2人で見に行くといいと思う!」

「う、うん…ありがとう…」


 小鳥遊さんから食い気味におすすめスポットを紹介され、私は引き気味に頷いた。門限もあるし、何時まで一緒にいられるかわからないけど、見られるようだったら隆一郎君を誘って見に行こうかな。


 小鳥遊さんはらしくもなく、ふんっと鼻を鳴らすと、「ちょっと売店にお菓子買いに行ってくるね」と言って部屋を出ていったはいいが、その30分後に何も持たずに戻ってきたのであった。


 ……空腹に耐えかねて売店前で食べてしまったのかな? 腹ペコキャラは小鳥遊さんらしくないけど。

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