第39話 私は沙羅ちゃんが大好きだ!!(友情)


 私もついこの間彼女から嫌いと言われたばかりだけど、この子思ったことを口にしすぎじゃないか…? 素直なのはいいけど、限度があるでしょ。

 この言葉に沙羅ちゃんが傷ついてしまうんじゃないかと、私は変な汗をかきはじめた。


「…私も、男の人に甘えてわがままばかりのあなたが嫌いよ」


 しかし予想に反して、沙羅ちゃんはにっこり笑って言い返した。

 私は呆然とした。沙羅ちゃんが、あの沙羅ちゃんがはっきり人を嫌いと発言するとは思わなかったのだ。最悪泣いてしまうんじゃと思ったのに、彼女は笑顔でハッキリ言い返したのだ。


「彼女でもないくせに束縛して、周りの女の子に牽制して、近づく人間全員に睨みを効かせて……何がしたいの?……日色先輩の足かせになってるのはどっちなのかな?」


 沙羅ちゃんってそんなはっきり言う子でしたっけ……お姉さんびっくりしすぎて言葉が出てこないよ。


「な、あんたには関係ないでしょ!?」


 ムキになって反発してきためぐみちゃんの怒鳴り声に怯むことなく、沙羅ちゃんは冷静に返した。


「それはごめんなさい。だけどあなたも口が過ぎるのよ。藤ちゃんに謝って」

「嫌よ!」


 沙羅ちゃんがめぐみちゃんに謝罪を求めていたが、彼女は突っぱねている。収拾つかなくなってきたのでこの状況を止めるべく沙羅ちゃんの手を引っ張ると、沙羅ちゃんはその手を握り返してきた。

 …私を庇ってくれるのは嬉しいけど、沙羅ちゃん達はクラスメイトだ。私のことで仲が悪くなって、沙羅ちゃんの立場が悪くなったら申し訳ないから、もういいよ……

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

 

「…めぐみ」


 引き寄せられるような不思議なその声。反応したのは私よりもめぐみちゃんのほうが早かった。

 彼は表情をなくしてこちらを静かに見つめていた。落胆、悲しみ、動揺……彼の表情には色んな感情がごちゃまぜになっている気がした。


「隆ちゃん!」

 

 いつの間にか後ろにいた日色君を見た彼女は涙目で抱きついていた。

 それを見た私は胸焼けしたようにモヤッとしたので胸を擦った。…さっき食べたアジフライのせいだろうか。


「隆ちゃん、今の聞いた? いくら巫女姫って言ったってひどいよね!」


 めぐみちゃんは日色君に泣きつき、あたかも沙羅ちゃんが悪いみたいな言い方をしていた。それには沙羅ちゃんも半眼になって呆れた顔をしている。

 もしも日色君が幼馴染可愛さにあちらを庇うなら、いくら友達といえど容赦しない。その時は徹底抗戦で行くしかないかなと覚悟していたが、それは全くの杞憂。日色君は冷静だった。


「…全体的にめぐみが悪い。…二人に謝るんだ」

「どうしてこんな人庇うの!? 隆ちゃんこの間からおかしい!」


 日色君に窘められたのがショックだったのだろう。めぐみちゃんは納得できないようでキャンキャン騒ぎ始めた。


「事の始まりはめぐみが大武さんに訳のわからない絡み方をしたのが原因だろ? 水月さんはそれを庇っただけ。更に火をつけたのはめぐみの発言が原因だ。自分の発言に責任を持つようにと、前に教えただろう?」


 日色君がイチから順にわかりやすく説明しながら言い聞かせているが、めぐみちゃんは聞く耳持たない。めぐみちゃんは幼子のように駄々をこねて日色君に八つ当たりしている。


「私悪くない! あの女がいけないのよ、ヘラヘラしながら隆ちゃんに近づいて……」

「その言い方をやめるんだ。大武さんは悪いことを何もしていないだろう。人を傷つけることを言うんじゃない」


 普通にしてるつもりなんだけどなぁ……日色君とは仲がいいつもりだけど、すごくベタベタ距離なしにしているつもりはないし……どっちかといえば私と沙羅ちゃんのほうが、距離が近いと思う…変な意味じゃなくて物理的な意味でね。

 顔を真っ赤にして喚いているめぐみちゃんを観察していると、ぱっちり目が合った。日色君に縋るような目を向けていた彼女の視線は私に対しては鋭くなる。


「あんたもなんとか言ったらどうなのよ! 隆ちゃんとは友達とか言って、違う目で見てるんでしょ!」

「……え?」


 突然飛んできた言葉に理解が追いつかなかった。私が日色君に視線を向けると、彼と目が合う。日色君はなんだか緊張した様子でぎくりと肩を揺らしていた。気のせいかもしれないけど。

 私は今までのことを思い出した。最初から彼には助けてもらいっぱなしだ。友人って対等なはずなのに、私は彼に甘えてばかりだ。面倒事にも付き合ってくれて、本当に彼は優しい人である。


 めぐみちゃんの視線が突き刺さる。急かされている気がして焦ってきたぞ。

 友達以外の違う目というと…なんだろうか。しばし考えた末に一つの可能性に辿り着いた。


「……親友…ってこと?」


 親友、いい響きだよね。私がペカーッと閃いた笑顔を向けると、めぐみちゃんの顔はピキッとひきつっていた。


「あんた馬鹿じゃないの!?」


 気に入らない答えだったのか、めぐみちゃんに罵倒されてしまった。なぜだ。




 その後めぐみちゃんは日色君からお叱りを受けていた。その顔は不満そうで、不貞腐れているようにも見える。

 めぐみちゃんのことは彼に丸投げすることにした。突然の修羅場で悪目立ちしていた私は肩を落として食器を返却口に返しに行く。


「沙羅ちゃん…巻きこんでごめんね」


 まさかこんな大事になるとは思わなかった。

 だって噂を否定しても否定しても収まる雰囲気がなかったからさ。時間が経過して風化するのを待とうと思ったらこのザマなんだもの。

 それに対して沙羅ちゃんは首を横に振って苦笑いしていた。


「ううん、いいの」


 自分もカッとなって言い返したから、藤ちゃんのせいだとは思ってないと言う沙羅ちゃん。

 だけどクラスメイトといがみ合うことになるかもしれないのに…同じクラスで授業を受ける時気まずくないかと尋ねると、沙羅ちゃんは悲しそうに微笑んだ。


「…悲しいけど、好かれてないのは知ってたから」


 私がここに来るまで沙羅ちゃんは本当に一人ぼっちだった。原因が希少な命の水を作り出す能力と、あのタコ助元校長・過激な沙羅ちゃんファンのせいだとはいえ、彼女は特別扱いを受けてきた。

 だから平気だと彼女は笑うけど、私はそんな彼女が痛々しく見えて仕方なかった。

 沙羅ちゃんの手をパシッと掴むと、私は彼女を見つめて言った。


「私は沙羅ちゃんが大好きだよ!」


 それに沙羅ちゃんと仲良くしたいけど、勇気が出ないって人もいるはずだ。全員に好かれるというのは難しいかもしれないけど、少なくとも私は沙羅ちゃんが大好きだ。それだけは理解してくれ。

 私の告白に目を丸くしていた沙羅ちゃんは照れくさそうに微笑むと、私の手を握り返してくれた。


「私も藤ちゃんが大好きよ」


 笑顔を浮かべる沙羅ちゃん。

 彼女が笑ってくれたことが嬉しくて、私はヘラヘラ笑い返した。

 沙羅ちゃんは素敵な子だ。邪魔する人間が居なくなった今、彼女と親しくなりたいって人が寄ってきてどんどん友達が増えていくに違いない。きっとそうだ。間違いない。

 そしたら沙羅ちゃんが大好きという人間も増えて、沙羅ちゃんが孤独に苦しむことはなくなると思うのだ!


「…おーい藤っちー。百合劇場に多くの観客が注目してるぞーい」

「えっ」


 S組の澤口さんに横から声を掛けられた私はぎょっとした。食堂の食器返却口の周りには人だかりが出来ていて、彼らは私達に注目していた。

 

「ちっ違うんだ! 私達は純粋な友情を確かめあっていただけで!」

「うんうん、仲良きことは美しきかな」


 澤口さんはニコニコ笑いながら食器を返却する。

 そして周りにいた生徒はこちらを見てヒソヒソする。その探るような目は私と沙羅ちゃんの繋がれた手に注がれていた。

 ……私と沙羅ちゃんにレズ疑惑が浮上した瞬間であった。



■□■



 校内でもだけど、食堂でも好奇の目にさらされている私と沙羅ちゃんは人目を忍ぶように会うようになった。

 深い意味はない。誤解が誤解を呼び、私達が百合ップルと疑う人々の視線から逃れたかったのである。友人同士で好きって言い合うことくらいあるでしょうが。なんなのよ全く。



 食パン生活に戻った私はパンをちぎりながら鳥たちに与えた。鳥たちはそれをついばみ、もっとパンよこせと視線で急かしてくる。

 私はそんな鳥たちを眺めながら深いため息をつく。


「ごめんよ沙羅ちゃん…まさかこんな変な噂が流れることになるとは…」


 移動教室のたびに「百合の片割れの…」と噂され、私は肩身狭い思いをしていた。編入当初の居心地の悪さが再来したかと思ったよ!

 私の謝罪に沙羅ちゃんは苦笑いしていた。


「大丈夫、気にしてないわ。それにこうして鳥さんと触れ合う時間も好きだから」


 ……天使やん。沙羅ちゃんの笑顔に私の心は浄化されました。シュワァァー…


「それにしても周りって勝手よね。人のイメージ作り上げて、そのイメージで見てくるのだもの」

「ほんとにね……」


 経験者が語るとすごい重みのある言葉である。遠巻きにされるのは慣れているし、失望されて困る人はそこまで多くないから平気と言う沙羅ちゃん。…根っこの部分がたくましい子なのかもしれないな。


 私と沙羅ちゃんは鳥にパンくずを与えながら、しばしの心の平穏を取り戻していたのであった。


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