精霊のお仕事

ぼん@ぼおやっじ

転生したみたいです

1‐01 転生、即デッドエンド?

1-01 転生、即デッドエンド?


 ブツン!


 という音と同時に意識が覚醒した。


 あっ、これはあれだ。昔じいちゃんの家で見たことがあるブラウン管テレビがブラックアウトする瞬間の音…停電かな?

 停電とかいきなりコンセントを抜いた時などはこんな感じだったように思う。

 それを裏付けるように周囲は真っ暗だ。


 あれ、でも変だぞ…


 俺の生活圏の中にブラウン管テレビというような骨董品は存在していないはず。あれは地上波のデジタル化に伴い絶滅した恐竜アイテムのはずだ。となるとこれはなんだ?


 真の暗闇は怖ろしい。

 真っ暗闇というのは何も見えないが故に周りが暗いのか、それとも目が見えないのか区別がつかない。まるで暗闇が実体を持って体にまとわりついているような気すらする。


 ためしにゆっくりと、本当にゆっくりと手を動かしてみたが触れるものは何もなく何もわからなかった。

 こうなると自分の身体があるのかどうかすら不安になる。


『ふーむ、これはやはりだめかの?』


 不意に声が聞こえた。年老いた男の声だった。


『先生さま、なんかガックンガックンいっとりますだ』


 そしてもう一つ。こちらは妙に田舎くさい訛りがある若い声だった。


 声の主を探してきょろきょろしていたら目の前にぼんやりした光が浮かんできて、そのなかに映像が浮かび上がってくる。まるで大昔の小さなテレビ画面のように見えた。


 声はそこから聞こえてきて、その中では二人の男が動き回っていた。

 いや、二人ではない。もう一人、子供が生贄の羊のように裸で診察台のようなものに括り付けられている。


『先生さま、駄目でごせえますだ。この子供漏らしておりますだ。失敗ではねえですかいのう?』

『アホを抜かせ、この偉大なる魔導学者。ローデイヌス・アーカイブスに失敗など…』

『ですが泡を吹いとりますだ、それにおっきい方も漏らしましただよ、くっさ。何食っているですかね』

『貴様が与えたものだろう…まあ、なかなか良い実験であった』

『はあ、しっぱ…』

『いではない。実験というのはデーターをとるためにやるのだ。これでいいのだ』


 喋っているのはやせぎすの老人。そしてでっふり肥った若い男だった。

 台の上の子供は血まみれで、ところどころ切り裂かれて痙攣している。特にひどいのが左腕で、完全に切り落とされ、妙な機械がつながれていた。


 なんて悪趣味な番組だ…


『もったいないことでごぜえますだな…この子供は高かったでごぜえますのに…あっ、魔導器が壊れたでごぜえますだよ』

『ふむ、しっぱ…いや、ここまでだな…なんじゃその眼は』

『いいえ、なんでもねえでごぜえますだ』

『良いかサンチス。この実験は人間と魔導器コンパイラを物理的に接続し、効率よく運用するという極めて有意義な実験なのだ。これが成功すれば今までのように魔法を使うのにいちいち大きな杖を振り回す必要もない。人間そのものを杖に見立てる、そうつまりエルフや魔人と同じょうに人間が魔法を使える日がやってくるのだ。その有意義さを…』


『せんせい様。なんか死にそうでございますだよ…』

『むっ、確認を』

『ハイでございます』


 若いデブはそう言うと子供の胸にナイフを突き立てた。

 その時の衝撃で子供の身体が跳ねるがそれだけ、他の反応はない。


『やーれ、やれ、いかに儂が天才とはいえ助手がバカではな…お前に指示を出しているうちに失敗してしまった。この子供は高貴な生まれで魔法の才能があるという、かなり高価なモルモットだったのだぞ…罰として貴様はしばらく雑用だ』

『そんなせんせい様、あんまりでごぜえますだ、つぎのモルモットは若い娘っ子でねえですか、若い娘を切り刻んで乳だの尻だのがブルンブルン揺れるのが最高なんでごぜえますよ。それを外すなんて、せんせい様は人でなしだ』

『やかましい、言うことをきかんバカはしばらく雑用で十分だ。次の実験は…そうだな、次の次のモルモットに手伝わせるか、うまく手伝えば助けてやると言えば頑張るじゃろう』


 ドン引きだった。

 いったい誰がこんな悪趣味な番組を作ったんだ? いや、映画とかならこういうのもありなんだろうとは思うが…俺の趣味ではないよこれ。

 はっきり言ってキショイ。


『まあこれは仕方ないな、捨てておいてくれサンチス』

『魔導器はどうすんで?』

『発掘品だったからかの、元々いかれておったんだろう。まあ完全に壊れてしまったものは仕方ない、捨ててしまっていいぞ。儂は少し休む』

『へえ、承知いたしましただ』


 胸糞悪い寸劇の終わりに俺ほっと息をついた。

 できれば途中でもいいから終わりにしたかったのだがどういうわけか目をそらすことができなかった。なのでかなり苦痛を感じていたのだ。


 サンチスと呼ばれた男は傷だらけの男の子の足を持って引きずり、そのまま流れる水のなかに放り込んだ。たぶん川の水でも引き込んでいるのだ。


『まったく、これがかわいい女の子でありますなら最後にちょっとだけ楽しい思いができますだに』


 最後まで不愉快なやつだった。だがその言葉を最後に場面は暗転し、まるで水の中を流されていくような画像に切り替わった。


(目が覚めていきなりこれでは…いったい何なんだこれ…)


 俺は状況が飲み込めずに首をひねる。と…


《・・・・・・・》


 また何か聞こえたような気がした。


(ん? 誰か呼んだかな…)


《・・・・・くん…お・・・い》

《・・・そろそろ起きてくれないかしら?》


(あれ? 俺って寝てるの?)


 俺はもう一度目を覚ました。


 ◆・◆・◆


『やあおはよう』

「うおっ、すっごい美人さん」


 そこは一転、夢のような世界だった。

 一言でいうと水晶と雪の庭園。

 どこまで続くかわからない庭園に水晶のオブジェ。その上に綿のような雪がひらひらと降り積もっていく。そんな通路の傍らに小さなあずまやがあって、そこに一人の美しい人が座っていた。


 着ているものは和服のようで、笑顔の穏やかな和風美人だ。


『あら、美人だなんて、ありがとう。久しぶりね』


 その美人は俺にそう言った。

 あれ? あったことあったっけ?


『勿論。何度も会いに来てくれましたよ?』


 記憶がないんですけど…


 その人はふふふと笑った。

 とても美しくたおやかでいて、絶世の美女であることは間違いないのに、妙に威厳があってすごいイケメンのようにも見える。

 本当にこんな美人さんに会ったのなら忘れることなどないと思うんだけどな…


『そうでもないでしょ。君はずいぶん色々忘れてしまっていると思うよ。そして思いだせるかどうか、それが運命の分かれ道になるわね。自分の名前を思い出せる?』


 そんなのもちろん…おれ…いや、私の名前…名前…あれ…なんだろう…


 思いだせなかった…


 その人はただじっと俺を見て俺の答えを待っている。

 その人をじっと見て、確かにあったことがあるような気がしてきた。そして同時になにか引っかかるものを思いだした。


「俺の名前の由来…」


 ――オタクだなあ・・・


 そんな言葉が頭をよぎる。


「そうだ…龍三郎だ。龍三郎…こ…上月龍三郎…兄貴の名前が麒一郎で虎二郎だ」


 そのために幻獣兄弟などと言われていたのを思い出した。


『幻獣兄弟か良い名前だね』

「うう、すいません、親父がオタクだったんです」


 俺の両親は筋金入りのオタクだった。なんでも薄い本の即売会で出会って意気投合しそのままくっついたとか。

 そして自分の子供に麒麟、白虎、龍、と名前を付けた。俺は末っ子だったがさらに下がいたら鳳凰の名がつけられたはずだ。


「ちなみに鳳凰の名前は隣の家の幼馴染に譲られました。凰華ちゃんと言います」


『龍ちゃん彼女だよね、高校のころウチの庭で結構エロいことしてたものね』


 顔が一気に熱くなる。


「なんで知ってるんですかー」


 兄弟が多いと家で一人になる機会などはなく、凰華の母親は専業主婦であったためにHをする場所に困って近くの神社でいろいろとしました。


「あれ? 今家って言いました?」


『いったよー、ああ、名前を教えてなかったよね、メイヤです』


「・・・ひい!」


 俺は引き攣った声を上げて飛び退った。なぜならこの人は…


「アメノメイヤノミコト様。家の裏山にあった神社の御祭神!」


『はい正解』


 昔から何度となく通った神社の神さまだ。

 神さまが出てきて『私神さまだよ』とか言われて納得などできるだろうか。普通に考えると無理なんだけどこれが出来てしまったのだ。この人は神さまだ、子供のころから一緒にいた神さまだ。すとんと腑に落ちてしまった。


 こじんまりとした神社で、でも境内は広く、いつも澄んだ空気で満たされていた。

 子供のころは近所の子供たちとかくれんぼ、鬼ごっこ、虫取りに、ケンパー、石けり、買い食いと子供らしい遊びは大概やった。 

 長じてからは凰華との逢引きに使っていた。実を言うとはじめてのHもそこだったりする。

 もう恥ずかしくて顔なんかあげられない。


 だから反射的にひれ伏そうとして…失敗した…崩れ落ちてしまったのだ。


「あれ…なんだこれ…」


 そして初めて自分の惨状を把握した。

 全身が切り刻まれて傷だらけ、それで動いているのだからまるでゾンビだ。

 映像だったら全身モザイクがかかるような案件だ。

 全身からぽたぽたと血が垂れては地面に花を咲かせていく。


 そして左腕、無くなっていて、機械の残骸がわずかばかりぶら下がっている。これは見覚えがある。あの夢の中の子供の姿。まるであの夢の悪夢のような残骸。


「これじゃまるであの夢の中の子供じゃないか…」


『うん、そう。あれが君なんだよ。君の生まれ変わった来世だね』


 言葉の意味が浸み込むまで少しかかった。


「エ~、転生してすぐにデットエンドですかー」


 俺はめまいを覚えた。

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