第12話 泡となって消えていきそう。まるで人魚姫のように。


 ウインドウショッピングしていた私の目に、手作りのアクセサリーが飾られたお店が留まった。可愛いアクセサリーショップだ。全体的にふわふわしたファンシーな感じの 。

 ……これ、沙羅ちゃんに似合いそうだなぁ。貝殻やパールが飾られた髪留め。

 沙羅ちゃん本人はくせ毛だと言っていたが、ふわふわと波打つ髪が彼女の可憐な雰囲気とマッチしているんだ。絶対こういうの付けたら可愛いと思うんだよなぁ……


 私はお店の前でその商品を睨みながら考えた。

 ……沙羅ちゃんがもうすぐ誕生日だと言っていたな…。お財布もとい、ICカードの残高は厳しいが、お誕生日は大事だ。私は沙羅ちゃんと仲良くなりたい。てなわけでこれは買います。

 葛藤する時間はなかった。

 これは必要なものだからいいの。無駄遣いじゃないからいいんだよ。4月生まれの彼女に送るべく、プレゼントとして包んでもらった。


 その後は美味しいと有名なお菓子屋にも頑張って並んだ。60分待ちだったけど、お祝いだから以下略。

 沙羅ちゃんが喜んでくれたらいいなとホクホクしながら、私は帰宅したのであった。



■□■



「ハッピーバースデー沙羅ちゃん♪」


 沙羅ちゃんの誕生日当日。

 いつも昼休みに待ち合わせしている秘密基地にやって来た沙羅ちゃんへプレゼントを渡した。


「…これは?」

「絶対に沙羅ちゃんに似合うと思って買っちゃったー! 気に入ってくれるといいんだけど」


 彼女は目を丸くして包装されたプレゼントをまじまじと見つめている。

 だが贈り物はこれだけじゃないぞ。生ものは衛生的に無理だったけど、焼き菓子なら大丈夫だろうってことで、カップケーキを買ってきたんだ!


「沙羅ちゃんの生まれた日のお祝いだよ! 沙羅ちゃんここのお菓子食べたことあるかな?」


 彼女の誕生日をお祝いしたいがために用意しただけだ。別に高価なものを買い揃えたわけじゃない。大それたことはないにもしていないのだが……

 沙羅ちゃんの目に涙が溜まり、それがぽろりと頬を伝った。


「…えっ!? あ、甘いもの嫌いだった!?」


 まさか泣かれるとは思っていなかった私はギクッと身をこわばらせた。

 私の想像では照れくさそうに笑う沙羅ちゃんがいたはずなのに、何故か泣かれてしまった。まさか誕生日を祝われたくないタイプ? そういう……


「…ありがとう…藤ちゃん……」


 ポロポロ溢れる彼女の涙は美しい。

 流石巫女姫と称されるだけあるが、彼女はその二つ名を好いていないようだ。

 沙羅ちゃんはうつむきがちになると、私が渡した髪留めの入ったプレゼントを見つめた。


「開けてもいい?」

「あっ、う、うん!」


 お伺いを立てられて頷いたのはいいが、沙羅ちゃんの涙は未だ止まらない。次から次へ新しい涙が彼女の頬を濡らしている状況である。私はポッケに手を突っ込んだが、こういう時に限ってハンカチがない。


「……綺麗…」


 袋の中から出てきた髪留めを見た沙羅ちゃんが小さくつぶやいた。そしてそれを髪の毛に持っていくと早速身につけてくれた。


「…どう、かな」

「か、かわいい……」


 私の審美眼に偽りなし…!

 めっちゃ似合うわ。まるで人魚姫のようである。私が飾りのない感想を口にすると沙羅ちゃんは照れくさそうに笑っていた。

 彼女は自分の頬を手の甲で拭ると、一瞬憂鬱そうな表情を浮かべていた。


「…藤ちゃん、聞いてくれる? …私のお話…」

「うん? うん…いいけど」


 沙羅ちゃんのお話?

 もしかしていつも私が一方的に話してきたから沙羅ちゃんは話すタイミングが掴めなかったのだろうか。もしそうなら申し訳ない。


「私がこの学校に来たのは7歳のときだった」


 沙羅ちゃんの始めたお話はこの学校に来た当初のお話だった。


「それまではね、お父さんとお母さんのいる家で、毎年お誕生日をお祝いしてもらっていたの。……全てが変わったのは、この“命の水”を作る能力が発覚したことから」


 そう言って彼女は手のひらを見つめた。…彼女は、自分の能力を好きじゃないのだろう。…彼と同じだ。日色君もそんな憂いのある表情を浮かべていたもの。


「小学校入学してすぐに出現した能力。それを目撃した当時の同級生は私を怖がっていた。大人たちがバタバタしている間に話は進んで、私の意志を無視して……私は怖い人達に連れて行かれたの」


 小学校の時に親元から引き剥がされるなんて私には想像できない。

 だけどこの学校に入ることは義務であり強制だ。私達超能力を持つ子どもには選択肢がないも同然のこと。


「私は泣き叫んで拒否した。両親と離れたくなかった。恐ろしくて仕方がなかったから。…私のお母さんは止めようとしてくれたけど……義務違反で国の人に逮捕されちゃって……」


 両親はそれが元で離婚してしまった、と沙羅ちゃんは言った。


「ずっと、お母さんにお手紙、送っているけど返事が来ないの。私のこと、嫌いになっちゃったのかな……」


 彼女の誕生日には毎年お母さんがケーキを作ってくれたそうだ。

 奇しくも、沙羅ちゃんの能力が発現したのは7歳の誕生日。本来であれば家で誕生日をお祝いされてお母さんのケーキを食べていたはずなのに、それすら許されなかったという。


「お母さんに会いたい……」


 沙羅ちゃんはそう言って再び泣き出した。先程とは違って、苦しそうに身を震えさせて嗚咽を漏らしていた。

 彼女の悲しみが私にまで伝わってきて、私は何もいえずに沙羅ちゃんを抱きしめるしか出来なかった。


 沙羅ちゃんは…早いうちから親元から引き離されちゃったのか……

 私も彼女と同じ立場だったら、今こうしてヘラヘラしていないかも……


 彼女の背中をなでて宥めていたけど、なんだか私まで泣けてしまって一緒に泣いてしまった。



 ここに来て彼女が悲しそうな顔をしている理由がようやくわかった。

 幼少期に親元から引き剥がされた挙げ句に、この学校では友達らしい友達が出来なかった。

 彼女が親しい友達を作ろうと思っても、皆が皆、彼女を特別扱いして友人として受け入れなかったのだ。


 そしたら彼女は感情を吐露する相手がいない。同じ気持ちを分かち合う相手もいない。

 彼女はここでずっと一人だったのだ。


 周りに同級生がいても、同じ超能力を持つ仲間がいても、誰一人として彼女を理解しようとする人がいなかったんだ。


「沙羅ちゃん泣かないで。…私まで泣けてしまうよ…」


 私が未だにクラスの人に受け入れてもらえないのはこういうことなのかもしれないと今になって納得した。

 妬みもあると思うと小鳥遊さんは言っていたけど、妬むのも無理はない。


 みんなが親や兄弟、友達に会いたいと願っている時、私は外の世界で何の憂いもなく過ごし、親に甘え、友達と駆け回っていたのだもの。

 これを妬むなって…よほど人間出来ていないと無理ってものである。一介の高校生に理解しろって言われても、私だったら無理である。


 私と沙羅ちゃんは泣き続けた。

 泣きまくってお互い目を腫らしてしまったけど、5時間目の時間が迫っているということで校舎に戻っていく沙羅ちゃんを見送り、私も教室に戻った。



「お、大武さん!? どうしたの、何かあったの!?」


 教室に入る手前で遭遇した隣のクラスの日色君に呼び止められた私はニカッと笑ってみせた。


「もらい泣きしただけだから大丈夫」

「もらい泣き…?」


 彼女と一緒に泣いただけじゃ沙羅ちゃんの憂いは消えないし、私のボッチ生活も変わらないけどね。


「大丈夫。私はなんともないから」


 未だにクラスでは異物扱い&睨まれ、冷たい眼差しを送られるけど、彼らには彼らの苦しみがあるのだと理解できた。

 それでも私の現状は変わらないし、彼らには認めてもらえないけど、私の中では一歩前に進めたような気がするんだ。


 日色君は納得していないようで、私を心配そうに見下ろしてくる。

 なので私は彼の腕をバシバシ叩いて元気アピールをしてみせた。


「5時間目も頑張ろうね!」


 私は彼に向かって手を振り、教室に入っていった。


 教室に入ると、いつも睨んでくる過激派たちが私の顔を見てぎょっとしており、なんだかいつもよりも視線が柔らかくなった気がする。

 ……気のせいかな。

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