死に戻りしたんで妹のために青春捧げようと思う

シロクロイルカ

1章「死に戻りしたら高校生になってたんだが」

0話「終わりと始まり」

 いつも通り見慣れた天井が見える。

 気怠い身体を起こし時計を確認するとこれまたいつも通りの時間を示していた。


「…仕事、行きたくねぇな」


 一体いつからだろうか。塾講師という仕事に熱意を感じなくなったのは。

 目の前の生徒が〝数字〟として見えてきたのは。

 気がつけばこの仕事を始めてから早5年。

 入社当時はあったはずの夢や希望は最早忘れ去られ、今あるのは生活のための義務感のみ。

 そして出るのは溜息だけだ。


『それでは今週のエンタメ情報です。日本を代表する元国民的アイドル、現在はバラエティなどでも幅広く活躍する天之川歌子(あまのがわうたこ)さんがーー』


 テレビに映るのはキラキラと輝く芸能人。この人、俺とそんなに歳変わらないよな。

 人生っていうのはなんとも不思議なものだ。

 最後に、いや今までこんなに生き生きした顔をしたことなんてあったっけ。

 こんな風に30歳間際にもなってセンチメンタルな考えをしてしまうのは、やはり色々と後悔しているからなのだろうか。















「それはさ、お前が会社に順応してるってことなんだよ」

「そんなもんかね…」


 はっきりと言い切ってくれた目の前の同僚は、悩みのなさそうな顔をしてカップ麺をすする。


「大体さ、会社に行きたくない。仕事したくないなんて殆どのやつが考えてることだぜ。皆仕方なく、生きるために仕事してるんだよ」

「うん、そりゃそうだな」


 至極正論。頭では分かっているんだがな。

 力説してくれる同僚がランチマット代わりに敷いている古新聞に、なんとなく目を落とす。


「ん?…ああ、こういうのは例外だな。自分の好きなことをして生きていくには、逆にこれくらいの才能が必要ってことだ」


 記事にはでかでかと『ノーベル科学賞候補!?』の一文と共に、白衣を着た仏頂面の女性の写真が載っていた。


「もう少し嬉しそうにしても良いと思うけどな」

「俺たちとは感性が違うんだよ。天才の考えることなんて分からないし、分かりたくもないね。俺たち庶民は気楽にやってれば良いんだからさ」

「その通り、だよな」

「そんなことよりさ!今週末の合コン、お前も来いよ!やっと中学受験科の事務さんとーー」

 

 適当に相槌を入れながらもう何度目になるか分からない納得をする。

 今更後悔しても、過去は変わらないわけで。未来に目を向けて行かなきゃいけない。

 頭では分かってるつもりなんだけどな。






『――今まで、ありがとう』


「…っ」

「先生?」

「あ、ごめんごめん。それで質問っていうのは?」

「もうっ、ちゃんと聞いてよね!ここのページ!」

 

 トラウマ、というにはおこがましい記憶。忘れたくても出来ないもの。

 あの卒業式の日からずっと俺は囚われている。

 目の前の生徒と何も変わらない。将来に夢と希望を持っていた。

 もう考えるのはやめたはずなのにどうしても拭い去ることは出来ない。

 必死に平静を装って質問に答える。


「だからこの場合、答えは3のwhatじゃなくて1のwhenが正解」

「そういうことかぁ。四宮先生ってホントに教えるの上手だよね!」

「まあこれが先生の仕事だからね」

「それでも他の先生より全然分かりやすいし!私も四宮先生みたいな先生になろうかなー」

「…あんまりオススメは出来ないかな」

「えー!なんでよう!」

 

 こんな俺でも誰かの役に立てている。

 そんな実感が欲しくてこの仕事を選んだ。そうだったはずなのにな。

 生徒のこんな言葉でさえ胸をチクりとさせる。















『次のニュースです。日本最大手企業である秋空グループは本日、インドへの支社出店を本格的に視野に入れたーー』

 

 いつも通り終電で帰ると冷蔵庫に何も入っていないことに気づいた。

 1食くらい何も食べなくても死にはしないだろうが今日は一杯家でやりたい気分だ。

 野暮ったいスーツを脱いで近所に出かける時限定の、これまた野暮ったいスウェットに着替える。


「…もしもし。あ、ごめん。忙しくてさ、来週の墓参りはまた行けそうにない。…うん、分かってる。出来たら顔出すから」

 

 行く気もない約束を電話越しで親としながら夜道を歩く。

 結局墓参りにはあれから1回も行ってはいない。

 毎年何かと理由をつけて親からも、春菜(はるな)からもずっと逃げ続けている。


「じゃあまた連絡するから」

 

 今度親の声を聞くのはまた1年後になるのだろうか。

 こんな風な毎日を一生過ごして死んでいく。今の俺にはお似合いの人生だと思った。


「…ずいぶん暗い顔してるね」

「っ!?」

 

 ぼんやりしていたからか、いつの間にか目の前にいた少女に気が付かなかった。

 月明かりに照らされたその少女はとても幻想的で、現実のものとは思えない雰囲気が纏っている。

 腰まで伸びた金髪は月光で輝いており、両眼の青い瞳がじっとこちらを見つめていた。

 そして、その美しい外見と裏原な黒いベストに迷彩柄の緩いズボンと土埃だらけのブーツが一層違和感を覚えさせる。


「…えっと、どこかで?」

「……ううん、初めましてだよ、四宮薫(しのみやかおる)」

 

 おそらく10個以上も年下の女の子にいきなり呼び捨てにされる覚えはない。しかも初対面ときてる。

 5年塾講師をやっているがこんな失礼、言い換えればフレンドリィな子は会ったことがない。

 外見からして日本人じゃなさそうだし、海外ではこんなのが普通なのだろうか。


「じゃなくて!」

「とりあえず時間がないからよく聞いて。君には後悔していることがあるでしょ?」

「…いや、何言ってるんだよ。つーか、歳上の人に向かって君はーー」

「これからその後悔をやり直すチャンスをあげる。上手く行くかは分からないけど」

「あのー、もしもし?」

「もし上手くいったなら…また会えるのを楽しみに待っているね」

「…あのさ」

 

 自分の言いたいことを一方的に捲し立ててくる彼女に対し、流石に温和な俺も異を唱える。

 大体なんだ、やり直す?なに意味不明なこと言っているんだよ。


「あ、ごめん。私の名前は、穴来命(あならいみこと)。余裕があれば覚えて置いて」

「…だからさ、一体――」



「それじゃあ、逝ってらっしゃい」



 

 瞬間腹部に激痛が走る。痛いなんてものじゃない。あまりの激痛に声も出ず倒れ込む。


「がっ…!あ…」

 

 見ると腹にはこの場所にはそぐわない大振りのナイフがこれでもかと言うくらい深く刺さっていた。

 血が地面に溢れて止まらない。これ誰の血だ、なんて冗談を言えないくらい確かに俺の血だった。

 なんとかナイフを抜こうとするが血で滑って抜けず、ただ赤色が周りを染めていく。


「四宮薫」

「は……」

 

 ああ、これ死ぬやつだ。穴来命の呼びかけにも答えず倒れ込む。

 もう意識はほぼ手放し掛けていた。我ながら呆気ない人生だったな。

 まあ特にやりたい事もなかったしいいかーーなんて思えるわけもない。

 


 この子は一体なんだ。


 なんで俺は殺されたんだ。



 意味が分からない。

 殺された理由くらい、知る権利はあるはずだ。霞んだ目と意識で必死に彼女を探す。


「な、なん…で……」

「おやすみ」


 俺が最期に見たのは穴来命がもう1本のナイフを振り上げるところだった。





















― dead end ―



















「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「うるさいっ!!」

「い、いっでぇ!!」

 

 後頭部に思い切り衝撃を受ける。

 一体こんなことするのは一体誰だと振り返ると、かなり懐かしい顔がそこにはあった。


「……よ、依田(よりた)ちゃん?」

「あのなぁ。お前はいつになったら先生をちゃん付けするのを止めるんだ?」

 

 目の前にいるのは高校時代に多分にお世話になった担任の依田に違いなかった。

 うわ、何年ぶりだこれ。

 流石水泳部の顧問と言える健康的な焼けた肌と、まとまったポニーテールは今見ても中々のものだ。

 これで未だ独身とか、勿体ねえよ。


「…悪かったなぁ」

「えっ?」

 

 気がつけば周囲からクスクスと笑い声や「やば」とか「キモっ」とか言う声が聞こえて来る。

 というか俺なんで教室なんかにーー


「悪かったなぁ独身で」

「あ…えっと、そのですね」

 

 どうやら無意識に考えていたことを口にしていたらしい。

 隣の席の…ああ倉田だ、倉田海斗(くらたかいと)がニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「おー!倉田じゃん久しぶーー」

「シーノーミーヤー!!!!!!いっぺん死ね!!!!!!!!」

「ぐはぁぁぁぁぁ!?」

 

 2発目の脳天に対する英語辞典攻撃により、俺はすぐさま撃沈した。

 まあ、もう一回死んでるんですけどね。










 ーーいや、なにがどうなってるんだ。

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