第29話 私は沙羅ちゃんをいじめる奴、絶対に許さないウーマン!


 医務室に到着したはいいが、沙羅ちゃんはもう既に意識を失っていた。

 医務室の先生に補助されながら、背中からベッドの上に下ろした時、沙羅ちゃんは綿の入った人形のようにくたりと倒れ込んだ。青ざめた沙羅ちゃんからは生気を感じられず、私は恐ろしくなってしまった。

 沙羅ちゃんの体温や脈拍を測っていた先生は眉をひそめて深刻な表情を浮かべた。


「…病院に連れて行くから、ここは先生に任せてあなたは教室に戻りなさい」

「でも…」

「水月さんに今必要なのはお医者さん。あなたはあなたのすべきことをしなさい」


 そう言い聞かせられたら頷くほかない。

 私が沙羅ちゃんのそばにいても彼女が元気になることはないのだ。……悔しい。なぜ沙羅ちゃんかこんな目に。

 医務室の先生はバタバタと電話したり支度したり忙しそうにしていた。私は後ろ髪ひかれる思いで医務室を出る。

 ベッドに横たわる沙羅ちゃんは本当に息をしているのか、それがここからじゃ確認できなくて私は自分の無力さに腹を立てた。


 私は気づいていた。

 彼女が校長の命令で命の水を出しているってこと。彼女が暗い表情をしているのはそれが理由なんだろうってわかっていた。

 だけどそれを他の人に任せてのうのうと過ごしていた。私は見て見ぬ振りをしていた。私だって加害者も同然なのだ。

 ぐっと拳を握りしめ、打ち震えた。

 自分は最低だ。友達とか言いながら、その友達の危機を見て見ぬ振りしようとした役立たずの臆病者。

 こんな自分が沙羅ちゃんの友達だなんて烏滸がましいにもほどがある…!


 もっと早く沙羅ちゃんに問い詰めたら良かった。

 嫌われるの覚悟で突っ込んでいけば、今とは状況も変わっていたかもしれないのに…!


「ピッ!」

「いたっ」


 ぐさり、と頭頂部を突き刺す鋭い痛みに私は声を漏らす。私を叱咤するかのように頭頂部を刺してきたのはピッピだ。ピッピは何かを訴えようと私の頭をグサグサ突き刺してくるではないか。

 …まるで「今はこんなことしている場合じゃないだろ」って怒られているみたいだ。目元がジンと熱くなったが、私は手で目をこすった。


 そうだ、今は自分を責めて嘆いている場合ではないのだ。後悔しても現状は変わらない。

 これからの状況を打破する手段を考えねば。


 ……沙羅ちゃんが、殺されてしまう。

 

 この閉鎖された空間だ。適当に理由をつけて死んだと言えば闇に葬り去られることだろう。

 沙羅ちゃんは学校内で孤立しているんだ。みんな疑問に思いながらも、原因追求には至らないのじゃないか?

 周りにいるのは無力な学生ばかり。権力者や教師に敵うわけがない。学生側は色々と不利なのだ。


 私は考えた。

 どうしたらいい? 私になにが出来る? って。

 一瞬日色君の顔が浮かんだが、これ以上彼を巻き込むのは申し訳ない。それに私はいま動かなきゃと思うんだ。彼に相談している時間すらないと感じていた。時は一刻を争う。

 沙羅ちゃんをすぐに救わねば。

 ならば、私がすることは……


 医務室を出た私は高等部に引き返していたその足をぐるりと方向転換させた。

 すぅっと大きく息を吸うと、頭に止まっているピッピに声をかける。


「……ピッピ、今からあのハゲオヤジに殴り込みに行くけど、あんたもついてく?」


 人間同士の争いごとにピッピを巻き込むのはあれだなと思って確認してみた。私とピッピは意思疎通できないから言ったところでピッピは理解できないとはわかっていたんだけどね。


「ピッ!」


 ピッピは元気よく鳴いた。

 私はそれを返事とみなす。


「…よし、じゃあ行くよ!」


 私は地面を蹴りつけて駆け出した。

 ピッピはその上を並行して着いてくる。一人と一羽だけど、ひとりじゃないってことでなんだか心強くなった。

 

 この時間、教員は職員塔にいる。そして授業を受け持っていない校長ならおそらくあの中の校長室にいるはずだ。

 ……沙羅ちゃんをよくも食い物にしたな…!

 私はぎりぎりと歯を食いしばった。



■□■



 職員塔の中にある校長室までは簡単にやってこれた。人影が少なくて、緊張している自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。


「失礼します!」


 ノックしたら中から応答があったので、私は意気込んで扉を開けた。その先には中等部校長がいて、その手にはゴルフクラブが握られていた。…勤務中に素振りとは…優雅なお仕事だな。……沙羅ちゃんが傷ついてるってのに、この人は…!


「…きみはオオノさんだったかな?」

「大武です」


 高等部の生徒が来たことに訝しんでいる様子であったが、私のことをおぼろげに覚えていたようだ。また名前を間違えているけど。


「沙羅ちゃんが倒れました」


 彼女のことを言えば、少しは顔色を変えるかなと思った。

 だけど、中等部校長は興味なさそうに「そうか」と一言。


「……心当たりがおありなんじゃないですか?」

「あの子は体の弱い子で、しょっちゅう倒れるんだ。気にすることはない」


 ……あぁ、いつものことなのか。

 沙羅ちゃんは能力の使いすぎで衰弱する度に倒れ、回復したらまた命の水を作らせる。

 こいつは、生徒を道具としか思っていないんだ。自分の私利私欲を叶える便利な道具。


 沙羅ちゃんが作ったお水で人の命が助かるかもしれない。

 だけどそこには彼女の心はなく、ただひたすらに搾取されるだけ。見返りを与えても、沙羅ちゃんの心が満たされることはない……


 能力の枯渇は術者の体に負担が来るのだって、この人は当然知っているだろう。このままじゃ沙羅ちゃんが死んでしまう。教職者が学生の能力を悪用して金儲けとか許されるとでも思っているのか?

 このおっさんがやっていることは間違っている。

 

「沙羅ちゃんの身体は限界です。意識がないんです。彼女を利用するのはもうやめてください、彼女は金儲けの道具じゃない!」


 酷使されて、その度に倒れていたら、限界が来るのは目に見えている。

 奇跡の巫女姫と呼ばれる彼女だって生身の人間なのだ。身体を壊すことはあるし、死ぬ時は死ぬんだぞ…! 長いことこの学校にいるこの校長がそれを知らないわけがない。

 私は目の前の中等部校長を睨みつけた。

 フォンッと音を立ててスイングされるゴルフクラブ。こっちが真面目な話をしてるってのに…!


「こちらはツテを使ってあなたの悪事を調べてもらっているところです。前の中等部教頭先生とあなたは敵対していたんでしょう?」


 私は無力だ。いち学生に何ができる? と笑われても仕方がない。

 だけど裏事情に詳しい大人、学校関係者や国の人が動けば事態は好転することがある。それがこっちの味方であればって話にはなるけど、いつまでも中等部校長の天下ってわけじゃない。

 沙羅ちゃんがいなくなったらまた別の生徒を使って金をもらって、権力を手に入れるつもりなんだろうが、そのうちほころびは生まれるぞ。

 この学校の人間全員が中等部校長の味方ってわけじゃないんだ。


「…なるほど、近頃羽虫が耳障りだと思っていたが…君か、オオタさん」


 だから大武だって。

 

 どうやらこのおっさん、周りの機微には敏感なようだ。実はこう見えて小心者で、失脚するのに怯えているのであろうか。

 日色君にこの件を任せた後あれから音沙汰が無いから、ちょっと日色君のツテとやらを疑っていたが、動いてくれていたんだね。疑ってごめんなさい。

 中等部校長は変わらず素振りを繰り返している。私はそれをイライラしながら睨みつけていた。


「……沙羅が心を持ち始めた時点で徹底的に引き剥がせばよかった……全く、アレらが役に立たぬから」


 再び、フォンッと風を切る音。中等部校長の声はそれにかき消されそうになったが、私の耳にはしっかり入ってきた。

 アレら? 何の話をしてるんだ?


「内で飼いならした学生とは違って、外からの転入生というのは随分行動的だ。…いや、無鉄砲とでも言うのか?」

 

 素振りをやめた中等部校長は、こちらをゆっくり振り返ると、忌々しそうに私を睨めつけてきた。


「邪魔な小娘め…人形には心などいらぬというのに」

「あんた…っ」


 それは沙羅ちゃんのことか。

 沙羅ちゃんには心が不要だって言ったのか。何を言っているんだ、この人は!


「誰かいないか」


 その問いかけは静かであった。

 誰に問いかけたのかと疑問に思ったが、その声を聞き届けたらしい2人の人間が校長室に入室してきた。

 無表情の彼らは教職員にしては若かった。だけど学生ではない。誰だろう…この人達。近くに待機していたの? 校長の子飼いかな。この校長なら汚い手を使って人を従えていそうだもの。

 彼らは素早くこちらに手を伸ばすと、私が避ける間もなく後ろ手に拘束してきた。

 

「罪状は暴行罪とでも言っておけ…反省房に連れて行け」


 中等部校長の下した命令に私は頭が真っ白になった。


「はい、わかりました」

「ちょっ何するんですか!?」


 反省房!?

 ちょっと待てよ、私は悪いことなんかしてないぞ、中等部校長の罪を追及しに来ただけじゃないか! 悪いのはあんただろうが! こんなの権利の濫用だぞ! 更に罪を重ねるつもりなのかこのハゲ!

 私は拘束から逃れようと藻掻いた。


「誰かっ! 誰か助けて!!」

「静かにしろっ」

「ぐぅっ」


 相手は暴れる私を抑え込もうとしたのだろう。力有り余って勢いそのままでゴツン、と私は壁に頭をぶつけた。

 打ちどころが悪かったのか、私の意識は暗闇に支配されたのである。

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