三十三話 ひとやすみ
「わあ、コレどうしたの?」
アルフェの目の前に広がっているのは、香ばしい匂いを放つ料理の数々。
チーズとトマトのスープに、青野菜と何かの肉を混ぜた炒め物、焼き魚、ハムと野菜と果物が一緒くたに詰められたサンドイッチ、翠の国名産の果物類を入れるだけ入れたフルーツポンチ等々……研究所のダイニングルームのテーブルは、それらで埋め尽くされていた。
「食糧庫にあったもの全部使った」
「リアンが作ったの?」
うなずいた張本人は、自分で作った料理を味わえているのか分からないような早食いを始めている。
アルフェは意外そうに目を丸くして、空いていた椅子に座った。
「キミが作ったのかと思ったよ」アルフェが僕を見て言う。
「いや、僕は料理なんて大の苦手だ。まだ魔術の方がマシかもしれないな」と自虐気味に返した。
「そっか……そうなんだね」
「アルフェも食べたら?リアンの腕前は結構なもんだぜ。特にスープはリアンだけが知っている謎の調味が施されていて、謎に美味い!」
「へえ、じゃあ頂こうかな」
皿とスプーンを用意して、アルフェはスープを取り、まずは一口。リアンの豪快な食べっぷりとは真逆に、ゆっくりと味わうように咀嚼している。長く煮込んでいる時間は無いと言って、具は細かく切っていたが、生っぽいままのものに当たってしまったのだろうか。
などと思いつつ、僕は僕の食事をしながらぼんやりとその食事風景を眺めていたが、それを飲み込んだアルフェはとても嬉しそうな顔をしていた。
「……おいしいね」
そう言うアルフェの表情は、どう見ても笑っているのに、泣いているようにも見えた。
「食べちゃった後に言うのもなんだけどさ、流石に食材全部使ったのはマズかったんじゃね……?」
「今さらそんなこと言うな」
「食べないと力が出ないから、仕方ない」
「あはは、大丈夫大丈夫。また買いに行けばいいだけだよ」
フルーツポンチをつつきながら、アルフェはそう言った。少しアルコールが入っているので、子どもの体では酔ってしまうのではないかと思ったが、平気なようだ。
「よく見たらこれ、翠の国の名産全部入りだな!」
ノンは機嫌良さそうにフォークに突き刺した果物を頬張っている。玄の国では高値で取引される翠の果物だが、輸入されたものに比べると同じ種類でも味が違うように感じた。新鮮さは大事だ。
「で、転移ゲートはどうだった?」リアンが問いかける。
「とりあえず、起動できるように準備はしておいたよ。本部塔のゲートが復旧したら、ゲートの術式が青く変わるから見ておいてね」
「そうなったら、魔力を使っていつもと同じように転移すれば帰還できるのか?」
「うん」アルフェはうなずいて、立ち上がった。「ボクはこれから湖上の宿へ行くけど……はい、これ」
アルフェが僕に何かを差し出した。受け取ると、それは何かの札のようだった。手のひらに収まるくらいの大きさで、紫の円がぼんやりと光っている。「これは?」と僕は尋ねる。
「研究所の周りに、ちょっとした結界を張ったんだ。ボクら以外の何者かがこの敷地に入ってくるようなことがあれば、その札にある円の中に光るマークが表示される」
「なるほど、侵入者対策か」
「敵の狙いが本当にボクだけなら心配は無いかもしれないけど、手段を問わないやり方をする相手なら、キミたちに危害を加えようとする可能性もあるからね」
「たしかにそうだな。僕が持っていていいのか?」
「うん、君が持っていて。手放さないようにね」
「わかった、ありがとう」
僕は受け取った札を腿のホルダーへ入れた。ほんの一日か二日の間だが、アルフェという最大の戦力がいない間は、特に警戒を怠らないようにしておかねばならない。
「結界には魔術防御の機能は持たせておいたから、よほどの大魔術でなければ破られることは無いと思う。アルゲニブにも見張りを続けるよう言ってあるから、きっと大丈夫」
「アルフェは一人でいいのか?ほら、俺とリアンは一応、護衛のために来てるわけだしさ」
「ボクのことは気にしなくてもいいよ。食材の調達で外出する必要があるだろうし、そういう時はなるべく三人で行動するように心掛けて。本当はボクも一緒に行動したいところだけど、今は仕方ない……リアン、ノン、ボクがいない間は頼んだよ」
「了解!」
その後、僕たちは研究所を出て行くアルフェを見送った。転移魔術を使わずに徒歩で向かったのは、敵の注意が自身に向くようにするためだろう。つまり、囮になろうとしている。どこに敵が潜んでいるか分からない以上、目につくように行動するつもりでいるのだろう。
それに、いくら正体を隠しているとはいえ、一国の総統が友好的でない国のど真ん中へ足を踏み入れているのだ。こちらにそのつもりがなくとも、何か問題が起これば関係が悪化する恐れがある。僕たち以上に、アルフェはこの国で好き勝手に動ける身ではないのかもしれない。
アルフェの背中が見えなくなり、森のざわめきだけが聞こえる。それがなんとなく心地良く、しばらくそこで立ち尽くしていた。
「戻ろう」というリアンの一言で、僕たちが宿に戻ろうと踵を返したその時、森の中からそれは聞こえた。
「きゃああーーーーーーッ!」
その鋭い悲鳴が耳に届くのと同時に、僕は敵の気配を感じ取った。
イデアの気配を。
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