最終話「吾(オ)子」

 ――2018 右目 9/10 24時前


 この場所で花火を二回見た。

 正確にはかつていた左目むこうがわで一回、右目こちらがわに来ての二回。

 そっくりに作られた左右対称の舞台と分かっても。

 クジャクにとって想い出の孔雀茶屋で。

 そして夏だった。

 正確には過去にあたる地上がだけれど8月だそうで。

 確かに箱庭で過ごした9月はいつも夏のように暑かった。

 地上の季節が反映されているとでも?

 有り得ない、ここは深海で時間的にも分断されている。

 2000年前はじめからそういう気温設定だったと考えるのが妥当。

 だけどそうじゃない気がする。

 観測者だった茗粥が気を利かせて季節を合わせた。

 まぁループものと言えば夏だしな。

 そんな風に分かった気に成って。


 「大きく成ったか、ハンナ。」


 再会したハンナにも父親面していた。


 「何を、言ってるんですの……?」


 あと少しで孔雀の【テクスチャ】を奪い永遠ループ至れた瞬間に。

 宿命プリデスティネーションを終わらせに来た、等と触手掴み格好付けといて。

 言うことがこれでは台なしにも程があるが。

 彼女は既に凡てを理解していて触手を掴んだ手を振りほどく。


 「この三年間、ずっと一緒にいたのでしょう?」


 あぁやはり自分の子供には勿体ない程。

 かつての自分とは信じられない位彼女はさとい。


 「あぁそうだ。――【2015 右目 9/11 昼】の東京で孔雀を追い掛けて出会った父としての俺、【2016 右目 9/11 朝】孔雀茶屋で目覚めた途端お前を圧し倒した俺、そして【2018 右目 9/10 夜】今目の前にいる俺。その凡てが三年前の【2015 左目 9/10 夜】屋敷でお前に撃たれて死んだ筈の俺だ、その時代毎の姿を取って何も知らない過去のクジャクを演じた。」

 「……どうして、そんな手間の掛かることを。」


 尤もな疑問だが彼女自身が2000年繰り返したことでもある。

 そういう意味では意趣返しとも言える。


 「ケジメだ、クジャクがハンナ・Hを拒み続けたことへのな。」

 「拒んだ? 一体いつのことですの。」

 「お前達が壁を越えるのは俺達がそういう感情を抱いた結果、だと思うんだ。告白をフられた時俺は自分を受け入れてくれなかったお前に怒りを憶えた、なんでだと。犯された時のことは今でもフラッシュバックする、やめろ。お前が未来を望んでないと知っても撃たせた、殺してと。【テクスチャ】の輝きを奪われた時だって動物的防衛本能が働いただろう、俺の四年間はお前を拒み続けた四年間でもある。ならお前と向き合うには受け留める覚悟を示さなくちゃいけない、だからすることに決めた。」


 それこそがキュルルに三年もの間付き合わせた計画の正体。


 「……確かに予定外のタイミングで壁を越えないよう、システム的にお父様の感情を条件付けしてても可笑しくありませんが。事実お父様の話によればわたくしはこの三年間舞台間を行き来したつもりが右目こちらがわでずっと踊らされていた、ですがそんな下らない自己欺瞞でわたくしの永遠を穢したと言うのですの!」

 「そうだな、人質を助けられないと分かってながら助けようとしたのと同じ無駄なパフォーマンスだ。受け入れると言った所で未来のお前が見たいという俺の望みは、結局お前の永遠を拒む結果に成る。だけどお前だってどうしてこの箱庭をただのループじゃなくて、タイムパラドックス構造にしたんだ?」


 ただ永遠に繰り返すだけなら。

 未来からの子供なんて要素リスクがあるだけで。

 疑われてパターンから外れても可笑しくなかった。

 それでもタイムパラドックスに執着した理由。


 「だって未来が保証されているんですから、決定した未来の出来事によって過去が紡がれる。誰もが無根拠にも抱く“今日と同じ日がずっと続く”、なんて幻想よりも遥かに絶対の保証。」


 喩えそれがはたから観劇れば滑稽な廻り舞台でも。

 舞台上の役者は永遠の夢に浸れる。


 「わたくし達は女王から早々に切り捨てられた不純物、2000年掛かっても誕生を保証あいされたヒトのコピーとは違いますの。こんな保証あいされていない世界にいるなんて一秒も耐えられませんこと、だから孔雀の【テスクチャ】を奪ってそれで――。」

 「無理にでもリセットするってっか、あとのことは全部お兄様に任せて。」


 命宿キュルルを、――殺して。

 そう言い残して崩れた前世代の弟ハンナ・Hのように。


 「そんな未来認められるか、だって俺はお前の産みの親でお前を愛している。」


 告白した、なんの保証もないそんな言葉に。

 彼女の心は揺らいだりしない。

 今度は腕一本じゃ到底留められない。

 彼女の崩れ掛けの肉体から広がる無数の触手は。

 あの虐殺の夜の再三。

 違うのは自分が取り出したのは拳銃ではなく起爆スイッチ。

 孔雀茶屋の縁側に仕掛けた毒ガススモークを撒き散らす。

 彼女が怯んだ隙に孔雀を抱えて孔雀茶屋に飛び込む。


 「キングコブラの神経毒っ、こんな物二年前にとっくに耐性を得てますわ!」


 すぐに触手を使って追って来る彼女に。

 今度こそ拳銃を向けるが僅かな足留めにしか成らない。


 「これがお父様の愛だと言うんですの?」

 「あぁそうだ。」

 「笑わせますわ、だってかつてお父様がわたくしを撃つのを躊躇ったのは愛でもなんでもないんですもの。戦いの最中でうっかりわたくしを殺してしまわないように、観測を通して設定された安全装置が働いただけの話。本当ならお父様はわたくしを殺せていたんですのよ、今撃っているのだってそうじゃないと言い切れますの?」

 「そりゃぁ、な! まずお前を留めなきゃ話に成らないから撃つんだよ。」


 今更そんなモラトリアムで悩める段階はイヤでも過ぎた。

 今考えるべきは自分では致命打は狙えない点。

 だからこその自己欺瞞だ。

 小さな孔雀茶屋はすぐ奥座敷まで追い詰められるが。


 「気付いてるかハンナ、今俺が撃っているのは炸裂弾だってことに。なのに触手はただの銃弾として処理しちまってるよな、今まで覆ってた嘘のヴェールが暴かれ【テクスチャ】で出来た箱庭が実体を保てなく成ってる証だ。――だからこんな物だろうと躊躇いなくお前に撃ち込める。」


 追い詰めた彼女が目撃したのは。

 奥座敷に到底場違いなガトリング砲。

 殺傷力はないと認識しちまえば震えもなく引ける引き金。

 毎分数千発の銃声は繋がり合って耳をつんざく。


 「――だから、こんなことになんの意味があるってんですの!」


 それでも彼女の叫びは響いて咄嗟にかがみ込んだ。

 硝煙の中から横薙ぎに振り払われた触手は。

 自分の僅か頭上でガトリング砲も孔雀茶屋丸ごと横断し。

 柱を失った屋根瓦礫がれきを平等に降らせた。


 「……はぁ、はぁ。お父様は?」


 触手で瓦礫を除けてハンナは見渡す。

 崩れ掛けの肉体で流石に無茶をし過ぎたが。

 お目当てのクジャクがナイフを向け立ってくれていた。

 目と目が合った静止時間は一秒と少し、言葉はなかった。

 あぁこれでまた永遠の夢に浸れる。

 彼が駆け寄る、より先に触手がその腹に穴を空ける。

 ……筈がナイフに気を取られ気付くのが今に成った。

 彼が片腕で抱えていた孔雀がいないことに。

 孔雀は自分の死角であるすぐ目の前の足元にいた。

 孔雀は広げた。


 「クヮッ!」


 尾の飾り羽は近付いて来る彼と重なる。

 目眩まし? 生憎触手は既に彼に狙いを定めている。

 ――それがきっとに抵触した。

 触手はどうしてか射ち込めなかった。

 それでも直感が下した、殺せないなら取り押さえるまでと。

 そうしたら触手は動いてくれた。

 その一瞬で切り替える敏さを彼は信じてよんでいた。

 彼が孔雀の代わりに片手に握っていたのは手榴弾。

 ピンが外れたそれは片腕と引き換えに爆風で彼を押し出し。

 目の前まで距離を詰めた彼に抱き締められていた。


 「ぁ……。」


 呆然と見詰める中で彼の無事な手が動く。

 ナイフを持っていた方の手。

 でもそれもいいのかもしれない。

 保証あいされない世界で愛する彼に抱かれながら死ねるのも。


 「――なぁ、分かるかハンナ。」


 クジャクの手はハンナの手を掴んでいた。

 ナイフなんてとっくに捨てていた。

 そうして掴んだ手を自分のお腹に宛てていた。

 トクン、命の宿ったお腹を。


 「わたくし達の、赤ちゃん……?」

 「そうだ、二年前お前に犯された時のな。キュルル、今の観測者にお腹の子の時間が進まない形で観測てもらうよう頼んでな。」

 「どうして……。」

 「一つ目は覚悟を見せる前に子供という存在をダシにしたくなかった。俺が望んで再演したと言っても、お前から見たら無理矢理作らせた子で脅していると思われても仕方ない。二つ目はお前にこうして近付く為。俺にお前を殺せないように、お前もお前自身おなかのこどもは殺せないじゃないかと踏んだ。それで孔雀に協力してもらった訳だ、生殖本能に由来する尾の飾り羽越しに俺を認識させる為に。」


 賭けに等しい、何より無駄なパフォーマンスと変わらない。

 確かに子供のことは言えない制約があったかもしれない。

 それだって結局自分自身で敷いた枷でしかないだけど。

 それでしか彼女の凡てを受け留める覚悟は示せなくて。


 「なぁハンナ、俺は未来に生きるお前を望んでおいてその未来になんの保証もあげられない。今どれだけお前のことが好きか言った所で、ある日突然嫌いに成ってしまう可能性は否定出来ない。そんな保証はそれこそ、タイムパラドックスでもなければ無理なんだよ。だけどこれだけは言える、……もし明日世界が滅ぶとしたら俺は恨み言を吐きながら死ぬだろうよ。やり切ったとか充分に生きたとかそんな風に思える俺じゃないから、それだけは保証してやれる。」

 「……なんですの、それ。そんなのが告白だって言うんですの、わたくしの永遠を否定しておいて。」

 「俺なりにお前が抱えてる、未来への不安を汲み取ったつもりなんだが。」

 「巫山戯ふざけていますわ、こんなの。でも、お父様ならそう言うって思えて成りませんの。なんの保証なんてされていませんのに、どうしてでしょう?」


 そんなのは今更分かり切ってる。


 「俺はお前で、お前は俺だからだよ。」

 「あら、ではどうしたら今のお父様みたいに生きられますの? 明日所か、今すぐ箱庭の【テクスチャ】が剥がれ切って海の藻屑に成っても可笑しくない状況ですのよ。」


 周りからは既に森の中の孔雀茶屋という風景テクスチャは失われ。

 見上げればひび割れのドームが剥き出しの状態。


 「そうだな、まぁなんとか成るだろ。ハッピーエンドなんて、これから起こり得る不幸を見ないフリしてるだけなんだから。」

 「考えなしのお父様ですこと。」

 「いいんだよ、俺もお前も今まで考え過ぎてたんだからよ。」


 考え過ぎるあまり。

 自分の中で完結させ言葉足らずに全部背負い込もうとした。

 起きてもいない未来の不安を拾って永遠の愛を推し付けた。

 想い合っていたならまず相手のことを考えるべきだった。


 「なぁハンナ、お前は何に成りたい?」


 クジャクはハンナに訊く。

 まだ何も知らないから。

 ハンナは待ってくれるクジャクの為考える。

 だけど答えなんて2000年前から決まっていた。


 「わたくしはお父様に、――父親に成りたいですわ。」


 そう未来を望んだ瞬間、輝きが生まれた。

 ハンナ・Hとクジャクは輝きに包まれる。

 四年目4thから五年目5thへ、そこには新たなのフレンズ。

 一人は青い髪と蛇の尾を持ったキングコブラ。

 一人は青い尾の飾り羽を持った雄のクジャク。

 そして彼の両腕で眠る一人の(オ)


 「俺とお前の子供だ、ハンナ。」


 クジャクはハンナに赤ん坊を抱かせる。

 もう崩れることのない身体で躊躇い見せつつも受け留める。


 「……わたくし、自分の子供を見るのは初めてですわ。」

 「そうだな、産まれる前にお前は過去むこうがわオレの所に行ってたからな。……嬉しいか、ハンナ。」

 「はい……、お父様。」


 その笑顔と共に24時を迎えた。

 箱庭の【テクスチャまほう】が解ける。





 ――2018 右目 9/11 0時


 箱庭の終わりエンドは空から降り注ぐ深海だった。

 深度約8000mの水圧の浸食を防いでいたドームは砕け散り。

 全高2km全長11kmの海溝に流れ込む。

 その洪水はたちまち箱庭を分け隔てていた壁を呑み込み。

 築き上げた2000年は呆気なく海の藻屑へ化す。

 壮観だった、思わず見上げて足が留まる程?

 元より逃げ道はなく最期はやっぱり怖くて目を閉じて。

 衝撃に備えた。





























 ……衝撃は、いつまでも来なかった。

 目を開けたクジャクは泡の中にいた。

 自分を包み込む不可視のけれど一滴も通さない強固さ。

 バリア、かつてセルリアン女王がセントラルに張った防壁。

 それは近くにいたハンナと吾(オ)子、孔雀。

 それから見上げた先にいた二人。

 Greenに輝く瞳孔の左目をした兄ハンナ・Hと。

 左目に蛇柄の目隠しをしたキュルルにもそれぞれ張られて。

 自分達は二人を追い掛けるように。

 いや地上に向かって泡のように浮かぶ。

 ……足りない、女王のバリアは七体の音叉しもべと共鳴した物。

 見下ろせば断崖をくり抜いた空間に七人目。

 サンドスターとバリアに包まれた茗粥は。

 ポッドに座ったまま留まったまま。


 「っ……、茗粥! 手を!」


 上昇に抵抗して手を伸ばす。

 ――もういい、もういいんだよ。

 マフィアの血を引くお前は光の世界に手を伸ばせなかった。

 それが反映されたこの箱庭はだから。

 警官のパトカーサイレンも。

 憧れであるクジャクおれのスマホも。

 縁のない対象外しかくとしてハンナは消せなかった。

 俺にはもうそんな見ないフリは許されないだから――。


 「行って。」


 だけど茗粥は閉じた瞳で見上げて微笑む。

 かつて言って欲しかった言葉と共に。

 抵抗は虚しくも遠ざかっていく。

 浮上する、地上へ。

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