オリヴァーの店へ

 アデリナがオリヴァーと一緒にファレサルド家の馬車に乗り、着いた先は商店街の一角にある上品な佇まいの二階建ての建物だった。美しい白壁に植物の蔓を模した精緻な彫刻が施されている。ただ、ファレサルド伯爵邸やベールマン男爵邸に比べれば小ぢんまりとしている。


「それじゃあ、どうぞ」


 先に馬車から降りたオリヴァーが手を引いてくれ、アデリナも続いて降りる。そのままオリヴァーに手を引かれ、建物の中に入ると、アデリナの口から感嘆のため息が漏れた。


 光の差し込む明るい室内に、金銀の装飾品がそこに飾られた服たちを際立たせるための添え物になるように、控えめに置かれている。


 そして飾られた服の数々。ブラウスやスカート、男性用と思しきシャツに、スラックスが色やデザイン違いで数種類あり、他にも夜会用のドレスが所狭しと並べられている。


「すごい……」


 アデリナは無意識に呟く。


 それに気がついたオリヴァーはどこか誇らしげに胸を張る。


「ようこそ、アデリナ。ここが俺の店だ」

「でも、これって既製品ですか? 大抵の服ってオーダーメイドじゃ……」


 どれも質が良く見えるが、貴族向けではないのだろうか。大抵の貴族は自身の財力を示すために他の人との差別化を好む傾向があると思うのだが。まあ、これはアデリナの偏見によるものだ。


 オリヴァーはその問いに答えてくれた。


「デザイン画ではイメージがわからないかもしれないから、こうして見本を作って見せるようにしたんだ。更に試着をすることで実際に似合っているかどうかがわかるだろう? それに、あの人が着ていたデザインの服が欲しいといった要望も意外にあるんだ。そうすることで憧れに近づけると思うみたいだな」

「ああ、それは納得です」


 だからこそアデリナも大人っぽい格好をするのだ。そうすることで大人に近づける気がするから。

 だが、オリヴァーは緩く首を振って否定する。


「近づきたいと思うのはいいが、あまりにも理想とかけ離れてしまったら、反対に服がその人の個性を殺してしまう。それでは駄目だろう」

「ですが、それは努力すれば……」

「努力の方向を間違えたら駄目だと言いたいんだ。はっきり言って申し訳ないが、アデリナ、君の服は似合ってない」


 断言されて、アデリナは二の句が告げなかった。呆然としているアデリナに頓着することなく、オリヴァーはズケズケと続ける。


「服を着ているのではなく、服に着られてしまっている。アデリナの良いところを活かすどころか、欠点を押し出している。そこで質問だ。君は自分のいいところはどこだと思う? 外見に関してだ」


 唐突に問われてアデリナは面食らった。パチパチと目を瞬かせて、しどろもどろに答える。


「えっと、胸がない……これは欠点だわ。じゃあ、お尻が小さい? いや、これも欠点だし、くびれがない……完全に欠点だわ。どうしよう。いいところがないわ……」


 考えれば考えるほど駄目なところばかり浮かんできて、気分同様アデリナの頭が自然に下がってきた。


 慰めるようにオリヴァーの手がアデリナの頭を撫でる。


「自分で自分を否定してどうするんだ。いろいろあるだろう。綺麗な金髪だとか、童顔だとか」

「……それだって欠点です。髪はくせっ毛だし、顔は幼いし……」

「それは違う。そのくせっ毛と童顔だからこそ似合う服があるんだ。ついでに胸やくびれがないとか、尻の小ささだって、カバーできるんだ。それを自覚して活かしていけば」

「え、どうやって?」


 オリヴァーの迷いのない言葉に、アデリナの胸が不安と期待でないまぜになる。


(本当にそんなこと、できるの?)


 だが、オリヴァーは答えず含み笑いをすると階段へ向かい、下から声を張り上げた。


「クラリッサ、ちょっと来てくれ!」

「はーい!」


 二階から返事が聞こえると、若い女性が降りてきた。

 緑の瞳に癖のない赤毛のポニーテール。年齢はオリヴァーと同じくらいだろうか、二十代後半に見える。アデリナが一番気になったのはそのスタイルの良さだ。アデリナと同じようにシンプルな白いブラウスに紺色のタイトスカート、黒のハイヒールなのに、それが似合っていて色っぽい。胸とお尻が出ていて、ウエストと足首が引き締まっているからだろう。しかも、胸とお尻は上向きで垂れていない。


 アデリナは同じような服を着ていることが恥ずかしくなり、オリヴァーの影に隠れようとした。だが、その前にクラリッサがアデリナに話しかける。


「はじめまして、クラリッサよ。オリヴァーの仕事仲間なの。オリヴァーから話は聞いているわ。私が採寸させてもらうからよろしくね」


 クラリッサがにこやかに笑って手を差し出すのを、アデリナは躊躇いながらも握った。


「こちらこそ、よろしくお願いします……」


 すると、クラリッサはアデリナの手を引いて、勢いよく自分の腕に抱き込んだ。


「えっ、な、何?」

「可愛い! 普段可愛くない男やら、女狐の相手ばっかりだから、こういう小動物系の子っていいわね!」


 アデリナの顔の部分にクラリッサの大きな胸が当たって息ができない。苦しくてクラリッサの背中を叩くと、オリヴァーが呆れた声で止めた。


「クラリッサ。お前の胸が凶器になって、その小動物が死にそうになってるぞ。離してやれ」

「出たわね、歩く猥褻物。あなたがその可愛くない男の筆頭だってわかってるの?」


 クラリッサはアデリナを離すとオリヴァーを睨みつける。解放されたアデリナは息を整えようと深呼吸をする。


(死ぬかと思ったわ。胸に埋もれて死ぬなんて、男性からすると幸せなのかしら……)


 アデリナは自分の薄い体に視線を落とし、落差に肩を落とした。そこでクラリッサの言葉に気づく。


「歩く猥褻物?」

「ええ。オリヴァーって、見かけがすごいでしょう? 存在自体が卑猥。アデリナもそう思わない?」


 初対面で名前を呼び捨てにされる驚きもあって、アデリナは腰が引けながらも頷く。


「色気が凄くて、まともに見てはいけない気分にはさせられますね」


 だけど、それはクラリッサもだ。あまりにも主張の激しい胸とお尻に目が行きそうになるが、それはさすがに失礼だと視線を引き剥がす。


「……クラリッサ。雇い主に失礼だとは思わないのか? それにアデリナ。まともに見てはいけないって、俺を一体なんだと思ってるんだ」

「……歩く猥褻物?」


 オリヴァーに問われて悩んだものの、アデリナは一番これがぴったりだとクラリッサの言葉に便乗した。

 オリヴァーはこめかみをヒクつかせて笑う。


「まあ、俺の良さは子どもにはわからないだろうな。別にいいさ」

「と、負け惜しみを言ってるところがお子ちゃまなのよね。アデリナを子ども扱いなんてできないでしょうに」

「え、オリヴァー様が子ども?」


 アデリナからすると、外見も中身も大人に見えるのだが。クラリッサは笑いを堪えながら頷く。


「ええ、そうよ。外見はこうだけど、オリヴァーは中身がねえ。割と負けず嫌いな子どもなのよね。そのせいでいつもフラれるのよ」

「余計なことを言うな!」

「へえ……」


 オリヴァーのそんな一面に親近感を抱いた。完璧な大人だと思っていたオリヴァーにも欠点があるのだ。


「オリヴァー様、一緒に頑張りましょうね!」

「あ、ああ……何を?」

「ふふふ。アデリナって面白いわね。きっとオリヴァーも中身を磨くために頑張ってるって思ってるんじゃないかしら」

「俺が? 俺の中身はそこまで酷くないと思うんだが……」

「まあ、いいじゃない。この機会に、あなたも大人の男性を目指してみれば?」

「だから俺は大人だと……」


 ポンポンと言い合うオリヴァーとクラリッサをしばらく見つめていたアデリナは、ポツリと呟いた。


「いいなあ……」


 途端に二人は会話をやめてアデリナを見る。そこでクラリッサがアデリナに問いかけた。


「何が?」

「お二人はお似合いですね。仕事だけでなく、いいパートナーって感じがします」


 二人とも色気がある大人の男女だ。外見的にも並んでいて違和感がない。そう考えてアデリナの胸がちくりと痛む。


(私とオリヴァー様では兄妹か、最悪親子にしか見えないもの。例え恋人に見られたとしても、オリヴァー様が変態扱いされるでしょうし……って違うでしょう! なんで恋人だなんて思うのよ、私!)


 自分で自分に突っ込みながら、アデリナは頭を振る。怪訝な表情のオリヴァーに問われ、更にアデリナは頭を振る。


「おい、大丈夫か、アデリナ?」

「ええ、私は至ってマトモです。そうですとも」

「よくわからんが、まあいいか。じゃあ、クラリッサ。アデリナの採寸を頼む。可愛いからって、くれぐれもその胸で圧死させるなよ」

「はいはい、了解!」


 アデリナはクラリッサに連れられて、二階へと向かった。

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