第34話 独り

誰もいなくなってしまった。


再婚相手の佐藤カツヤから元妻とよりを戻すと言われ、離婚した佐藤トヨコは独りきりになった、ただただ広い一軒家で呆然と立ち尽くしていた。


さんざん、むげにしてきた娘さやかには「お母さんの選んだ道に、私はもういないの」と電話を切られ、カツヤの息子である自分の息子と思って高校生から学生結婚をする20歳まで育てたミタカからの連絡もない。


そのミタカの妻のエリとは息があい、週3のパート以外は、この家にくるエリをもてなし話を聞いていた。


ミタカと離婚の話が出てから、エリに何度も電話やLINEをしても返事はない。


元夫が、手切れ金として残した新築の家に、トヨコは独り残された。



トヨコの妹2人も結婚し、家庭があるため離婚した事だけを連絡してからは、連絡がない。


結局、トヨコが人を傷つけてまで手に入るたものは、するりとあっさりトヨコの手元から簡単に落ちていった。


新築、2階建てのこの家は、独りで住むには広すぎた。


佐藤カツヤが、この家を出ていく時にわざわざカツヤが乗るタクシーの前まで行き、トヨコは最後の強がりを言った。


「あの人には何もないけど、私にはこの家があるわ」

あの人とは、佐藤カツヤの元妻のヨキナの事だ。


タクシーに乗ったカツヤは、うつむいたままトヨコを見ようともしなかった。


走り去るタクシーが、小さくなっていく程にトヨコの心も小さくなっていった。


「待って・・・」

無意識に小さな声で、トヨコはカツヤが乗るタクシーに呟いていた。


呆然としながら、フラフラと家に入ると、そこにはトヨコの所持している家財道具だけが残されているだけだった。


「何よ、これじゃあ、子供の時に住んでいた誰もいなかった社宅と同じじゃない」

トヨコの母親は、重度のうつ病で家にいたが、子供にも家庭にも興味を失いトヨコが母親に代わり家事をしていたが、父親はトヨコとは相性が悪く、妹二人ばかりを可愛いがっていた。



社宅を囲むフェンスから抜け出し、いろんなものをトヨコは捨ててきた末に戻ったのは、誰もいないトヨコを囲む白い、一戸建ての壁だった。


フェンスに囲まれ、最終的にトヨコはまた独りで、白い壁に囲まれに閉じ込められた。


トヨコの両目から、社宅に住んでいた頃から流した事のない涙が、頬を伝っている事にトヨコは、まだ気がついていなかった。


たった独りの、二粒の涙。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る