11話 小さな冒険の終わり


 翌朝。

 無人島生活5日目。最終日。

 魔女の迎えは15時の予定だ。ルーナたちの国に戻ったら朝の8時。

 ルーナとリリアンは夜明けとともに目を覚ました。最後の時間を少しも無駄にしたくないのだ。

 まず崖を伝う水で顔を洗って口の中を濯ぐ。それから2人揃って大きな背伸びをした。


「さて、どっちがどっちしよう?(鹿の皮を綺麗にする人と、肉を処理する人)」

「どっちがどっちであっちがこっちで、そっちがどっちで、どっちがどっち?」

「こっちがそっち!」

「そっちがどっち!」


 ルーナとリリアンはよく分からないけど楽しい気分になって、しばらく意味もなく「どっち」だの「そっち」だのを連呼した。

 やがて飽きてルーナが真顔に戻る。合わせてリリアンも真顔に。


「話を戻すけど、リリちゃんはどっちがいい?(皮、もしくは肉!)」

「どっちだろう? ちょっと待ってくれ考える(あれ? 何の話だっけ? ヤバい、あたしルーナの話聞いてなかったかも。どっちがいいか選ぶのってどんな時? 胸か尻か?)」

「私はどっちでもいいから、リリちゃんに選んで欲しいな(どっちの作業も好き)」

「本当にルーナどっちでもいいのか?(まぁあたしもどっちでもいいというか、尻と胸なら両方好きだけどさ)」

「うん。リリちゃん選んでいいよ」

「じゃあ、尻、かな(胸はなー。小さすぎてなー。ルーナの胸は膨らみかけだから、揉んでもあんまり意味なさそうだしなー。あたしも人のこと言えないけどさ)」


「え?」とルーナが目を丸くする。

「え?」とリリアンも目を丸くする。


「リリちゃん何の話?」

「尻か胸か選んで触っていいよって話だろ?」

「……違う」


 ルーナがジトっとリリアンを見た。


「あ、あっれー? 何の話だっけ?」


 あははは、とリリアンが笑う。


「リリちゃんって、たまに意味分かってないまま話続けるよね?」

「あ、うん……」

「そういうとこだよ? そういうとこ、直そうね?」

「ご、ごめん……」


 リリアンがシュンと縮こまって項垂れた。


「えっと、でも私も言葉が足りなかったかも。ごめんね?」


 ルーナがニッコリと笑ったので、リリアンも嬉しくなって笑った。


「それで何の話だっけ?」とリリアン。


「うん。皮の処理と肉の処理どっちがいい? 途中まででもやっとこうって思って」

「じゃあ、あたし皮やるぜ」


 その巨大な影は唐突に現れた。

 それは大きな、とっても大きな白い鳥の姿をしていて。

 すごい速さで急降下して、かぎ爪の脚でルーナの胴体を掴んだ。

 ルーナは一瞬、意味が理解できなかった。リリアンも同じだった。

 ルーナを掴んだ巨大な鳥、ロック鳥と呼ばれる下位の魔物が1度羽ばたく。


「あ……」とルーナ。


 感じたのは恐怖。食べられる恐怖。殺される恐怖。冒険に出られない恐怖。

 いつかは、こんな日が訪れるのも覚悟していた。だけれど、だけれどそれは今日じゃない。今日であっていいはずがない。

 冒険者に必要なのは何?

 鋭い剣の技術? 抜きん出た体術? 強力な魔法?

 それともサバイバルスキル?

 もちろんどれも大切だ。特にサバイバルスキルはトップクラスに大事だ。

 でも、もっと大事なことがある。

 それは。


「ふざけんなバーカ!」ルーナが叫ぶ。「【暗黒剣】!!」


 強い心だ。

 何者にも負けない強い心。強靱なメンタル。諦めないメンタル。そして冷静で的確な判断力。

 ルーナは全て持っている。

 ルーナは自分を掴んでいるロック鳥の脚を黒い魔力の剣で斬り落とす。

 まぁ、落ちるのは自分もなのだが。

 すでに木よりも高いところにいる。


 落下が始まる。でも大丈夫。受け身は取れる。何度も練習したのだ。高いところから落ちることだって想定している。

 ルーナは地面をゴロゴロと転がって衝撃を分散した。

 だがダメージは少しある。

 ロック鳥が怒ったように大きな声で鳴いた。

 ロック鳥は下位の魔物だが、稀に巨大化して中位の魔物に分類される個体もいる。要するに、下位の魔物の中ではかなり強い。

 今回のロック鳥は普通より少し小さいので、成体ではない。たぶん。ルーナの分析だ。


 ロック鳥の急降下。

 リリアンが矢を放った。その矢はロック鳥の胸に刺さるが、ロック鳥の速度は落ちない。

 鋭く尖ったクチバシでルーナを突き殺そうとしたが、ルーナは横に大きく飛んだ。

 ロック鳥は身軽にクルッと片足で着地。

 ロック鳥は周囲の木を薙ぎ倒しながらルーナを追う。片足ケンケンなので、あまり速度は速くない。


(脚を切られたこと根に持ってるの? 大きいくせに小さい奴!)


 ルーナはグルッと円を描くように逃げた。

 ロック鳥が再び空に舞い上がる。


「ルーナ! あいつ矢が刺さっても死なないぞ!」

「魔物だもん! 刺さっただけでも良かったよ!」


 下位の魔物でも、皮膚や毛皮の硬いものたちがいる。

 ロック鳥がルーナを狙ってまた急降下。


「光支援! 【輝きの盾】!」


 リリアンがルーナとロック鳥の間に光のシールドを創造。

 ロック鳥がぶつかってシールドは砕け散った。けれどロック鳥も地面に落ちた。すごい速度だったので、衝撃は大きかったのだ。


「よくも私を拉致したなぁ!」


 ロック鳥はすぐに起き上がろうとしたのだが、ルーナの方が速い。

 ルーナは魔力の剣でロック鳥の首を斬り飛ばした。

 しかしロック鳥は身体だけでバサバサと翼を動かして空に舞った。


「マジで!?」リリアンが驚いて言う。「首落ちたら死ねよバカ!」


 ロック鳥の身体が飛び去ったので、ルーナとリリアンは追った。

 そうすると、ロック鳥の身体は力尽きたのか海に墜落。

 2人はホッと胸を撫で下ろした。


「ビックリしたぁ」とルーナ。


「あたしも。あのクソ魔女、帰ったらおっぱいビンタしてやる」

「私右のおっぱいね?」

「じゃあ、あたしが左な! ビッタンビッタンにしてやるぜ!」


「とりあえず」ルーナがその場に座り込む。「怖かったよぉ」


「実はあたしも」リリアンも座り込んだ。「ちょっとチビッた」


 冒険は楽しいばかりではない。不測の事態は起こるものだ。しっかり対処しなければ、時には命を落とす。

 2人にとっては重要な学びだった。

 その後、2人は予定通りに過ごした。

 ルーナは皮に付いた余計な脂肪や肉を削って落とした。

 リリアンは肉を細かく切って干した。

 塩は持ってきていないが、小さく切れば問題ない。

 そしてお昼ご飯に鹿肉を焼いて食べて、あとは基地の中でゴロゴロ過ごした。


「時間よ、お二人さん」


 魔女が基地の中を覗き込んだ。


「およ? もう時間?」


 ルーナは目を擦りながらベッドから降りて、まだ眠っているリリアンを揺すって起こした。


「魔女さん」リリアンが言う。「魔物いたんだけど?」


「そうだよー」ルーナが両手を腰に置いて、怒った風に言う。「ビックリしたんだから。倒したけど」


(美少女たちがわたしを責めてるぅぅぅ!! 快感!! てか怒った二人超可愛い!! おっぱいビンタも楽しみだわ!! 早く叩いてぇぇ!!)


「ごめんなさいね? わたしの調査ミスだわ」


 言いながら、魔女は胸を張った。

 ルーナとリリアンが基地を出て焚き火を消した。

 魔女はまだ胸を張っている。


(おかしいわね? おっぱいビンタは? 水晶で見てたから知ってるのよ? おっぱいビンタ楽しみだったのだけど?)


「まぁ、でもさ」


 リュックを背負いながらルーナ。

 すでに帰り支度はほとんど済んでいた。


「楽しかったし、魔物に襲われるのも冒険の醍醐味だよね」


 ニコッと微笑むルーナ。


「だな。最高に楽しかった。また次の冒険訓練も頼むぞ魔女さん」


 リリアンもリュックを背負って、右手にソリの蔓を握った。

 ソリの上には弓と鹿肉と頭部有りの皮、ゴブリンの頭蓋骨が乗っている。


「そう。それは良かったわ。送り迎えの報酬は、わたしのほっぺにキスして、可愛い冒険者たち」


 魔女が屈むと、ルーナとリリアンが微笑み合って、魔女の頬にキスをした。

 ルーナは右の頬で、リリアンが左。

 そして魔女の魔法で魔女の家へと戻ったのだが、ルーナは叫びながら走って逃げることになる。


「魔女さんのアホー!! お姉ちゃんがいるならそう言ってよー!!」


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